メディアグランプリ

スキンヘッドのあのひと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:千葉美紀(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「何かひと言、書いてもらえませんか?」
アイドルにサインをお願いするより、ドキドキだったかも。20年以上前、中学生の私が、大好きだった人に書いてもらったメッセージ。
 
受け取った紙には、「潜行密用 没縦跡」という文字が書かれていた。意味も、読み方さえも分からず、そのまま大事なものとして、保管した。時々、眺めては、「なんて書いてあるんだろ?」と思っていた。
 
その人のチャームポイントは、つぶらな瞳とつやのあるスキンヘッド。優しくて、物知りで、面白い。わたしは大好きだったけど、なぜか周囲の評価はいまいち。すこし滑舌が悪く、早口になると言葉が聞き取れなくなってしまう。何言ってるかわからない、という人が多かった。わたしは、もちろん、よく分かってたよ。いつも聞き逃さないように、真剣に耳を傾けていたから。
 
放課後は、竹刀を持ってウロウロしている。そういう噂を聞いたことがあった。本当だったら、それはやばいかも。犬を飼っていたけど、人を噛む犬だ、という噂もあった。
 
出会って1年になる頃、彼が遠くに旅立つことを知った。大好きだったけど、年齢もだいぶ年上で、奥様もいるし、告白なんてできないし。お別れの前に、メッセージをひと言、書いてもらうのが精いっぱいだった。
 
「潜行密用 没縦跡」と達筆な字で書かれた紙をもらったわたしは、素直に喜んだ。わからないけれど、何か深い意味がある言葉だと思ったからだ。一緒にメッセージをもらった友達の紙には、「無」と本当にひと文字が書いてあった。無、だって。ほらね、わたしの方が良いこと書いてある! 多分だけど。
 
国語辞典や漢字辞典をみても、見当たらない言葉だった。一度だけ、手紙をやり取りする機会があって、もらった言葉の意味がまだ分かりません、と書いて送ってみた。返事はこうだ。
「なんていう言葉を書いたか忘れてしまったから、今度会ったら教えてくれよな」
忘れられたか。残念だけど、まあ、そんなものだね。それきり、会う機会もなかった。
 
でも、今なら。もうずいぶん昔から、事あるごとに、眺めてきたその言葉の意味を、解明することができるかもしれない。インターネットを開いて、検索ワードにその言葉を入力する。たったそれ
だけで。
 
初めのひと言は、すぐにヒットした。パソコンの画面に、検索結果が並ぶ。どうやら、お経の一文らしい。「潜行密用」は「せんこうみつゆう」と読む。大事なことは人知れず行うこと。潜って、密やかに、と文字に現れている。
 
次の言葉を検索してみる。あった! すごいな、ネットの世界。私の20数年来の謎があっさり解けてしまった。「没縦跡」は「もっしょうせき」と読む。何にも執着せず、足跡を残さない、という意味だって。なんとなく、死後に足跡を残すのかと思っていたけど、逆だった。禅にまつわる言葉だそうだ。
 
生きる上での心構えを教えてくれる言葉だったんだ。それとも、自分自身の生き方を教えてくれたのか。人知れず大事なことをして、足跡を残さず消えるなんて、まるで忍者の心得だ。要約すると、何事も控えめに、こだわりすぎずに、生きていこうってことだね。難しいよ、先生。
 
先生は社会を教えていた。本職は、禅宗のお坊さんで、きれいな坊主頭だった。まるでお経のような口調で授業をするので、みんな聞き取れないと嫌がっていた。板書も達筆だったけど、写経という程ではなかった。わたしは、そういうお坊さんっぽさが面白くて、大好きだった。授業にはいつも、真剣勝負で臨んだ。お経のような脱線話で、生徒誰もが話を掴めず、先生がひとりで満足げに「ははは~」と笑っている時も、わたしは一緒に笑えた。円らな瞳が、可愛らしかった。
 
1年間、社会の授業をしてくれた後、先生は修行にでるため、学校をやめてしまった。残念だったけど、修行にいくなんて恰好いい! そう思っていた。
 
「没縦跡」は、禅の世界で、先生が目指している生き方だったのかもしれない。意味のわからないメッセージのおかげで、わたしの中には、先生の足跡、消えるどころか、ばっちり残ってますよ。
 
何かに迷ったときは、禅の世界観を思い出してみるね。こだわり過ぎて、自分自身を縛らないように。足跡を残そうと、欲張らないように。見せびらかさず、人知れず努力する。先生、なかなか良いこと、教えてくれてたんだね。久しぶりに、あの笑顔を思い出したよ。やっぱり、かわいい。
 
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2018-09-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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