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コンプレックス最強説


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:小川周平(ライティング・ゼミ特講)

 
 
「おまえ、アタマやばいぞ」
物理的に30cm以上、上から目線で言われた言葉だ。大学のバスケサークルの同級生の身長は192cm、僕は158cm。
「アタマやばいって、どういうこと?」
サークルの帰りに、つり革につかまりゴトンゴトンと電車に揺られながら突然言われた、誹謗中傷にも似た言葉に、僕は動揺した。これでも当時は一応、国公立大学の大学生。そんなにアタマは悪くないと思っていた。
「アタマの髪だ。頭皮が見えるぞ」
 
……そんなはずはない。
当時の僕は20歳。浪人し灰色の受験生時代を乗り越えて、ようやく勝ち取った権利。そう、青春を謳歌する権利だ。実家を出て、何にも縛られない真の自由。
単位は軽く取り、つまらない授業は自主的にボイコットし、放課後はバスケサークルで活躍し、夜は居酒屋の調理バイトを完璧にこなし、休日は可愛い彼女とラブラブ旅行に行く。
そんな甘美な、理想的な大学生活を思い描いていた矢先の、痛恨の一撃だった。
同級生の言葉よ。単なる冗談であってくれ。
 
誰もいない、自由の象徴である自分のマンションに戻ると、すぐさま鏡を見た。鏡1枚では頭頂部は見えないので、2枚駆使してようやく見えた。現実が。
アタマのつむじの部分が、「つむじ」と表現するにはいささか大きい肌色の領域となって、目に飛び込んできた。
そう、弱冠ハタチにして不名誉にも「薄毛」の称号を獲得してしまったのだ。
 
なぜ。なぜ僕なんだ。なぜこの年齢なんだ。早すぎる。
こういうのは50歳とかで悩み始めるものじゃないのか。
……おかしい。
 
自分の中で、理想の大学生活がガラガラと音を立てて崩れてゆくのがわかった。
 
そして社会人生活。さらに僕は追い詰められた。
教えることが好きだった僕は、予備校講師になった。一流国公立大を受験するようなバリバリの受験生に英語を教える仕事を始めた。
予備校にもテクノロジーの波はやってくる。全授業を映像で収録する、というのだ。欠席した生徒への配慮として、これは画期的なシステムだった。生徒からすれば、受けるはずの授業を欠席しても、後日改めて視聴できる。授業の臨場感もそのままに。
「これはすごい! 生徒もきっと喜ぶぞ。……で、その、授業を撮影するビデオはどこに?」
その答えを聞き、思わず関西弁が出る。
「それは、アカン」
もちろんアカンのは、僕にとって、だが。
そう、ビデオカメラの設置場所は、天井だ。教室の中央よりもかなり黒板寄りの天井に、高画質のカメラが設置される。つまり、講師が黒板を書くために生徒に背を向けると、カメラは確実にその講師の頭頂部を捉えるアングルだ。
誰だ、そんなアングルに決定したのは。
まぁまぁ、落ち着け、自分。実際どう映るのか、確かめてやろうじゃないか。
自分の授業の様子をそのシステムで視聴してみる。
「……これは、アカン」
頭頂部を捉えると、普通は黒い塊のように映るが、僕の頭頂部には、ハッキリとわかるレベルで肌色が露出していた。
「いいですか。英語において動詞というのは最重要項目なんです」
講師たるもの、毅然とした態度。話術は練習した、大丈夫だ。授業内容も問題ない。手には色とりどりのチョーク。黒板の表面をチョークがカツカツ走る音は、むしろ心地よい。「授業してる」感が漂う。
どれだけ授業がキマっていても、黒板に文字を書くたびに、生徒に自分の頭皮の肌色を晒していると思うと、その場に立っていられなくなるほど陵辱されている気分だ。
 
仕事に支障が出るならば、せめてプライベートは幸せを味わいたい。
予備校講師を始めて5年目のこと。一目惚れというのはやはりこの世に存在するらしい。
「きっと僕は、この人と結婚するんだ」
勘違いも甚だしい。勘違いのままに、アタック開始。
一度ならず、数回断られた。
最初は理由を聞いても、はぐらかされた。さすがに、僕は粘った。
「僕の、何がいけないの?」
今から振り返ると相当ウザいやつだ。若気の至りということにしておきたい。
彼女からの返事は、
「私、自分より身長高い人がいいの」
なんてこった。僕は158cm。彼女は165cm。今からどうやって7cm身長を伸ばせというのだ。20代後半のこの僕が。
 
仕事は薄毛で恥を晒しているようなもの。
プライベートは低身長であえなく撃沈。
ああそうか。これが男の三重苦、「チビ、ハゲ、デブ」のうちのダブルパンチか。
相当きくな。
 
ダブルパンチに倒れ込んでいる僕に、突如、ある光がさした。僕の実家はお寺だ。兄が住職になる儀式。僕も来いと。しかも、僧侶として。
もう、僕の覚悟は決まった。剃髪だ。剃るのだ。潔く。光り輝くのは、もはや頭頂部ではなく、頭部全体だ。
それ以来、僕のビジュアルは人気が出た。丸くて、あたたかくて、やわらかみを帯びて、何より潔い。ビジネスの異業種交流会に行けば、必ず名前を覚えてもらえた。女性にもウケた。身長が高くないので、男性特有の威圧感がないのだという。
「そのスタイル、いい感じじゃん」
こう褒めてくれるのは、低身長のみならず、内心では薄毛も理由に僕をフったあの女性だ。彼女の名字は、今は僕と同じ小川である。
チビもハゲも、武器になった。三重苦の残りの一つ、デブになることはまだ遠慮しておこうと思う。
 
 
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2018-11-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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