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長女という呪い


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:大友ぎん(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
 
 
「お姉ちゃんなんだから、しっかりしなさい」
 
 
久しぶりに夢に出てきた母は、また同じ呪文を唱えている。
 
 
「あなたのためを思って……」
 
 
これもお馴染みの呪文だ。夢の中で私の体が少しこわばる。
 
 
「あなたはできる子だから、もっと頑張れるはず」
 
 
母は攻撃力の高い呪文をたたみかけてくる。もうたくさん頑張ってるんだよ、と言おうとした瞬間、目が覚めた。
 
 
のろのろと洗面所へ行き、顔を洗う。
仕事でうまく成果が出せなくて、悩んでいた。そんなタイミングで、母の夢を見るとは。
 
 
顔を上げると、鏡に映る自分の顔にギョッとした。
母だ。一瞬、そこに母がいるのかと見間違うほどに、自分がどんどん似てきていることに気が付いた。丸顔も、たぬきのようなタレ目も、完璧に母譲りのものだ。年を重ねるごとに、逃れられないDNAレベルでのつながりを、痛いほど感じるようになっていた。
 
 
勘違いしてほしくないのだが、私は母のことが嫌いなわけではない。むしろ尊敬しているし、たくさんの愛情を注いでもらった。ただ、少し、窮屈な気持ちになるのだ。母といると。その窮屈さは、私だけじゃなくて娘みんなが感じていることだ、母子の関係なんてこんなものだろう、とあまり気に留めていなかった。
 
 
そんなとき、同い年のアラサー女子が集まる飲み会に参加した。みんな悩みはだいたい同じで、会は大いに盛り上がった。親族からの結婚圧力、仕事の愚痴、恋人のふがいなさについて、ひとしきり話し終わったころ、友人がぽつりと言った。
 
 
「長女ってさ、もうそれだけで呪いだよね」
 
 
その場にいた長女たちが「わかる」と次々に同意した。
 
 
「え? 呪い?」
 
 
「例えば、自分に自信が持てなかったり、もっと完璧じゃなきゃダメだ、って思っちゃうこととか?」
 
 
私は、思い当たる節がありすぎて、一瞬押し黙ってしまった。
 
 
「やっぱりね。それたぶん、長女の呪いだよ。いつまでも”お姉ちゃん”でいなきゃって、思いこんでるんだよね」
 
 
友人は困ったような顔で笑いながら、つづけた。
 
 
「世の中の長女たちは、多かれ少なかれ、きっとみんなそうなんだよ」
 
 
そうだったのか。
飲み会からの帰り道、頭の隅でずっと引っかかっていたモヤモヤが、少し晴れたような気がした。
 
 
「長女の呪い、か……」
 
 
私は、友人の言葉を思い出しながら、母との記憶をたどった。
 
 
母は、厳しい人で、努力家で、真面目な人だ。母自身が先生であることもあって、かなり教育熱心だった。学校の宿題以外にも、課題がたくさん出された。母の期待に応えるべく、私は努力した。100点がとれなかったときは、恐ろしくて家に帰れなかった。90点のテストを見て、母が烈火のごとく怒るからだ。
 
 
「なんでこんなミスするの?もっと頑張りなさい!」
 
 
私は、母に褒められたことがほとんどないことに気が付いた。水泳大会で優勝したときも、希望の高校に合格したときも、大学の卒業研究が表彰されたときも、母は褒めてくれなかった。
 
 

「そう、次も頑張りなさいよ」
 
 
私は、母の顔を思い出そうとした。でも、笑顔の母をうまく思い出せなかった。
 
 
「そっか。私、お母さんに褒められたくて頑張ってたんだ」
 
 

そう口に出した瞬間、ふっと体が軽くなった気がした。長年ずっと背負っていた肩の荷が、ようやくおりたようだった。母に認めてもらいたいという、自分の素直な気持ちが、心の底からぽっかりと浮かんできた。
 
 
「なんだ、そんなことでずっと悩んでたんだ、私」
 
 
たったそれだけの気持ちが、私をがんじがらめにしていたのだ。
 
 
母は、30歳で私を産んだ。今の私と同じ年だ。
そして、頼れる親類のいない土地で子育てをするため、結婚を機に仕事をやめた。母はキャリアに未練があったが、私を育てるという選択をしたのだ。
その後、弟が生まれた。家族4人だけで見知らぬ土地で踏ん張って生きた、若い母を想像した。きっと大変なことがたくさんあったのだろう。私がひとりでも強く生きていけるように、厳しく育ててくれたのだ。
決して裕福な家庭ではなかったが、私の夢を応援して大学院まで出させてくれた母に、今まで感じたことのないほどの強い感謝の気持ちが溢れた。
 
 
あのときの母の気持ちを、小さな私にはきっと理解できなかった。でも、今はできる。母は、最初から母だったのではなく、ひとりの女性だったのだ。そんな当たり前のことに気付くのに、30年もかかってしまった。
 
 

呪いがゆっくりと解けていった。
 
 
私は「長女の呪い」のせいで、完璧主義者になった。なかなか自分に自信がもてないことも、ちょっとコンプレックスだ。
 
 
でもそれは、自ら自分にかけた呪いだったのだ。
 
 
いつまでも”お姉ちゃん”でいる必要がなくなった今、私は自分の人生を「母の長女」としてではなく、「私」として生きることができる。
 
 
今度、実家に帰ったら、母とゆっくり話してみようと思う。
きっと、母子としてではなく、ひとりの女性同士として、話ができるんじゃないかと思っている。

 
 
 
 
 

***

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2019-08-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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