週刊READING LIFE vol.146

仕事の成功は「目的地」ではなく「旅路」であることを、シルクロードの歴史が教えくれた。《週刊READING LIFE Vol.146 歴史に学ぶ仕事術》


2021/11/08/公開
記事:月之まゆみ(ライターズ倶楽部)
 
 
それは仙人が住む世界をイメージさせる景勝地、世界遺産の黄山でロープ―ウェイに
のっていた時のことだった。
窓から眼に飛び込んできたのは山頂へ荷物を運ぶアリのような何百人もの列だった。
荷物を運ぶ男性たちは、つづら折りの山道を歩かずに最短距離の歩くため山を垂直にのぼっていた。
 
2006年。北京オリンピック前の中国にはグローバル化の波が押し寄せていた。
 
ところどころ奇岩がむきだしている険しい山道を、自分の体重と同じくらいの荷物を背にしてどの背中も、くの字に曲がっていた。それは上から見ると異様な光景だった。
 
「あの人たちはなぜ、荷物をかついで山道を歩いているの? あんな重い荷物をかつがせるなんて少し可哀そうじゃない? ロープウェイを使って荷物を運ばせればすむことじゃないの……」
私の発したその言葉に、中国人のガイドの女性が小さく笑って答えた。
 
「山頂にはあなた達のような観光客が水や食べ物を求めている。ペットボトルの水を
欲しがる人たちがいるから彼らが必要なのよ。あなたは日本からきて非人道的というけ
れど、ロープウェイで荷物を運ぶことになったら、彼らはどうなるの? 彼らの仕事はなくなって、たちまち飢えてしまう。中国ではそうやって誰かが色んな仕事に携わっているの。中国の人口の多さは知っているでしょう」
 
そう言われて私は何も言い返せなかった。自分たちにとって必要な仕事だと彼らが割り切っているのであれば、私の考えはいたって軽率だった。
 
その数年後、今度は中国の西安を友人と訪れた。
西安には20世紀最大の考古学発見といわれた兵馬俑(へいばよう)があり、ここも世界遺産に登録されていた
2200年前の古代の皇帝の墓の副葬品としてつくられた兵士や馬の土偶が2000体も展示されており、一体ずつ兵士の表情も違う精巧なつくりだった。
 
発見された当時のまま、広大な墓に整然と土偶の兵士が列をなして立っている姿は圧巻であると同時に、当時の皇帝の権力のすさまじさを感じた。
 
世界文化遺産や自然遺産の数は今や中国がトップであり、くわえて遺産のスケールも他の国に比べて群をぬいてダイナミックだ。
 
しかし私が西安でもっとも深い印象を受けたのは、最後に行ったシルクロードの起点だった。シルクロードは紀元前2世紀~18世紀まで続いたヨーロッパとアジアをつなぐ貿易行路だが、最盛期の黄金時代は紀元後1~3世紀にもっとも栄えたと伝えられている。
 
最初は、あのシルクロードかぁ、とぼんやりと現地ガイドの説明を聞いていた。
 
「昔、ここから西洋に向けて出発した商人が、ここへ生きて帰ってくることはありませんでした」
 
「なぜなら、ここ西安から出発してヨーロッパにわたり、商いで富を得て西安に戻ってくるまで往復で当時は100年近くかかったからです」
 
西安からローマまでの距離は12,000㎞。
なぜ100年もかかるのだろうか?
 
「もちろん、今のように車も列車も飛行機もありません。彼らは徒歩です。途中には
過酷なゴビ砂漠や文化の違う多くの異国を通りぬけなければなりません。
体力だけでなく、賢く、コミュニケーション能力に優れ、そして強運の持ち主で
なければならなかったのです。
途中で病気や疫病に倒れたり、強盗や山賊におそわれ、命を落とすものもいましたので、貿易としてのリスクはとてつもなく高かったわけです」
 
ガイドは続けた。
 
「また一番の問題は、旅が何年もかかるため、途中で旅費を稼がなければなりません。
彼は国から国を渡りあるきながら、仕入れた絨毯や毛織物、貴石やラピスラズリを別の国でもっと高価なものと引き換えるか売ったりしながら、時には一つの土地で数年、腰を落ち着けて、富を築いてから西に向かったわけですから、相当時間がかかりました。
まず西安から出発してローマにつくまでに最初の商人がその生涯を終えます。当然、
当初の絹を運ぶ貿易の目的がありますので、商人は旅の途中で家族をつくり、子を
もうけます。
その2代目の息子が、父の意志をついでヨーロッパに向かいます。そして西洋に着いてからも信用を得るためしばらくは西洋で商いを続けます。
当然、絹織物や文明の品はあらゆるリスクをくぐって西洋にもたらされるわけですから、彼らに莫大な富をもたらします。
気に入られれば西洋に拠点をつくることができたので、場合によっては2代目の半生はほぼヨーロッパで終えることもありました。
そして3代目は引き継いだ富を西安に持ち帰ることになります。
 
彼らの帰るところは西安だからです。3代目はもちろん中国をみたこともありませんし、西安をしりませんが、祖先の意志をついで帰路に出発します。
今度は西洋で仕入れた高価な商品を西安に持ち帰るのです。来た時と同じように、それぞれの拠点で数年の商いを繰り返して旅を続けるので、早くて3代、または4代目になってやっと西安に戻ってくるのです。
こうして戻ってきた外交にも優れた商人は西安に莫大な富をもたらすだけでなく、新しい西洋の文明知識や見聞をもたらして国を繁栄させるわけですから、街も彼らを盛大に受け入れ、その栄誉をたたえたと伝えられています」
 
話を聞き終えて、その状況を想像するにつけ、移動距離だけでなく悠久の時間をかけて成功を考える商人の人生のスケールの大きさに圧倒された。
 
世界一のマーケットとしてグルーバルな商人たちによって栄えた街、西安。
 
日本の仏教も禅宗を始め6宗派が日本に伝来しているので西安は豊かな文明の発着点であったに違いないと当時の栄華に想いをはせた。

 

 

 

その後、私は会社を転職し、10名程度のビジネス・プロセス・アウトソーシングの部署のマネージャー職についた。現場は落ち着いていたが、そもそも机にじっと座っているタイプではなかったので時間があれば企画を考え、取引先に持ちこんでいた。
 
でも1年~2年は鳴かず飛ばずだった。そこで今度は近畿一円と中部地方にあるクライアントの拠点におもむいて現場の事務処理の課題をきいてまわった。
 
自分が管理する事務処理センターが、もっと現場の意向にそった課題解決の場になって欲しかったからだ。そんな工夫を重ねていると、それまで連携のなかった現場と事務処理センターの関係がうまくまわり始めた。
 
業績もよくなりはじめたころ、突然、白羽の矢があたり、それまで分断化していた東日本と九州、沖縄まで日本全国を一気通貫させるセンター拡大化のプロジェクトの話が舞い込んだ。
クライアントにとっても日本全国の事務処理を標準化するのは試みは初めてのことだった。
 
マネージャーからプロジェクトリーダーに任命された。
夢のある大仕事だった。一生に一度、出会えるかどうかわからない未来のある仕事だった。
しかし最初は無理だと思った。
私には自社だけでなく他社の多くの人たちを束ねる力などないと思っていた。
しかも1年で立ち上げを完成させなければならない。
 
プロジェクトは走り出した。
私は各地にある小さな拠点をとびまわり、現場の事務処理ルールを見てまわった。
どこも事務処理基準のマニュアルなどなく、先輩から口伝で仕事をひきついでいた。
そのため根拠のない無駄な手順をふむ工数ばかりかかる処理や、取引先の都合にあわせたコンプライアンス抵触ぎりぎりの処理の存在も知った。
 
どこも当事者である担当者しか対応できないブラックボックスになった仕事が散見された。
それは一部上場企業が末端である地方の拠点に全てをまかせたまま、忘れられ置き去りにされた遺産だった。
 
担当者として長年働いていた人たちは、視察にきた私を救世主のように慕ってこれまでの愚痴を吐き出す一方で、最後に必ず聞く言葉があった。
「事務処理センターで一括処理することになったら、私たちの仕事はなくなるのですか?」
 
中国の黄山のロープウェイでみた荷物を黙々とかつぐ人たちの光景を思いだす。
 
私ははっきりと答える。
「いいえ、なくならないですよ。もっと良いお仕事についてもらうためにセンターに
煩雑な事務処理を集約化するのが目的です。安心してください」
 
プロジェクトが動くのは、全員が同じジェットコースターに否応なく乗りあわせるのに似ている。待ったなしだ。
 
山積みの課題と回答の催促。
対処してもつみあがる終わりのない調整につぐ調整事項。何より大切なことは、複雑にからむ関係部署とのコミュニケーションと連携だった。
 
日本全国の現場の担当者から、決裁権のある上級管理職まで会って話し合いを重ねるうちに、各人の立場によって、様々な考えや見え方があることを知った。
 
長期プロジェクトを進めることは西安で知ったシルクロードの旅と似ていると思った。
 
土地柄や文化、風習や言葉、そして価値観もかわる国をまたぐことと実に似ていた。
そもそもその土地に根差してた考え方や文化は、場所がかわれば違うのも当たり前だ。
最高決裁者の大号令をトップダウンでおろしたところで、動くのは、現場の人間だった。
彼らの本当に大切にしていることを残しながら、何かを手放してもらう代わりに彼らが欲しているもので満たすことでこちらの要望も受け入れてくれた。
 
貿易と違って私たちが交換するものは、陶器や織物や真珠などのモノではない。
現場の人たちが欲していたのは、その仕事に携わり、自分が現場を支えてきたという自負心の承認要求を満たすことであり、正当な評価を受けることだった。
 
日本全国の54拠点から担当者をあつめて話し合いをもった。
所長でも課長でもなく現場を動かす人たちと話し合った。
時に厳しい意見も受けたし、賛同を得られない局面もあったが、一方で、温かく協力を惜しまない人たちもいた。表に出ることはなく陰で技術提供や運用のアドバイスをしてくれる協力者もいた。
 
モノを売る。サービスを売る。仕組みを売る。何かを売って対価を得るには信用が大事であり、それに携わる人たちに新しいセンターが安心して働ける職場に変わるという「明確なビジョン」を示さなければならなかった。
 
シルクロードの商人たちが時に、お金では買えない「信用」を得るために、ある土地に何年も住み着いて信用の根をはったように時間を要することはしっかり時間をついやした。
 
そして人も増やし設備投資し、集約化センターが様々な人の手を借りて、まったく新しい機能とこれまでにない付加価値を担うセンターとして生まれ変わるころ、私は後進にバトンタッチする日が近づいていることを悟った。
 
私の役割は旅立つ人だった。プロジェクトの立ち上げを通して次のリーダーを家族のように育て、ゴールが見えてくると彼らにひき継ぐ役目だった。
 
センターの試作運用期間も終わり、最後の仕事となる最終契約に向けたクライアントとの費用交渉は何度も暗礁にのりあげた。
投資にかかった設備費用を回収するため、手っ取りはやく人件費コストを削るのがクライアントの意向だったが私は反対だった。
 
当初の指標だった高い付加価値を生みだすセンターの、人件費を削ってしまったらスキルのある人は必ずやめてしまう。また採用をかけても同じスキルの人が集まらず、人手不足の作業を全員が残業対応する悪循環におちいり現場が疲弊してしまうのは目に見えていた。
 
難航した見積り交渉会議では、人ありきのセンターであることを訴えた。
雇用を生むということは、私にとって長く働いていただくための仕事の仕組みをつくることだった。
私たちは自分たちの予想を超えた長いスパンで存続する職場の仕組みを作らなければならない。
結果、まずどんなことがあっても最低5年間は存続できる交渉額でクライアントの合意を得た。
 
 
「あなたは新しい雇用を創造するという大変、価値あることを成し遂げたのですよ」
 
プロジェクトリーダーの任を解かれた日、ある人にそう言われた。
 
その言葉を聞いて私は満たされ、次のリーダーに未練なくバトンを渡すことができた。
私の役目は扇の要のようにずっと中心に存在することではなく、雇用の創出というスターターだと気づいたからだ。
 
 
今年、集約しあ事務処理センターは7年目を迎え、リーダーも3代目に引き継がれた。
そして新しい付加価値を生みながら、長期安定運用にむけた旅を今も続けていると聞きおよんでいる。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
月之まゆみ(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)

大阪府生まれ。公共事業のプログラマーから人材サービス業界へ転職。外資系派遣会社にて業務委託の新規立ち上げ・構築・マネージメントを十数社担当し、現在、大阪本社の派遣会社にて新規事業の事業戦略に携わる。
2021年 2月ライティング・ゼミに参加。6月からライターズ倶楽部にて書き、伝える楽しさを学ぶ。
ライフワークの趣味として世界旅行など。1980年代~現在まで、69カ国訪問歴あり。
旅を通じてえた学びや心をゆさぶる感動を伝えたい。

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2021-11-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.146

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