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メディアグランプリ

「絆」がゆさぶり起こすもの。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
記事:伏見英敏(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「今年の夏は暑かったね~」
って、最近毎年のように言っているような気がする。それでもやはり2018年は記録的に暑かったようだ。東日本の6~8月の平均気温が平年比でプラス1.7度。1946年統計開始以降、最高気温だ。関東地方の梅雨明けは6月29日で、これも最速記録らしい。
 
6月に大阪北部地震があり、7月西日本や北海道の豪雨があり、9月には北海道胆振東部地震。日本は自然災害が多い国と誰もが半ば諦めてはいるだろうけれど、気候変動の影響だとか、地盤の弱さやライフラインのもろさを見せつけられるとなんだか、これからのことが心配になってくる。同時に全国に飛ぶボランティアの皆さんに尊敬の思いを強くしている。
 
 
思えば7年半前、2011年3月11日の東日本大震災のあの日、私は茫然としていた。何をしていいのか分からなくなっていた。長らく住んでいる東京ではこれまで感じたことのない薄気味悪い大きな揺れがしばらく続いた。大手町の会社に戻る途中でビルがゆらゆら揺れるのを見た。また証券会社の大型ディスプレイでは、仙台空港に押し寄せ、飛行機を飲み込んでいく黒い津波の映像が映し出されていた。その時初めて故郷東北の大災害だということを知らされたのだ。
 
 
仙台や石巻に住む親兄弟、親戚の携帯電話は完全に不通だった。徒歩で帰宅する道すがら公衆電話を見つけるたびに飛びついた。
「赤電話は災害時でもつながる」
と誰かが言ったのを思い出したからだ。結果は同じだった。いつもと変わらない様子の東京の街を、自分だけがイライラ不機嫌に歩き続けた。家についても、テレビやラジオからは悲惨な情報が流れ続けるだけで、郷里の親兄弟や友人知人の安否は一向にわからない。
 
 
「家族はみな無事です」
やっと妹からの携帯メールが届いたのは翌朝だった。妹からのメールにはグーグルファインダーで親戚や友達を探してくれとあった。ただし、この仕組みを知っている人も当時は少なかった。一人、二人と無事の確認はでき始めたが、大勢の友人知人の様子は一向に分からない。
 
 
「沿岸部の各浜は地震と津波で壊滅状態」
テレビ局のカメラは、上空から色を失った被災地の様子を映し出していた。その時ニュースキャスターが騒ぎ出した。
「学校の校庭に何か見えますね。えーと、『エス、オー、エス、81名、水』と書いてあるのでしょうか。あー、皆さん学校に避難されているようですね。81名の方がご無事のようです」
不安に張りつめていた気持ちが一気に解き放たれたかのように、涙があふれ出した。何故だかわからないけれど体が震えた。
「生きてる、生きてる……」
生きているのがどこの誰だかは分からないけれど、未曽有の地震と津波に襲われながらも生きている人がいるというのを知り、嬉しさと哀しさがないまぜになった嗚咽が込み上げてきた。
 
 
翌週、幡ヶ谷の災害ボランティアセンターに出向いた。都合のよい話なのかもしれないが、仕事をしながら被災地の支援をすることはできないだろうかと思ったのだ。金曜日の夜にバスに乗って被災地に出向き、月曜日の朝に東京に戻るというプランが一番短いものだった。これかなと思った。よく説明を聞くと、寝る場所、食事、風呂などは自分で確保するようにとのことだった。時間と体力のある人にはうってつけのプランだったかもしれない。50代になっていた私にとっては仕事も支援も共倒れになるプランにしか読めなかった。
 
 
 
「人にはそれぞれの事情があるのだから、できることしかできない。」
「会社を休んでまで駆けつける勇気がないんじゃないか」
「でも、とにかく何かがしたい」
「何かってなんだよ」
「何だかわからないけど、故郷の困っている人を助けたい」
「結局、自己満足を得たいだけなんじゃないか」
 
 
いろいろなことが頭の中に去来した。
 
 
「故郷との絆を断ち切るために上京して進学したのでななかったのか」
「故郷とのしがらみから逃れるために東京で就職したのではなかったのか」
「なのになぜ駆けつけられないことにそれほど自責の念を抱くのか」
 
 
自分の抱いているのが「望郷の念」だったのか「棄郷の思い」だったのか判然としなくなった。
 
 
「絆」とは、「人と人の結びつき」と言う意味と「人の心や行動の自由を縛るもの」という意味がある。また「ほだし」と読んで「自由を妨げるもの」「手かせ足かせ」と言う意味も。情にほだされるのは、絆があるゆえんなのだ。
 
 
東日本大震災後、一般的に使われているのは「人と人の結びつき」と言う意味に他ならない。故郷の手かせ足かせを断ち切って逃げるように田舎を出てきた自分に今さら「人と人の結びつき」などという都合のよい状況が待っててくれるのだろうか。我ながら面倒くさい性格に自己嫌悪しながら、私の思いは行きつ戻りつしていた。
 
 
その年の春。東日本大震災を受けて、世の中では花見や宴会を自粛する動きがあった。そんな折、ユーチューブで岩手の酒造会社の若専務が作った動画が流れた。
「全国のみなさん、花見や宴会を自粛しないでください。東北のものを食べたり飲んだりしてもらうことが長い期間の支援につながるんです」
 
 
これだ、これなら私にもできる。
翌日、会社の東北出身者やゆかりの人達に呼びかけた。10人はすぐにめどがついた。後は、それぞれ一人づつ連れて来てくれと。
 
 
週末の約束の日、神田にある東北の酒を飲ませる居酒屋についてみると、想定外の30人くらいの人たちが集まってきた。岩手、宮城、福島の出身者ももちろんいたが、親の出身地がそうだったり、姉が嫁いだ先が東北だからとか、東北電力の管轄内だからと言って新潟の人も駆けつけてくれたのだ。
「オレにも東北の酒を飲ませろ」
「私にも応援させて」
人づてに聞きつけて、ゆかりをこじつけて集まってきてくれたのだ。みんな、心配だったのに違いない。みんなどうして良いのかわからなかったのかもしれない。みんな何かしら手を差し伸べたかったのかもしれない。
乾杯の音頭は胸に迫るものがあって、上手にできなかったが、心地よい酒に酔った夜だった。
 
***

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2018-09-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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