週刊READING LIFE vol.146

織田信長に学ぶ、生死を賭けたプレゼンの心得《週刊READING LIFE Vol.146 歴史に学ぶ仕事術》


2021/11/08/公開
記事:篠田 龍太朗(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
―突然ですが、質問です。
明日、あなたが発表者をつとめるプレゼンがあるとします。
そのプレゼンに失敗したら、あなたは死にます。
 
さあ、どうしますか?

 

 

 

現代はヒトにとって、本当に優しい世の中だ。特に今の日本においては、ある日突然戦争に巻き込まれることも、殺人鬼や人斬りに命を狙われることもほとんどないだろう。たとえケガや病気で瀕死の状況に陥ったとしても、「1」「1」「9」「発信」の4つのボタンさえプッシュできれば、あるいはそれを周囲の誰かが代わりにプッシュしてくれれば、ものの10分で救急隊員があなたのところへ駆けつけてくれる。あっという間に病院に運んでもらえて、医師やナースも死に物狂いであなたの命を救おうとしてくれる。
 
けれども、それはあくまで「現代」の話。
 
冒頭の話に戻れば、権力者からの質問にうまく答えられず、機嫌を損ねてしまえば命さえ一瞬でふっとんでしまう、そんな昔の時代。
しかし、そんな場面で堂々と臆せずに格好いいことが言えれば、きっと人生は超楽しくなってしまうのではないか?

 

 

 

幸運なことに、わが国ではそんな痺れるシーンの模範解答の数々を、毎週日曜日の夜8時に目の当たりにすることができる。
それは、NHKの「大河ドラマ」だ。大河ドラマで描かれるのは、乱世を命がけで生き抜く英雄たちの姿である。彼らはあらゆるピンチを迎えまくる。それを次々と乗り越えた果てに、彼らは英雄となってゆくのである。
 
例えば、2020年の大河ドラマ『麒麟がくる』では若き織田信長の「命賭けのプレゼン」を堪能できる。
 
隣国の大名・斎藤道三の娘を嫁にもらい、道三と同盟を結んだ信長。ところが、道三は裏切りでも謀略でもなんでもやるような、油断も隙もまったくない怪人物である。当時まだ若い信長は家中での争いが絶えず、力も弱い。そんな信長がとるに足らない男であるならば、さっさと殺して手を切ってしまおうと思った道三。
そんな思惑でセットされた「絶対に失敗してはいけない両家顔合わせ」が描かれているのが、『麒麟がくる』第14回の「聖徳寺の会見」である。
 
ドラマやコントで使い古された、「娘さんをください!」「うるさい、お前に娘はやらん!」どころの騒ぎではない。ちょっとでも「こいつ、駄目だな」と義理の親父殿に思われたが最期、首をとられて自分の人生が終わるのである。
 
そんな痺れる会見の冒頭、いや会見の前から、まずは先制パンチを繰り出す信長。
信長の連れてきた兵たちは、道三が度肝を抜かれるくらい、大量に鉄砲をもっている。
 
当時、鉄砲はたいへん高価で貴重なものであった。そんな圧巻の光景を前に、道三は手を出せない。ところが、隊列の中の信長はおやつの瓜をかじりながら、ケツ丸出しのみっともない恰好で馬に乗っているというありさま。道三の頭の中にうずまく、数多の「?」マーク。
 
何ならここで信長を襲ってもいいと思っていたのに、頭が混乱して手を下せない道三。
第一関門、クリア。
 
見事、信長は道三の奇襲に遭うことなく、道三との対面に進むことができた。ところが、いつまで経っても姿を見せない信長。遅刻してくる婿殿に、苛立つ道三。
ようやく、今度は見事な衣装に着替えた信長が現れた。多数の家来を従える道三に対して、たった独りの信長。彼は現れるやいなや、衣装も鉄砲の大群も、妻(道三の娘)の帰蝶が全部考えてセッティングしてくれたので、自分は嫁の手のひらのうえで踊っているだけの「たわけ」だと言い放つ。それを見て、信長を完全に見下す道三。道三は一気に畳みかける。お前は古くからの家来も連れてきていないのか、「たわけ」なら、「たわけ」なりに重臣に面倒を見てもらわねばならないのでは、と。
ところが、ここから信長の大演説が始まる。そのプレゼンに心を打たれた道三は、彼を確固たる同盟相手と認めるに至る―。
 
このドラマの「聖徳寺の会見」は、おおかたこういうストーリーである。
この「信長のプレゼン」には、学ぶところがめちゃくちゃ多い。見る者はみな、圧倒的に心を揺さぶられるのである。惹きこまれて惹きこまれて、一瞬で彼のファンになってしまいそうなのである。

 

 

 

この「心を揺さぶる」「惹きこまれる」とは一体、なんなのだろうか?
 
逆に、思い返してみていただきたい。
皆さんもきっと経験があるだろう。
 
例えば、いつ終わるともしれない、果てしなく長い結婚式主賓の、新郎上司の課長のスピーチを。
あるいは、まだ10分しか経っていないのに、もうクラスの半分が眠りについている退屈な学生時代のあの授業を。
 
退屈なスピーチと、心を惹かれるそれは一体何が違うのだろうか?
主賓の課長やセンセイと、カリスマ・信長は一体何が違うのか?
 
そりゃ誰でも明日からカリスマにはなれないが、ちょっとは真似できる要素もあるのではないか?
 
そんな観点で、信長のプレゼンを今一度分析してみたい。
 
①興味をひく「ツカミ」
スピーチでも小説でも映画でも、冒頭の「ツカミ」は非常に大事である。そのツカミには、「インパクト」や「謎」があるとよい。
「ええーっ!」と驚かせたり、「どういうこと?」と「知りたい欲」を搔き立てられたりすることで、聞き手は「もっと見たい」「気になる」という気持ちになる。これこそが相手を惹きこむ第一歩だ。逆に、退屈なスピーチや授業は、とにかくこの要素がない。新郎の経歴をお経みたいに同じトーンで読み上げたり、起立して礼して着席したら、もう前回の続きのページを開いて教科書の本文を読み上げるだけだったり。刺激がなければ、眠気はすぐに襲い掛かってくる。
 
であるとして、信長のそれはまさしく完璧だ。「おびただしい量の銃」というインパクトに、「尻丸出し」というワケわからん出で立ち。さらには遅刻でじらされる。ツカミの波状攻撃だ。ヒトは理解のできないものを目の当たりにすると、思考がしばらく止まる。特に道三のような気難しい人に話を聞いてもらおうと思えば、こういう混乱作戦はより有効なのかもしれない。
 
②親しみをもたせる、自己開示のエピソードトーク
思い返してみると、上手な人のプレゼンやスピーチは、最初の自己紹介が充実していることが多い。その人の趣味や特技、さらにはちょっとしたエピソードが面白かったり人間味があったりすると、「あっ、聞いてみようかな」と興味を持って話に入り込んでいけるものだ。
 
つまらない授業ではこの要素もない。初回から、勉強の進め方や宿題の提出方法だけ説明し、もう教科書のページをめくって本文を読み上げ始めるセンセイ。誰なのかよくわからない人の話をずっと聞き続けるというのは、結構苦痛なものである。
あの正論丸出しで効率悪いことが大嫌いなホリエモンでさえ、「人と信頼関係を築いてビジネスや交渉を進めるためには、自己開示こそ大切だ」と明言していた。彼の本では、決して幸せではなかった家族とのエピソードや仕事の失敗談など、「情けない自己開示」が満載である。
 
信長もそうだ。普通なら格好悪いところは隠そうとするものだが、自分の「映えポイント」は、心配してくれた奥さんの全身全霊のアシストのたまものであると開始1分で全部ばらしてしまう。普通の人なら「なんだこの人、かわいいとこあるじゃん」と思ってしまうし、道三みたいな大物には「油断させる」という形で良いスパイスとなっている。
 
③相手の目線に合わせたストーリー構成と、「実体験」で迫る説得力
スピーチやプレゼンは、聞き手が誰であるか、そして彼らが何を求めているかによって内容が変わるべきである。
今回、信長は道三に対して、「自分はあなたとよく似たバックグラウンドで育ってきたので、あなたのことをよく理解しています。これから仲間として一緒に新しい時代を創っていきましょう」という旨のメッセージを提示していく。そして、そのメッセージが刺さった道三は、信長がずば抜けた資質の持ち主であること認める。
 
そのメッセージの出し方がすごい。まずは、高貴な出自ではないのに一国の主までのし上がった道三と同じような境遇の、優秀な家来をサプライズで登場させる。そして、自分の父親も同じ境遇でのし上がり、彼が一番認めていたのが道三であったというエピソードを語って道三の自尊心をくすぐる。
 
もし道三がやんごとなき出自の方であれば、きっとこういうストーリーにはならなかったであろう。「マイブーム」や「ゆるキャラ」といった文化史に残る名ワードを生んだサブカルの帝王、みうらじゅんも「人は元を取りたい生き物だ」と明言している。人は現金な生き物だ。どうせ時間をつかって人の話を聞くなら、タメになるような情報がほしい。あるいは、意外な話を聞いてあっと驚いたり、「イイ話」を聞いてじーんとしたり、同じ境遇を持つ相手のエピソードに「そうそう」と共感したりしたい。忘れがちな目線であるが、「この話は相手にどんな”トク”があるのか?」を考えことは大事だとつくづく思う。(ちなみに、ドラマの作中で、道三も事あるごとに「それは”トク”があるのか?」と部下に問う。)
 
しかも、信長の話には机上の空論では決して出ない、血の通った迫力がある。実際に「当事者」を連れてきて、自分の立場を証明するからだ。この方法は、五百年以上の時を超えた今でもベンチャー企業のプレゼンなどでよく使われている。プレゼン当日に、「実際にカネを払ってもよいと言っている顧客」を連れてきて、そのベンチャーが自分の悩みをどう解消してくれたのかを喋らせるのである。「論より証拠」という言葉があるが、「生の人」や「生のエピソード」は、これ以上ない迫力を与えてくれるし面白い。

 

 

 

こんな風に「信長のプレゼン」と「つまらない人の話」を比べてみると、大きな違いがあることがわかる。だが一番の違いは、①~④を組み合わせて、「聞き手の感情のうねり」を効果的に設計しているという点である。
 
例えば、「つまんない課長のスピーチ」はこんな感じだ。
時候のあいさつ(→)→新郎の経歴(→)→新郎の長所と短所(→)→新郎の職場でのエピソード(→)→新婦へのメッセージ(→)
こんなふうに、すべての物事が本文を棒読みで平坦に進行していく。聞き手にしてみれば、ゴールのない一本道を延々と歩かされているようなものだ。だから長く感じるし、課長の話の内容を後で誰も思いだせない。
 
対して、信長のプレゼンはこんな感じだ。
 
大量の鉄砲(↑)→だらしない恰好(↓)→遅刻(↓)→パリッとした正装へのお色直し(↑)→奥さんの尻にしかれてますトーク(↓)→家来登場のサプライズ(↑)→道三へのメッセージ(↑)
 
このように、聞き手の道三の感情はたえず揺さぶられる。しかも感情を下げさせることで、「盛り上がりのギャップ」がより大きくなるのである。尻丸出しだった奴が急にパリっとした格好に着替えて出てきたり、「普段から奥さんの尻にしかれてます」と情けない顔で話しているヤツが、突然目の色を変えて自分のバックグラウンドと野望を熱く語り始たり。しかもその思いは、聞き手のそれとも120%合致している。グッとこないわけがないのだ。

 

 

 

「絶対に会えない偉人たち」を毎週映像にして我々の目の前に提示し続けてくれる、NHK大河ドラマという素晴らしいコンテンツ。
大河はなにも、「戦闘シーンの激しさ」「セットや衣装、キャストの豪華さ」だけが見所なのではない。
 
「きっと存在したはずの、英雄たちの手に汗握る舌戦や駆け引き。」
そこには、我々が生きていく人生の知恵やヒントがきっと詰まっているはずだ。
 
信長先生、貴重なプレゼンをお見せいただきありがとうございました。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
篠田 龍太朗(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

鳥取の山中で生まれ育ち、関東での学生生活を経て安住の地・名古屋にたどり着いた人。幼少期から好きな「文章を書くこと」を突き詰めてやってみたくて、天狼院へ。ライティング・ゼミ平日コースを修了し、2021年10月からライターズ俱楽部に加入。
旅とグルメと温泉とサウナが好き。自分が面白いと思えることだけに囲まれて生きていきたい。

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2021-11-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.146

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