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週刊READING LIFE vol.139

その怒り、きちんとマーケティングしませんか《週刊READING LIFE vol.139「怒り」との付き合い方》


2021/08/16/公開
記事:射手座右聴き (天狼院公認ライター)
 
 
「あなたに払うお金なんてありません」
彼女はピシャッと家の扉を閉めた。
2017年の衆議院選。落選した彼女は、選挙ポスターやチラシを制作した私に
お金を払わない、と言い出したのだ。
「本当に払わないのか、この目で確かめたい」
一緒に仕事をしたデザイナーが言うので、家を訪問した。
「あれはすごいね。めちゃくちゃ腹立つね。そして図々しいね」
帰り道でデザイナーは言った。
ほんの数ヶ月前まで、我々は感謝されていた。
「いいポスターができた。いいチラシができた。ありがとう」
というメッセージをもらっていた。
それが、である。
「払う筋合いはない」
と言い出したのだ。
手のひら返しがひどすぎた。人間とはこうも変わるものか。
たしかに、選挙で落選すれば、お金はかかるだろう。
だから、支払いが遅くなるのは仕方ない。
でも、それをすべて「なかったこと」のように言われるのは耐えられなかった。
はらわたは煮えくり返り、同時にとても悲しかった。
しかし、この日の訪問の目的を達成することはできた。
同行したデザイナーは、彼女の対応の一部始終を動画に収めていたのだ。
今日は、どのみち彼女は支払いについて否定するだろう、と予測は立っていた。
でも、その様子を動画に収めておくことは今後役立つのでは、と考えたのだ。
「私が誠実かつ丁寧に懇願しているのに、彼女がそれをむげにしている」
ということを記録しておくことが大事ではないか、と思ったのだった。
動画の中の彼女は、選挙戦で笑顔を振りまいていた彼女とは違った。
冷たく、目線も合わせず、吐き捨てるように、私の質問に答えていた。
帰宅して、友人から送られてきた動画を見て、怒りがむくむくと湧いてきた。
彼女に怒りの言葉を投げつけたくなった。
メールを開いて、文章を書き始めた。
「今日のあなたの態度は、一体なんなんですか。こんな態度をとる人間が
政治家になろうだの、政治を変えるだの、言って恥ずかしくないんですか。
変わらなきゃいけないのは、あなたじゃないんですか」
文章がとまらなかった。書いても書いてもとまらなかった。
あふれる感情のままに、メールを書き終わったとき、ふと思った。
「これを送ったら、ますますお金を払わなくなるだけじゃないか」
それは困る。自分だけならいいが、デザイナーにデザイン費を払わなければならない。
そう思ったら、メール文を削除するしかなかった。
そして数日後、彼女からメールがきた。
「請求金額は支払えない。妥当ではない。一部支払う気持ちはあるが、待って欲しい」
というような内容だったと思う。
仕方なしに裁判を起こした。
そして、裁判では、いきなり、動画の存在が重要になったのだ。
「夜中に家に来て、大声をだして、母を罵倒しました。恐ろしい人です」
裁判で、彼女の娘はこんな供述をした。
はあ。
私はまた怒りに震えた。
冗談ではない。私は、つとめて穏やかに、そして丁寧に支払いを懇願した。
動画にも残っている。
それを知らない彼女は、「女性をいじめる悪い男」というイメージを植えつけようと
娘に嘘の供述をさせたのだ。
それだけではなかった。次に供述をしたのは、前任の女性デザイナーだった。
彼女の供述も驚くべきものだった。
「私は、○○大学のデザイン学科を卒業したデザインの専門家です。その専門家の知見から申し上げて、あのポスターのデザインやチラシのデザインはレベルの低いものであり、見積もり金額は不当です」
こんな風な供述だったのだ。
はあああああああああああああああああああああああ。
私の怒りは頂点に達した。
弁護士さんから送られてきた、先方の供述書を何度も読み返した。
震える手でスクロールしながら、読み返した。
どこからつっこんでいいか、わからない。
最初からお前がいい仕事してれば、俺はこの仕事、やらなくてよかったんだぞ。
そう。この女性デザイナー氏の仕事がよくなかったから、交代要員として私が呼ばれたのだった。
「お金はかかってもいい。いいものを作ってほしい」
そう言われて、私は新しいデザイナーをアサインし、自分でコピーを書きなおしたのだ。
それを、だ。よく言うよ。レベルの低いのはあなただろう。
さらに言えば、大学のデザイン科を卒業したから、デザインの専門家ですって?
デザイナーを20年以上やっているという方がそんなアピールをする意味もわからなかった。
彼女の娘の偽証、女性デザイナーの私への評価、どちらも、名誉毀損だろう。
頭に湯が沸いた。
東京ドーム10杯分くらい湯が沸いた。
いや、そんなものではない。
日本国民全員が一斉にカップヌードルを食べられるくらい湯が沸いた。
なんでそんな嘘っぱちを言うんだ。ふざけるな。
荒れ狂う感情に飲まれそうになりながらも、思った。
今はこれをぶちまけてはいけないんだ、と。
裁判というブレーキがかかったのだ。
裁判に勝つことが最優先なのだ、と。
湯をさますために、アイスコーヒーを飲みながら、供述書について
弁護士さんに返信をした。
不思議なもので、弁護士さんにメールしようと思うと
文章の温度が下がった。
「怒り狂った中年男」と思われるのが嫌だったのだ。
できるだけ、理性的に反論しないとかっこ悪い、という気がしてきたのだ。
娘の供述に対しては、声をあらげていないことと
実際、彼女が家からでてきて、引っ込むまでの一部始終を収めた動画が存在すること
を書いた。
女性デザイナー氏に不満を持っている、という彼女からのメールも添え、そもそも供述に適さない人物なのでは、という疑問も提示した。
裁判は辛かった。消耗した。お金を払ってもらえない上に、言いがかりのような供述の連打を喰らう。
怒りも通常のレベルではない。
が、しかし、この過程で私は大切なことを学んでいたのだった。
怒りに出会うたび、私は、我慢をしていた。なぜ、我慢できたのか。
それは、目的があったからだ。
「裁判に勝ち、支払ってもらう」という目的だ。
途中で出会う怒りに、いちいち反応していては、目的の邪魔になる。
裁判で、こちらが感情的な人間だと思われることは決して得策ではないと考えた。
また、弁護士さんに適切な主張をしてもらうためにも、怒りをぶつけるのではいけない、と考えた。
そして、「自分だけのお金ではない。デザイナーのギャラも入っているのだ」
という思いもブレーキになった。
そう。支払ってもらえない怒りも、途中、いわれのない誹謗中傷に対する怒りも
解消できるゴールは同じだったのだ。
あれ、これってマーケティングと一緒なんじゃないか。
ふと私は思った。
怒りにもKGIがあるのではないか。
KGIとはマーケティングでいう、キーゴールインジケーター。
企業のビジネス戦略において何を持って成果とみなすのか、という指標だ。
この場合は、KGIは、「裁判に勝つこと」である。
裁判に勝てば、怒りは軽減される。
そして、KGIの達成度合いをはかるための数値目標がKPI。
キーパフォーマンスインジケーターである。
この場合は、「いくら支払ってもらえるか」である。
裁判で、支払いが確定すれば、支払ってもらえる確率は上がるし、最悪でも差し押さえができる。
つまり、私が考えるべきは、裁判に勝つため、少しでも多く支払ってもらうため、
に必要な施策だ。
それは、「裁判に勝つために、自分が正しい、という証拠を集めること」である。
そう。怒りを解消するのは、怒りを当人にぶつけることではなく
自分が正しい、という証拠をひとつでも多く、集めることだったのだ。
まず、デザイナーと自分の作業の記録をまとめた。
何時間どんな作業をしたか、打ち合わせは何回、修正はどのくらいだったかなどを
詳細にまとめた。
さらに彼女との制作上のやりとりや金額交渉のやりとりをすべて抽出した。
彼女に依頼された、印刷会社や政党本部とやりとりもすべて抽出した。
仕事の始まりから、納品までの毎日のやりとりと作業量をまとめた資料を
訴訟の根拠として提出した。
怒りを、この作業の原動力にしたのだ。
判決は、全面勝訴だった。
ほっとした。嬉しかった。自分が主張したことが正しい、という判断を受けたのだ。
時間はかかったが正当な報酬を得ることができた、だけではなかった。
面白いネタを実体験として手に入れた、だけでもなかった。
「怒りをマーケティングする技術」を身につけることができたのだ。
この期間、ずっと問いかけていたことがある。
「ここで怒りをぶつけて、何の得があるだろうか。この怒りを解消するためには
何をすべきだろうか」
おかげで私は、怒りを感じたら、まず考える。
怒りのKGIは何か。直接怒りを感じた相手にぶつけるだけでいいのか。
怒りをバネにいつか相手を見返すために、行動することはないか。
そう感じるなら、話は早い。目標を立て、努力してリベンジに向かうだけだ。
また、怒りを感じた相手に行動変容させることではないか。
相手に行動変容させるためには、どんな施策があるか。
直接伝えるとしたら、どんな言い方をしたら、関係性を壊さずに伝えられるのか。
怒りで人の感情を傷つけたり、関係やビジネスを壊すのはもったいない。
よくドラマや漫画で見るように
喧嘩することで本音を言い合い、距離を近くするということだってある。
そんな戦略的な怒りのコミュニケーションもあっていいのではないだろうか。
そこまでいかなくても、遅刻などに対する小さな怒りをうまく使うこともできる。
少しだけ気分が悪くなったことや自分にデメリットがあったことを伝え
貸しを作る、という方法もある。
怒りを、誰にどうやって伝え、どんな成果につなげるか、を検討することは
自分という商品を相手に売り込むコミュニケーション施策を
考えるようなものではないか、と思う。
あるいは、怒りを放っておく、という手もあるかもしれない。
そもそも、怒りの原因を細かく分析し、この怒りがKGIとするほどのものなのか
を検討する必要も大いにある。
怒ってもメリットがない相手だったり、あるいは、行動が変わらない、と思えば
関わらない、という選択肢だってあるのではないか。
たとえば、政治家や芸能人の不祥事を目にしたとき、つい頭にくることがある。
それを感情的にSNSに書きたくなる。が、この怒りをマーケティングすると、
何もいいことがない、ことがわかる。自分が感情的な人間であること、他人が見て
気分よくなくなる記事を書く人間であること、を伝えても、何のメリットもない。
怒りの投稿を減らせば、自分のイメージを下げなくてすむ。
どうしても書きたいなら、自分の怒りを書くのではなく、みんなの怒りを想像し
それを代弁する。共感を得ることができれば、人間関係にプラスに働くかもしれない。
ちょっと考えただけでも、怒りの使い道が結構あることを
お感じいただけたのではないだろうか。
とはいえ、こんな反論もあるだろう。
「そもそも怒らないように感情を抑えればいいのに」
という方もいるだろう。
そう、日本では、怒らないことは、美徳のようなイメージがある。
でも、ですよ。
自分が怒りを抑えていたって、人間生きていれば、どうしても、
怒りを感じる場面に直面してしまう。誰だって防衛本能というものがある。
どんな形であれ、自分に不利益や危険があれば
怒りの感情を感じてしまうようにできている。
そんなとき、怒りを無理に押さえ込むのではなく、使い方を考えてみてはどうでしょう。
しっかりと分析し、メリットデメリットを考え、目的を持って表明する。
ただ、怒るだけでなく
必要なときに、必要な形で表出すれば、大きな武器になるはずです。
どうせ、一度は気分悪くなったわけです。
それなら、なおのこと、気持ちいい結末にしてやろうじゃありませんか。
その怒り、ほんのちょっと立ち止まって、マーケティングしてみませんか。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
射手座右聴き (天狼院公認ライター)

アンガーマネジメントファシリテーター。東京生まれ静岡育ち。広告会社を早期退職し、独立。再就職支援会社の担当に冷たくされたのをきっかけにキャリアコンサルタントの資格を取得。さらに、「おっさんレンタル」メンバーとして6年目。600人ほどの相談を受け、カウンセリングスキルとカウンセリングマインドを日々磨いている。「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。クリエイティブディレクター。天狼院公認ライター。
メディア出演:声優と夜遊び(2020年) ハナタカ優越館(2020年)アベマモーニング(2020年)スマステーション(2015年), BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバーとして出演

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2021-08-16 | Posted in 週刊READING LIFE vol.139

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