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週刊READING LIFE vol.139

怒りという猛獣を手なづけるために《週刊READING LIFE vol.139「怒り」との付き合い方》


2021/08/16/公開
記事:武田かおる(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
その日は予定がびっしり詰まっていて朝から超多忙なスケジュールをこなしていた。
 
朝から娘の歯の矯正が取れてしまったため、矯正歯科へ行ったのだが、予約時間になってもなかなか呼ばれなかった。
 
私はヨーガインストラクターをしている。普段なら、多少遅れたからといって気にならないが、歯科の予約の後、リモートでのクラスが予定されていたので、あまりにも待たされたらクラスに遅れてしまうため焦りが出始めた。
 
「ヨーガの先生はいつも気持ちが穏やかなのでは?」と聞かれることもあるが、私を含めて精神的ストレスを克服したい、あるいは体調不良をヨーガで克服したいという気持ちの人も一定数いる。特に私のようなアラフィフ世代以上の人はそういった人が多いと思う。
 
私はアメリカに住んでいるのだが、先月までかかりつけの歯医者では、密をさけるために、待合室が使えず、名前が呼ばれるまで車の中で待つというルールになっていた。そのため私は車の中でジリジリしながらまだかまだかと娘の順番が来るのを待っていた。歯科医院の中には入れないので電話をしたところ、受付の女性は「順番が来たら呼ぶ」とまるで留守番電話の機械音のようなセリフを繰り返すだけだった。「状況を確認しますのでお待ち下さい」あるいは「お待たせしてすみません」などの言葉は全くなく、言葉のトーンからただうるさい客へ対応をこなしているという失礼な態度が見え見えだった。
 
やっと呼ばれたのが予約時間から15分経ったときだった。余裕を持ってスケジュールを組んでいたつもりだが、これだけ遅れたら矯正のワイヤーの修理が終わり次第急いで帰らないとクラスに遅れてしまうので、私のストレスはマックス状態だった。
 
やっとのことで娘を呼びに出てきてくれた矯正のアシスタントの人も、待たせたことに対するお詫びの一言もないし、私がまるで存在しないかかのように、そそくさと娘を連れて院内に入っていった。
 
全く失礼な態度だなと思った。予約時間から待たされたとしても、事前にこういう事情で遅れているなどと説明があったり、遅れたことに対するお詫びが一言でもあれば「ノープロブレム」となるのだが。一応断っておくが、アメリカでも待たされたときはお詫びをしたり、「待っていただいてありがとう」などと一言言うのが一般的である。
 
私の中では、この歯科医の受付や担当者の対応の悪さと、クラスに遅れてしまうのじゃないかという焦りで心の中は嵐の海のように思考が渦巻いていた。そして、なるべく考えないようにしているのだが、私がアジア人だから、こんな邪険な対応をされているのではないかと言う思いがむくむくと湧き出てきた。
 
日本でもアメリカでのアジア人の差別のニュースが報道されていたので、この問題についてご存じの方も多いと思う。先日も昔からの友人から私を心配してくれて「大丈夫? 心配している」とラインが送られてきたこともあった。
 
例えば見知らぬ人から急に「国へ帰れ」とかそういった直接的な言葉を浴びせられたことはない。しかし、残念ながらアジア人だからかあからさまに他の人達とは違う態度をされることはたまにある。例えば、店内で露骨に避けられたりだ。
 
そんなことを考えていると、娘が矯正のワイヤーを直してもらって医院から出てきたので、私は急いで、娘を学校まで送っていき自宅へ向かった。

 

 

 

学校から自宅まで車で10分弱なのだが、当時町中でアスファルトの舗装工事をでしていて、自宅付近の主要道路もその一つだった。
 
途中、大きな舗装用のトラックが道を占領していて二車線が一車線になっていた。交通整理をしている警察官が見えたので私は徐行した。止まるのか行くのかのジェスチャーがよく見えなかったので、止まる準備をしながら徐行していた。そしてはっきり交通整理の警察官が手を上げて「止まれ」の合図をしていたところで止まった。
 
しかし、その警察官は両手を広げるジェスチャーをして、私が何かしらしてはいけないことをしたと言わんばかりの剣幕で怒りを顕にしてきた。
 
私が無意識にルールを破ったのか。私はそれなら警察の話を聞くべきだと思い、こちらに歩み寄る警察官に車を近づけた。
 
私は運転席側の窓を開けた。無意識にでも悪いことをしたのなら謝ろうと思い、「すみません」と言い、私が止まるタイミングが遅かったのかもしれないと思い、「よく見えなかったので」と付け加えた。
 
すると、警察官は「この俺の赤い手袋が見えなかったのか、あぁん?」
 
と唾を撒き散らす勢いで顔を近づけて私に怒鳴ってきたのだ。
 
「お前はこれで2回目だ。前もやった。俺はお前を覚えている。気をつけろ!」
 
と吐き捨てると、警察官自信の両目を人差し指と中指で差してから、その2本の指を私の目にも差してきて、踵を返してさっきいたところまで戻っていった。
 
私はなぜ怒鳴られるほど叱責されなければならなかったのか理解ができず動揺したが、とりあえず気持ちを落ち着かせようと、その場所から去り自宅に戻った。同時にいろいろな思いが沸き起こってきた。
 
まず、私は止まるのが遅かったのかもと思い謝ったが、徐行していたし、警察官のジェスチャーが見えたところで止まったことは確かだ。
 
道路が舗装されていないので、スピードも出せないし、自分の中で最善の注意を払って運転していたつもりだった。
 
何も悪いことをしていないのに、私は怒鳴られるべきだったのだろうか。もし停止するのが遅かったなら、怒鳴らずに「もっと早く停止するように」と注意するだけで良かったんじゃないだろうか。
 
警察官は私がこういうことをするのは2回目で、いつも交通ルールを無視している、あるいは止まるべき場所で止まっていないような事を言っていたが、私はここしばらく警察に止められたことはない。アジア人で私に似た人もいるだろうし、私が2回ルール違反をしたと断言できるのだろうか。
 
「何も意図的に悪いことをしていないのに、警察に止められる」
 
以前に聞いた事があった。これは昨年黒人差別の問題を学んだ時に知ったことだ。黒人の方々はこういうことが頻繁に起こると。
 
その時、黒人の方々が長年経験されている思いが自分ごととなった。とても悔しい、腹立たしい思いだった。
 
そんな中で、ヨーガのクラスの時間になった。参加者の方は二人で昔からの知人なので、クラスの前に話を聞いてもらった。本来なら心身ともにリラックスしてもらうクラスなのに、私の話を聞いてもらうのはどうかと思ったが、この乱れた気持ちを抑えて1時間のクラスを続けられる自信もなかったし、クラスの途中で泣いてしまうのも嫌だったからだ。
 
二人に話を聞いてもらったら涙が溢れ出て、子供のようにわんわんないてしまったが、その後少し気持ちが落ち着いた。そこで知人に言われたのが、アジア人だから、女性だから怒鳴ってきたのではないかということだった。これが大きな白人のアメリカ人だったら、同じ対応をしたのだろうかと。私は警察を信用しているし、自分が不当な対応をうけたことを差別ではないと思いたくない反面で、やはりこういったことが起こりうる可能性は否定できなかった。
 
少し遅れてクラスは始まった。話を聞いてもらって少し安堵したが、まだ残る怒りで心は震えていた。ただ、粛々とヨーガを続けた。意識を自分の体に向け、呼吸に注意を払った。普段のように活力がでるポーズや気持ちを落ち着かせる呼吸を粛々と行った。一時間、思い出して気持ちが揺れたりしながらも、最後には自分の気持ちは落ち着いていた。
 
クラスの後、アメリカ人の夫に交通整理の警察官との出来事を電話で話した。アメリカではこれが普通なのかと、もしかしたらこれはアジア人、または女性への差別的な態度ではないかと聞いた。
 
夫も交通整理の警察の態度に疑問を持ったみたいですぐ担当署の所長にメールを打った。すると、すぐに所長から依頼された警察官(刑事)が家に来て事情徴収が行われた。交通整理をしていた警察官は、実際には退職した警察官だったことがわかった。事情徴収をした刑事は、交通違反をしたかどうかに関わらず、怒鳴るべきではなかったと、交通整理の担当者が怒鳴ったことを私に真摯に謝罪された。相手の警察官にも事情を聞き改めて報告すると言い残して、刑事は去った。

 

 

 

「ヨーガとは猛獣を手なづけるように、自分の心を手なづけることです」
 
これは、数ヶ月前にインドのヨーガの研究所の先生がおっしゃられた言葉だ。この言葉はヨーガの最終目的と言えるだろう。
 
ヨーガはざっくりと、体操と呼吸法と瞑想の3つの要素から成り立っていると言える。
 
近年では、ヨーガというと、アクロバット的なすごいポーズをしている写真や、ストレッチの要素ばかりがメディア上で強調されているように見受けられる。もちろん、アーサナといって体操の部分もヨーガの中で重要の要素であることは間違いではないし、初めての方がヨーガを始めるには体操からだと気軽に始めやすい。ただ、それと同等に重要なのは呼吸法と瞑想だ。
 
さらに、近年、瞑想は心が安定する、集中力を高める、判断力が上がるというような効果があるということでビジネス面でも注目されている。ただ、いきなり普通の人が瞑想するといっても、難しいのではないかと思う。まずじっと座ることができていないと瞑想はできないためいきなりハードルが上がってしまうからだ。
 
そこで、心を安定させるために私がおすすめするのは、アーサナ(体操、以下アーサナという)と呼吸法だ。体操の際に体の動きに合わせて呼吸をゆったりと行い、その後、呼吸法を行うというやり方だ。アーサナをする際、体に意識を持っていくのだが、別のことに思考が向くこともある。瞑想中も然りだ。
 
だが、呼吸法を行っている時は別の事に思考を向けることはできない。なぜなら、呼吸は生命に関わるので、呼吸以外に意識を向ける余裕がないからだ。
 
試しに、息を数秒止めてみて、雑念が浮かぶか試してほしい。呼吸にしか意識が向けられないはずだ。
 
また、呼吸は心と体と両方に関わっていて、呼吸を自分でコントロールすることで、気持ちもコントールできるようになってくる。そして、数多くの健康への効果の研究が発表されている。例えば不安症や不眠などにも効果的なものもある。

 

 

 

交通整理の担当者との一件の際、ヨーガのクラスがなければ私は1日中あるいは、数日ずっと言葉にならない怒りにまみれながら過ごしていたのかもしれない。しかし、自分の中の暴れ狂う怒りという猛獣をヨーガが手なづけてくれたことで、気持ちを落ち着かせることができた。
 
翌週、警察から手紙が送られてきた。この件については苦情申し立てという形で処理され、交通整理をしていた元警察官への事情徴収の結果が同封されていた。手紙を要約するとこのような内容だった。
 
「担当の元警察官は脅したり人種差別的な意図はなかった。
かっとなった上でとってしまった行動だったということは認めている。
このようなことは二度と起こらないようにする」
 
手紙を受け取り一市民の苦情をないがしろにせずに最後まで正式に対応してくれた警察には感謝した。また、担当の元警察官も自分の行動に否があったことを認めて私がどう受け取ったのか理解してくれたようなので、それでいいと思える自分がいた。

 

 

 

人間は誰しも怒りや悲しみなど、自分ではどうしようもない感情が起こるものである。それが続くとストレスという形になり、体に影響してしまうこともある。
 
そこで、怒りを手なづける方法として、ヨーガをお勧めする。その中でも特に呼吸法が特に効果的だ。
 
ヨーガには多くの呼吸法がある。アーサナなどはある程度動画などで独学で学習できるが、呼吸法は間違って行うと体に悪影響が出る場合があるため、学ぶ場合は呼吸法を熟知した先生の指導の元で行うことをお勧めする。
 
ヨーガの呼吸法は猛獣使いだ。怒りという暴れ狂う猛獣を手懐ける呼吸法の知識と実践ががあなたの毎日のライフスタイルの助けになるのかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
武田かおる(READING LIFE編集部公認ライター)

アメリカ在住。
日本を離れてから、母国語である日本語の表現の美しさや面白さを再認識する。その母国語をキープするために2019年8月から天狼院書店のライティング・ゼミに参加。同年12月より引き続きライターズ倶楽部にて書くことを学んでいる。
『ただ生きるという愛情表現』、『夢を語り続ける時、その先にあるもの』、2作品で天狼院メディアグランプリ1位を獲得。
 
WEB READING LIFEにて、「国際結婚ギャップ解消サバイバル」連載中。
http://tenro-in.com/international-marriage-gap/153851

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2021-08-16 | Posted in 週刊READING LIFE vol.139

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