眉間のシワ
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記事:高林忠正((ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
私にはくせがある。
マジになる、真剣になればなるほど、眉間にシワが寄るのである。
初めて気づいたのは、百貨店に就職して3年目にあった慰安旅行だった。
直前に幹事をやるように言われた私は、行く前から粗相があっては大変と緊張から身体が固まってしまったのである。
社員20数名の旅行で、まわりはすべて年上の先輩たちばかり。
声が上っ調子になっただけではない。自分でなにをしているのか分からなくなった。
すると、まず部長が笑い出した。
「おめえよ、そんなに真剣になるなって」
そんな言われ方をすればするほど、固くなった。
一所懸命すればするほど余計にトンチンカンな対応になってしまうのである。
そんな姿が、アルコールが入って機嫌が良くなった先輩たちの格好の標的となってしまったのである。
「このビール、なんかぬるくねぇか」
「日本酒とウィスキー、ほかに酒はねえのか」
「冷もいいけど、熱燗もいいなぁ」
「ちょっと料理、濃いめの味じゃねえの」
部長も先輩も分かっていて私に言ってくるのである。
言われる側は必死である。
その都度、「はい、少々お待ち下さい」と応えるばかり。
今だったら、「はいはい、ちょっと待ってくださいな」といなせるところだが、そのときはまともに受けるだけだった。
ふと、笑いながら部長が口火を切った。
「おめぇ、眉間にシワ寄ってるな」
そのときである。みんなが一斉に笑い出したのが分かった。
眉間にシワ?
初めて言われた言葉だった。
なんて言っていいか分からなくなった。
いくら社員旅行であっても、相手は部長である。
なんて答えようと困ってしまったのかもしれない。
「また眉間にシワ」
部長と先輩たちを前になにか自分が道化師になったような錯覚に陥った。
眉間にシワを寄せちゃまずい
緊張のなかで勝手に思い始めていた。
するとどうだろう。
幹事の進行どころの問題ではなくなったのである。
途端に、ミスをしちゃいけない。
そんな姿がさらに滑稽さを増幅させたのかもしれない。
アルコールの入った部長がはやし立てたことで、全体が笑いの渦に巻き込まれていた。
眉間にシワから始まった、自分であって自分ではないという感覚。
その晩の宴会の間中、拭い去ることはできなかった。
なによりもショックだったのは、眉間にシワが寄るという自分の特徴を知ったことだった。
愉快なことではない。
いまから思えば、初めての社員旅行は自分と向き合うきっかけとなったのである。
社員旅行から戻った私は、仕事の合間に眉間にシワが寄っているんじゃないかと心配が先走るようになった。
かつて自分の身だしなみをチェックすることに無頓着だった私は、1日に何度も鏡に自分の顔を映して見るようになった。
鏡の自分は、決して眉間にシワが寄っていなかった。
「なんで眉間にシワが寄るんだろう?」
その原因は皆目見当がつかなかった。
気になることがあっても、他人はあえて言わないものである。
ショッキングな体験も、周囲からなにも言われないと、別にいいかなと勝手に解釈をしてしまうものである。
それを思い出してくれたのは、20代後半の結婚だった。
新婚早々、家内から「あなたって、眉間にシワが寄るのね」と面と向かって言われたことが、ことの重大さに気づくことになった。
身近の家内が気づいていることは、他の人も気づいているものではないか?
一番気になったのは仕事である。
百貨店の接客の場で、ひょっとしてお客さまを前に、眉間にシワが寄っているのではないだろうか。
かつての部長や、家内が指摘したように、それは決して普通の特徴ではないのである。
(なんとかしなくちゃ)
と思ったものの、ではどうしたら良いか判断がつかなかった。
直したいと思っていると、気になって仕方がないのである。
仕事に集中しているつもりが、お客さまとの大事な約束を失念してしまうことが相次いだ。
眉間のシワから始まった本質から外れた行動だった。
転機は、お歳暮のプロジェクトに参加したことから始まった。
一緒のペアになった3歳年下の後輩、遠藤との出会いがきっかけとなったのである。
営業も内勤も食事も、いつも一緒。オンもオフも毎日10時間以上をともに過ごしていた。
あるとき、仕事中にお客さまの前で、私がゴミ箱をひっくり返してしまったのである。
遠藤の「こわさないでくださいよ」というひとことに、思わず吹き出してしまった。
そのあとおたがいに目があったことで、笑いが増幅してしまったのである。
お客さまを前にして爆笑している2人。
しかも、その笑いはなかなか止まらない。
これはプロとして接客をする以上、ありえないことである。
そのときブロックが外れたのかもしれない。
その日の夜だった。
「先輩、今日の表情ってすごくいいですよね」
「オレって、眉間にシワが寄るって言われてるんだ」
「確かに、今まではそうでした。ただし、今日のあのゴミ箱ぶっ壊しのタイミングから変わりましたよ」
「おまえが『こわさないでくださいよ』って言ったもんだから、おかしくて」
「そうなんですよ。なぜだか分かります?」
遠藤が言うには、余計な力が抜けたからだという。
彼は学生時代、体育会の柔道部に所属する一方で、心と身体のバランスを体系的に学んでいた。
”心と身体は一体である”というのが持論。
そのとき初めて披露した考えだった。
「人は言葉に出さなくても、心の変化が微妙に身体に現れるんですよね」
Mind & Bodyの考え方だった。
「先輩、お客さまの前で緊張することってありますよね」
私の場合、無意識のうちに緊張していた。
それが身体の硬直を生み、実際に関節が柔らかくなくなって、知らず知らずに心の緊張を高める結果になるという。
「先輩が精一杯やっている事実は、みんが見て知っています」
ただ、頑張りすぎると、身体がサインを送るんです。
ワーキングメモリーがメモリーオーバーになってしまうように。
遠藤は言った。
「緊張がいっぱい、ネガティブな情報もいっぱいなときって、なにをすればいいと思いますか?」
考えたが、なかなかうまい回答が浮かばない。
遠藤は笑いながら、
「先輩、ホントは笑え!なんです」
確かに、その日のように2人で大笑いすれば、緊張がほぐれてリラックスできたといもの。
仕事に入っても、笑ったあとは集中力が生まれる経験をした。
ただ、お客さまの前で無闇に笑うとクレームに発展してしまう場合がある。
では、どうするか?
「お客さまの前で、緊急事態が発生したときって、ふっと息を吐いてみてください」
ため息ではなく、「ふっと息を吐く」行動。
じつは、そんなものかと思っていたが、そのプロジェクトの後半で想定できないことが立ち上がった。
お客さまを前に緊張の極地。
そのとき、遠藤のひとことが浮かんだ。
早速、口を中心に相手に分からないように、「ふっと」やってみた。
すると緊張が抜けるばかりではなかった。
急に周囲が見えだしたのである。
遠藤はプロジェクトの間中、
「先輩、だいじょうぶですよ」と折に触れて言ってくれた。
気がつくと、「ふっと息を吐く」ことを無意識に行うようになっていた。
ふっと息を吐くと視界が開ける感覚である。
30代後半から、40代になるころ、家内に聞いても、眉間にシワが寄ることは過去のものとなりつつあった。
Mind & Body
心と身体は一体である。
ふっと息を吐くことで、修羅場をなんども乗り越えることができるようになっていた。
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