週刊READING LIFE vol.143

へし折られてもいい、低い鼻で生きるのだから《週刊READING LIFE Vol.143 もしも世界から「文章」がなくなったとしたら》


2021/09/13/公開
記事:田盛稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
あなたは最近、鼻をへし折られるような出来事に遭遇したことがあるだろうか。
少なくとも、私は社会人になってから3回は見事にポッキリと折られている。
それでもまだ鼻は低いなりにもあるし、元気に生きているから不思議なものである。
 
私は幼い時から「国語」、中でも漢字を読んだり、文章を書いたりすることが大好きだった。
親が新聞を読んでいる傍らで、
「ねぇねぇ、この漢字なんて読むの? どういう意味なの? どういう時に使うの?」
と、子どもお得意の「なぜなぜ攻撃」をするのが好きだった。
中学生になっても、高校生になっても、他の教科の得点が悪い時でも、国語の成績だけはなぜか落ちるということがなかったし、文系大学に進もうという決め手にもなった。
しかし、私はこの時点で大きな勘違いをしていたのである。
 
国語の成績が良いイコール文章も上手くて、コミュニケーション能力もそこそこある、ということを。
 
それを初めて気づかせてくれたのは、新卒で入社したアパレルメーカーでのことだった。
当時の私は、大人としての仲間入りができ、一度はやってみたかったアパレル関係の仕事、電話応対や地方への出張など、毎日やるべき仕事があることのやりがいと充実した日々を感じていた。
特に二年目に配属された子供服の部署は、営業事務として全国の直営店を管理しつつ、商品の企画会議にも参加できた。人間関係も思いのほか良く、年代問わず言いたいことはわりとはっきり言えるような、当時としてはフラットな職場環境であった。
ある日、その部署で商品企画の担当リーダーに、仕事の進捗状況やアドバイスをもらおうと、定例報告に行ったときのこと。
ひと通り話し終えた私をちらりと見たリーダーがボソッと言った。
「あのさぁ、前から思ってたけど、田盛さんって言っていることが全然わからないんだよね」
 
えっ……?
目の前が真っ暗になった。
異動してきて、今までそんなこと一度も言われたことがなかったのに。しかも、チームの社員が揃っている前で言われたことがショックだった。
恥ずかしさで顔がみるみる赤くなるのが自分でもはっきりとわかり、ペンを持つ手もカタカタと震えていた。
「もうちょっと、ちゃんと話をまとめてから報告に来てよね。ん? わかった?」
パソコンの画面から一度も目を離さないまま、一蹴された私はその場からダッシュで社員寮に帰ってしまいたい気分になった。
ただ、「す、すみません……。以後、気をつけます」
という言葉を絞りだすのが精いっぱいだった。
くそーっ! 今までそんなこと一言も言わなかったじゃないか。よりによって皆がいる前で言うなんて、ひどい。ひどいよ! 一転して被害妄想まっしぐらである。
高校でも大学でも、そういう言葉を言われたことがなかった私は、社会人になって手厳しい洗礼を受けたのだった。
「言っていることが全然わからない」
その日は一日中、上記のフレーズだけが頭の中でぐるぐる回り続けながら、とりあえず定時まで仕事をしたことだけは覚えている。
帰宅してから、テレビを見るわけでもないのにただBGMのように流し、買い置きのケーキをつつきながら、ぼーっと考えた。
なんで、なんで言いたいことが伝わらないんだろう……。頑張ってるんだけどな。
それからしばらくは、そのリーダーと話すたびに
「やっぱり、よくわからん。まとめてきてよ」と言われる始末。嫌な気持ちになるのだが、その人を通さないと私の営業事務の仕事は進まない。
何度も心の中でムカッとしつつも、いくつかの方法を試していると少しずつ光が見えてきた。
 
それは、伝えなくてはという思いが先走りしすぎると、思いつくままに言葉を羅列してしまい、きちんとした「文章」にならなくなる。その結果、自分が思うようには相手に伝わらなくなってしまう、ということに気づいたのである。頑張っている方向が違っていたのだ。
まず、一番伝えたいこと、報告したいことは何かを決める。それに自身の考えを過剰に乗せすぎることなく、できるだけ冷静に述べる。そして、反応を見ながら次回はこういう言い方に変えてみようと工夫を重ねていったのだ。
そうすると「わからない」と言われる頻度が少しずつ減ってきたのである。
リーダーは、あえて方法を示さず、私に自ら考えて答えを気づかせてくれたのだ。
「くそーっ! なんて思ってごめんなさい!」と、今の私なら素直に言えそうである。

 

 

 

二度目にへし折られたのは、人材サービス業に携わって2年目の時だった。
前職のアパレル会社で痛い思いをしたおかげだろうか。
人材派遣会社のコーディネーターや、契約社員の中途採用の業務に携わるようになってから、少しずつ人のことがわかるようになってきた。
特に初めの面接や就業後のフォロー面談の時に、顕著に表れるのである。
例えば……
履歴書の応募書類はお手本のようにうまく書かれているのだが、話すと驚くほど話がわかりづいらいギャップがある方。
やる気はあるのだが、どうも職場の愚痴ばかり話しすぎて、結局ご自身の退職理由が何だったのかが、わからなくなってしまい、空回りしてしまう方。
面談のときに、伝えたい気持ちはたくさんあるのに、何から話していいのかわからなくて、もどかしいまま沈黙の時間だけが過ぎていく方。
なんだろう、この既視感。
そう、そこには昔の私の姿が見えて、これはデジャヴじゃないのかという感覚だった。
 
ひと通りその方の話を聞いたうえで、ほぼオウム返しのように相手にその内容を伝えてみる。
「あの確認なんですけど、○○さんが思われているのは、こういうことでしょうか?」
それを聞いて、
「ああ! そうです。そういうことなんですよ。よかった、わかっていただけて」という場合が多い。しかし中には、
「は? 違いますよ。そういうことじゃないんですよ。話、聞いてくれてました? 私が言いたいのは、そういうことじゃなくて……」
とお怒りを買うこともあった。
その様子を見ていた当時の社長が、私を個別に部屋に呼んで諭してくれた。
「田盛さんは、スタッフさんのことがよくわかっているのかもしれないけど、相手に伝える際にどうしてもキツく聞こえてしまうんだよ。うーん、上から目線っていうのかな。言いたいことがあればまずは事前に文章に書いてみて、ゆっくりと優しく伝えてあげたほうがいいね」
どうやら熱心に聞いて、アドバイスをしているつもりが、年上の方から見ると「若造の採用担当が聞いてあげている」というスタンスに見えたらしい。
きちんと聞いて、メモも取って本人にフィードバックしても、伝え方一つで共感も反発もあるのだな、と30代にしてまたしても伸びた鼻をポキッと折られる経験をさせてもらった。

 

 

 

三度目は、この天狼院書店での「ライティング・ゼミ冬休み集中コース」を受講した時のことである。
二度の伸びた鼻をへし折られる経験をした私は、さすがにもう以前よりは謙虚になっただろうし、40代半ばにもなり、人生経験もそこそこ積んでいると思っていた。
書くネタにはそんなに困らないのではないか。文系出身でもあるし、ちょっと勉強したら実はすぐモノになるのではないか、と甘い考えを持っていた。
その考えは、講義開始10分でまたしても一蹴された。
講師は私よりもずっと若くて、話のテンポも絶妙だ。何より講義の内容がわかりやすい。
ノートを取りながら、新しく知ることばかりでぐいぐいと引き込まれていくのだ。しかも、一言一言に重みと強さが感じられる。講義1日目で完全に白旗だった。
ああ、プロでやっていける人ってこういう人のことを言うのだと、自分についていたつまらない執着心と鎧をすべて脱ぎ捨てて受講することにした。
とはいえ、原稿を書いても書いても
「読者にとってのメリットが足りません」
「愚痴っぽく、独りよがりな文章になっています」
「文章の最後がうまく乗り切れないまま終わっています」
など辛辣なアドバイスが次々と返ってくるのには、さすがにへこみかけた。
仕事でもなく、プライベートでも会ったこともない方にここまで言われることなんて、人生でそうそうない。
しかし、もうその頃の私はへし折られることに慣れてきてしまった。
むしろ、その自分の文章の弱い部分がわかってきただけに
「そうですよね。やはり独りよがりですよね」と素直に受け入れられるようになっていた。
だからこそ、初めて「WEB天狼院書店」に原稿が掲載された時はやったー! と部屋で一人ぴょんぴょん飛び上がってバンザイをした。
自分が言いたいことがちゃんと相手に伝わっている! こんなにうれしかったことは、久しぶりだったからだ。
それ以来、文章を書くということは自分と向き合って対話することだな、と思った。
もしも世界から「文章」がなくなったとしたら、こうしてじっくり向き合う機会を逃していたのかと思うと、今の時代に生きていてよかったと心から思っている。
 
現在、私は会社役員の秘書兼事務として日々奮闘中だ。
秘書という仕事は担当役員に対して、短時間で必要な情報、書類の回答期日や先方とのアポイントを伝えて、会議日程等の調整もする。
忙しい役員に長々と話をして、ムダな時間を使わせてしまうことはできない。
迅速かつ正確、また柔軟性も求められる仕事だが、やりがいがある。
また部署内で開催する会議の議事録を、ICレコーダーをもとに文字起こしするということも業務として追加された。上司が作成した文章を「この内容がおかしくないか、ぜひチェックしてほしい」と言われることも増えた。
社内でライティングを学んでいることを公言したことで、任せてもらえる仕事が増えたことは、私が校正する文章が信頼されるようになった証でもある。
 
仮に新入社員時代に、あの上司の一言がなかったら、悔しい思いをすることはなかっただろうし、「社会人なんてこんなもん。何とかなるだろう」と、きっと世の中を舐めくさって生きていっただろうと思う。
しかし、人生そんなに甘くない。
その時期、その人に必要な試練というものが、実は定期的に与えられるシステムになっているのではないかとすら最近は思っている。しかもその試練が次の仕事に必ず活きている。
だから、もし天狼院書店での「ライティング・ゼミ」を受講していなかったら、自分自身が足りない部分を認識することも、40代を過ぎて今さら文章を書くということを学ぶということもしなかったであろう。
ましてや、仕事よりも何よりも「寝ること」が大好きな私にとって、睡眠時間を削ってまで原稿の締め切り時間である土曜の23時59分まで、
「粘りに粘って絶対に締め切りに間に合わせてやる!」なんてことは昔の私からしたら、およそ想像もつかない。
「どうしたの、チカコ? いったい何があなたをそうさせているの?」
と自分への「なぜなぜ攻撃」をしてしまうに違いない。
おかげでこの歳になって、最後まで諦めないという忍耐力まで身についたのは予想外のことだった。うーん、ライティング・ゼミ、恐るべし。
 
あたりまえのように「文章」がある、書けるということの喜び、今まで生きてきた45年の人生での出来事や、自分の思いをこうして残すことができることのありがたさを噛みしめながら、今日も私はこうしてパソコンの前に座り、文章を書き続けている。
今まで私に関わってくださった、すべての人への感謝の思いと共に。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
田盛稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

長崎県生まれ。福岡県在住。
西南学院大学卒。
天狼院書店の「ライティング・ゼミ冬休み集中コース」を受講したのち、READING LIFE編集部ライターズ俱楽部に参加。
主に人材サービス業に携わる中で人間の生き方に深く興味を持つ。自身の経験を通して、読んだ方が一人でも共感できる文章を発信したいアラフィフの秘書兼事務職。

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2021-09-13 | Posted in 週刊READING LIFE vol.143

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