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週刊READING LIFE vol.134

偏った考えがいい作品との出会いを狭めていると知った《週刊READING LIFE vol.134「2021年上半期ベスト本」》

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2021/07/12/公開
記事:吉田みのり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
犬は好きですか?
私は犬と暮らしており、犬が大好きだ。
しかし、犬が登場する小説や映画やテレビ番組や動画も好きですか? ときかれたら、どうだろう。
犬全般、猫も、ついでに言うならインコも好きなのだが、だからと言ってその犬や猫やインコが出てくる小説や映画やテレビ番組や動画が好きなわけではない。
どちらかと言うと、あえて読んだり見たりしないほうかもしれない。
それは、登場する動物が理想的な描かれ方をしているとは限らないからだ。
登場する動物が悲惨な境遇だったり虐待などを受けているような描写は受け入れられないし、かと言ってあまりにも模範的な暮らしをしていても(例えば犬であるなら、大きな庭のある広い家でたくさんの家族に囲まれていて、家族中の愛情をたっぷり受けて、犬の方も家族を愛し、利口で従順で……、のような)、それはそれで、あれ、我が家の環境は、境遇は……、ごめんね……、などと不必要に比べてもやもやしてしまうからだ。勝手な言い分ではあるが。
私だけではなく、「犬が好き」と「犬が登場する小説や映画が好き」がイコールではないという人はいるだろうし、逆に動物の犬そのものは好きではなくても、小説や映画で描かれている犬は好き、という人もいるかもしれない。
 
馳星周氏の「少年と犬」が直木賞を受賞し話題になったときも、気にはなったが、いつか読みたいな、という程度で、つい最近まで他の読みたい本を優先し、気になっていたことも忘れていた。
 
それが、先日仕事であるお方のお宅へお邪魔したときのこと。
仕事の本筋の話しからそれ、最近読んだ本の話しになり、その方が話してくれた数冊の中に「少年と犬」があった。
その方は絵描きで、自宅で仕事をしている。以前柴犬と暮らしていたこと、犬が大好きだという話しは以前から聞いていた。
本の話しや犬の話しをしているうちに、その方が愛犬との別れについて語り始めた。
10年ほど前に16年一緒に暮らした年老いた柴犬の介護をしていて、晩年は自力でなかなか起き上がることもできず寝たきりの状態だったのだが、奥様と二人で一生懸命介護をして愛情を注いでいた。
ある日、2階の仕事部屋で絵を描いていたところ、その起き上がれないはずの老犬が階段をあがってその方の仕事部屋までよろよろとたどり着き、急いで駆け寄るとその方の足元でパタンと倒れて亡くなった、と。
私は自分の愛犬がいつか旅立つ日、愛犬がいない世界を想像しただけで目に涙が浮かんでしまうため、その話しを聞いただけで号泣しそうだったが、そういうわけにもいかず我慢した。
その方が熱心に「少年と犬」を薦めてくれた。最高傑作だ、おいおい泣いた、と。
読んでみますと言ったところ、「それなら持って行きなさい。かしてあげるから。すぐ読んでみて」と言われ、断れなくなってしまい、おかりした。
 
最後の章『少年と犬』は途中から涙なくしては読めず、本をテーブルの上に置いて左手でページをめくり、右手で私の傍らにコテンと横になっている愛犬のおなかをなでなでし、両手が塞がっていることもあるが涙をふくことも忘れポトポトと涙はテーブルや自分の腿の上に落ちていき(しかしおかりした本のため本を濡らしてはいけないとの意識は働き)、横座りの変な姿勢で読み始めてしまったため足や背中や腰が痛くなったが姿勢を直そうともせず、用意しておいた飲み物も一口も飲まず、はなみずをすすったり嗚咽の声にたまに愛犬が反応して頭をあげて私の顔を見て「?」という顔をしてまた頭を元に戻すことを繰り返し、最後は号泣して、かしてくれた方の言う通り、おいおい泣いて、読み終えた。
読み終わってしばらくぼーっとしてしまい、涙が止まるまで右手で愛犬のおなかをなでなですることは続けながら、そういえば足がしびれているし体が痛いと気づき姿勢を直し、余韻にひたっていた。
しかし、その余韻がなんとも表現できない。
悲しい、つらい、苦しい、でも嬉しい、幸せ、希望、犬への畏怖、そんな奇跡が犬と人間の間に生まれるのか……、などいろんな感情が忙しくて収集がつかず、こんなに号泣したのは犬のやさしさや強さ、人間との絆に感動したからなのだが、もっとその先に、なにかがあるような気がしたが、それが何なのかわからなかった。

 

 

 

最初の章『男と犬』を読み始めたときは、「うーん……」と思ってしまった。
舞台は東日本大震災から半年後の仙台、犬は震災で飼い主とはぐれてしまったのか、ガリガ
リになって放浪しているところを男が見つけ飼うことにする。
犬は首輪をしており、「多聞」との名札を付けていた。
男は若年性認知症を患っている母と、その母の介護をしている姉を助けたい、そのためには金が必要だと犯罪に手をそめてしまう……。
 
こういう暗い状況の犬のストーリーは悲しくなる。もやもやする。
被災地での犬の現状についてはテレビで目にしたり、特集番組を見たり、ボランティア団体
の活動状況をネットで見たりもしているが、悲惨な状況に呆然とするばかりだ。
たいがいこういう悲しいストーリーだと読み進めるのがつらくなってしまうのだが、しかし登場した多聞の賢さ、強さに魅了され読み進めてしまう。
そして、多聞はいつも同じ方角を向いている。気にしている方角に家族がいるのか……。
先が気になる。
 
が、しかし。
多聞が5年もの歳月をかけて、東北から九州を目指してたどり着き、ある目的を果たすまでの旅が描かれていて、その途中で『男と犬』のように犯罪に手を染めてしまったり、闇を抱えている人たちと関わり寄り添っていくのだが、そのストーリーがどれも悲しすぎる。
もう、もやもやどころではなく、どーんと闇に突き落とされたような気分になる。
え、どうして? え、また……? という繰り返し。
 
多聞が旅の途中で関わった人たちは、つかの間でも、多聞の温もりで癒され救われていく。
名前を多聞天(=毘沙門天)から取ったという犬は、その名の通り人間の守り神となり、人間に寄り添い、痛みを分かちあってくれる。
 
しかし、だからと言って、多聞が関わった人のその後の人生が好転するわけではない。
だから、どーんと闇に突き落とされたような気分になってしまうのだ。
犬が関わったからには、しかも守り神の多聞が関わったからには、犬が小説や映画で描かれるときには、ハッピーなストーリーや描かれ方であってほしいという、私の勝手な偏見にそぐわないのだ。
 
でも、考えてみたら仕方がないことなのだ。
犬によって人生が変わった! という経験をしたことがある人はたくさんいるはず。
大袈裟ではなく、犬との出会いによって、人の人生は変わる。
私も、その一人だ。
私は愛犬と出会ったことで本当に人生が豊かになったし、毎日しあわせを感じられている。
愛犬は家族だが、人間の家族とはまた別の次元の、別の絆があり、いとおしい存在だ。
他にも、愛犬と出会ったことで得たしあわせについて語れと言われたらいくらでも語れる。
犬と暮らしている人ならば同じように思うだろう。
しかし、それは犬と暮らしているだけで得られるものではなく、人間と犬がお互いに努力が必要なこともあるし、それぞれがそれぞれの問題に立ち向かっていくことも必要だ(犬の問題は大概人間側の問題であるが)。
愛犬は毎日惜しみない愛をくれて、悲しみを理解し分かちあって癒してはくれるけれど、励ましてもくれるし勇気づけてもくれるけれど、実際に抱えている問題に立ち向かって未来を切り開いていくには、私自身が行動して変わっていくしかない。
犬がなんとかしてくれるわけではないし、ましてや人間であっても周りの人がどうにかしてくれるわけでもない。
人生を好転させるためには、自分でなんとかするしかない。
そんな、当たり前のことなのだ。当たり前だが、すごく難しいことではあるけれど。
描かれている人間の闇が重いため、もやもやを通り越してどーんと闇に落ちてしまったが、そういうことだ。
 
ふむふむ、そうか、と思ったところで、もう一度読み直してみた。
最初に読み終わったときの、感動の先の、「なにか」を確かめたい、との思いもあった。
人間の闇が描かれることによって、犬の神秘的な力、賢さ、強さが際立っている。
私の中では、シェパードと和犬のミックスだという多聞がありありと動いていて、ガリガリになっている多聞、ボロボロに汚れている多聞、ふっくら元気になって生き生きと走り回っている多聞、そっと寄り添ってくれる多聞、怪我をして苦しんでいる多聞……、多聞が目の前にいて表情も見え、多聞の視線を感じ、息づかいも聞こえるほど、多聞がいる世界、多聞が見ている世界に没入した。
一生懸命に生きる人間、でも愚かであり、間違った道を選んでしまう。
『老人と犬』に「人という愚かな種のために、神様だか仏様だかが遣わしてくれた生き物なのだ」という一文が、まさに人間と犬との関係を表現していると思った。
私にとっては愛犬は特別だから。
そして、最終章では一回目ほどではないがやはり号泣し、本を閉じた。
一回目ではわからなかった、感動の先の「何か」。
それはなんとなくわかったが、ここに書いてしまうと、ストーリーの結末がわかってしまう
のでやめておこうと思う。
愛犬の成長の折に触れて、愛犬が年老いたとき、そして愛犬がいない世界を生きなければならなくなったときに読み返したいと思った。

 

 

 

「少年と犬」の次に、妹に薦められた伊坂幸太郎著「ラッシュライフ」を読んだ。
その中に、犬が登場した。
職と家族を失った中年男が野良犬を拾い、その野良犬との不思議な絆が描かれていた。
 
最初と言っていることがだいぶ変わってしまったが、犬が出てくる作品はいいな、もっと犬が登場する小説や映画にふれたいな、と単純に思った。
偏った考えを改め、動物が登場するとかしないとか、無駄な選別をせず、いい作品との出会いの機会を狭めないようにしたい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
吉田みのり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2021-07-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol.134

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