週刊READING LIFE vol.147

メロス並の激怒~コロナ禍に結婚式~《週刊READING LIFE Vol.147 人生で一番スカッとしたこと》


2021/11/15/公開
記事:nasuica(READING LIFE 編集部ライターズ俱楽部)
 
 
チヒロは激怒した。
それは、結婚式の準備が佳境にさしかかった時のことだった。
「邪知暴虐の王」に対しての怒りではなく、とある業者に対してのものだった。

 

 

 

タイミングが悪いことに、コロナ禍に結婚式をすることになった。
このコロナ禍おいて、結婚式をすること自体、賛否があった。歌手のイベントの開催が中止になったり、出産の立ち合いができなかったり、世の中が自粛モードになっていた頃だった。
 
妻のチヒロ(仮名)と、脳がちぎれるほど悩んだ。
悩みに悩んだ結果、一度、結婚式の日程を延期させていただいた。結婚式場はとても寛容で、無料で延期を受け入れてくれた。
しかし延期をしても、当日がどういう情勢になるかは全く分からなかった。
 
「次の日程でダメだったら、諦めよう」
 
二人でそう決めた。
 
緊急事態宣言が発出された場合、もう中止にしてしまおう。
延期を繰り返すなら、出席者の方にも迷惑がかかるだろう。友人や同僚には、別の方法で結婚の報告させてもらおう、そう決めた。
 
方針を決めたものの、準備は進めなければならない。
開催するか、しないか。曖昧な中で準備を進めるのは、ゴールのないマラソンを走っているようだった。
正直なところ、二人ともモチベーションを保つのが大変だった。
 
 
さらに、友人や職場の方への対応を考えると、二人とも顔が暗くなっていった。「三密」を避けるために、テーブルの人数を減らさなければならなかったのだ。つまり、既に招待状を送付したにも関わらず、大切な方々に断りの連絡を入れる必要があった。特に、列席者の人数の関係上、チヒロの職場の方にご迷惑をおかけした。
 
 
世の中の混乱の中、少しずつ結婚式と披露宴の準備を進めた。
原動力となったものの一つに、チヒロの祖父母の存在があった。
 
「早く、チヒロの結婚式が見たいわあ」
 
結婚のご挨拶に伺った時、チヒロの祖父母に言われたことだ。
 
しかし、結婚式の準備を進めている時点では、ワクチンの「ワ」の字もなかった。
つまり、チヒロの祖父母が参加することは叶わなくなった。
 
「なんとか見てもらうために、リモートでも参加できるようにしよう」
「迷惑をかけた同僚も、リモートなら呼ぶことができる」
 
チヒロは決意した。
逆境を乗り越え、リモートの参加者も満足させてみせる、と。

 

 

 

リモートの準備に関しては、トライアンドエラーの連続だった。
コロナ禍になってからまだ日が浅く、披露宴会場側にもノウハウがなかった。
 
「走れメロス」は、愛する妹の結婚式のために走った。
コロナ禍の結婚式は、メロスが二往復分を走るくらい大変だった。
リアルとリモートの「二か所」の準備が必要だからだ。
 
リモートの方が参加する中で、絶対に実現したいことがあった。
 
例えば、
・リモート参加者にスピーチをしていただくこと
・披露宴の最中に、双方向で通話ができるようにすること
・リモート参加の方々が、テーブルを囲んでいるような雰囲気にするため、仲が良い人でグループを作ること
 
他にも、リモートで式をする上で様々な問題があった。当日までにやるべきことが、山積していた。
 
困難はありつつも、二人で分担して解決を試みた。
リモートの機器、音響類は、私が考えた。
リモートの方にどう楽しんでいただくかは、チヒロが考えた。

 

 

 

チヒロは懺悔した。
謝罪したい方々がいた。
 
招待したにも関わらず、こちらの都合で、リモート参加に変更いただいた方々だ。
チヒロは、ご迷惑をおかけした方と、リモートでも一緒に食事を楽しみたいと考えた。
 
「そんなこと、できるの?」
 
顔色を窺いながら、チヒロに質問した。理想はありつつも、自信がなさそうな顔をしていた。
 
チヒロは調査した。
暗中模索の中、世の中のサービスを手当たり次第に調べた。
コロナの情勢の中、結婚式向けの食事のデリバリーのサービスが、立ち上がり始めた時期だった。多数ある業者の中から、当たりをつけて連絡を取った。
 
その業者は、レトルトでチンすればできる料理を、リモート参加者に届けてくれるという。しかも、披露宴で出る食事を参考に、似せた料理を作ってくれるというのだ。
 
「理想通りのサービスだ」
 
チヒロはそう思った。
思い立ったらすぐ行動する。チヒロのモットーである。
披露宴会場の了承を取って、既にメニューを業者に送付し、見積りも取ってあるという。そして、本番一か月前には、リモート用の食事のメニューが送られてくるという。
 
チヒロは期待した。
同じ空間にいるような感覚で、リアルの人もリモートの人も一緒に楽しめると。

 

 

 

しかし、待てども待てども、メニューが送られてこない。
電話やメールをしても、「メニューを作成中」との連絡しか返って来ない。
 
そして、納期を過ぎた、本番二週間前に、やっとメニュー表が送られてきた。二人でワクワクしながら添付ファイルを開いた。
しかしながら、そのメニューは披露宴で実際に出る料理とは、全く異なるものだった。
確かめたところ、その業者が通常提供している、ほぼ定型のメニューだった。それは、今回の見積りでお願いした、我々の要望向けにカスタマイズしたものではなかった。ホームページを見れば、そのことは明らかだった。
 
チヒロは当惑した。
再三やりとりした結果、このメニューなのかと。
 
 
彼女はもともと、温厚な性格だ。
そしておそらく、温厚であるが故に業者には舐められていた。
そのくらい、メールに残っていた依頼内容と、送られてきた内容が異なっていた。チヒロは何度もメールを見返しては、当惑していた。
 
加えて、業者は言った。
日程の制約上、もはやメニューは変更できないという。
納期から遅れてこの対応なのかと、開いた口が塞がらなかった。
 
チヒロは激怒した。
提供すると言っていたメニューと、実際のメニューがあまりにも違うではないかと。
これでは、ご迷惑をおかけした方々に申し訳がたたぬ、と。
 
 
業者から謝りの電話があり、新たな提案をしてきた。
デザートやシャンパンを提示したメニューに加えてつける、また、紙皿などのカトラリーをつける、と。
 
チヒロは憤怒した。
冷静な口調で、ハッキリと主張した。本末転倒ではないか、と。
 
チヒロが求めていたことは、追加のサービスなどではなかった。チヒロにとって、リモートでも一緒の食事を楽しむ、コロナ禍の中、せめても、そういう思い出を残したかったのだ。
そして、そういう料理を提供できると、当初から言っていたのではないかと。
 
「それなら、そもそも注文はなかったことにしてください」
「御社を選んだのは、カスタマイズができる、と言っていたからなので……」
 
チヒロは辞退した。
クチビルを噛みしめながら、この気持ちをいつまでも忘れないようにしようと思った。そして、キャンセル期限にも、まだ時間があった。
 
その業者は、あまりに申し訳なく思ったのか、割引とサービス付きで提供してくれるという。チヒロは、それでも納得していなかった。信頼できない人のサービスなど、使いたくなかったのだ。
 
私はここに至るまで、チヒロが入念に、そして顔を輝かせながら準備をしていたのを見ていた。料理を送付する人の住所、人数のリストを作っていた。その努力を無駄にしたくない、そう思って、チヒロを説得して発注をした。
 
チヒロは観念した。
完全無欠なリモート用の料理は提供できない。
せめて、ここまで準備できたもので楽しんでもらいたい、と。

 

 

 

結婚式の日になった。
緊急事態宣言は出ず、世の中はある程度落ち着いていた。
感染対策をした上で、無事に結婚式を執り行うことができた。
 
チヒロの心にモヤモヤは残ったが、参加者の方には満足してもらえたと思っている。
細かい段取りを経たリモートの準備が功を奏し、チヒロの祖父母や友人と、しっかりコミュニケーションをとることができた。
 
そして、披露宴が終わった後のことだった。
 
リモート用の食事を送付した方、複数人から連絡があった。
「シャンパンまであるとは思わなかったわ」
「使い捨ての紙皿とか、洗い物がでなくて助かったよ」
など、業者が無料でつけてくれたサービスの反応が、意外なことによかったのだ。特に、当時の情勢でお出かけが難しかった、お子さんがいらっしゃるご家庭にはとても感謝された。
 
「自粛続きの中で、子どもが楽しんでくれたよ。奥さんも、毎日家で料理してたから助かったって」
 
チヒロは安堵した。
心残りがあったリモートの食事だったが、結果的に満足いただけたのだった。
 
「ほんとにほんとに悔しかったけど、結果オーライだったかもしれない」
「何より、おじいちゃんおばあちゃんが喜んでくれたのが、本当に嬉しい」
「リモート画面の録画が残ったのは、コロナ禍の思い出だね」
 
チヒロは歓喜した。
試行錯誤の中で、コロナ禍の結婚式というプロジェクトを、無事に終えることができたのだ。

 

 

 

そんな彼女を見て思った。
アンガーマネジメント、怒りのコントロールは「衝動的な感情を抑制する」という文脈で使われることが多い。
 
しかし、普段は温厚で怒れない人が「怒れるようになる」ということも、とても重要だと思った。怒りは、その人の価値観、最も重要なところを浮き彫りにしてくれる。
怒れるようになることで、チヒロが本当に実現したいこと、「どこにいても、みんなが楽しめるようにしたい」という気持ちも言葉にできたのだ。
 
そして、チヒロは意識していなかっただろうが……。
チヒロが冷静ながらも怒ったことで、明らかに業者の態度が変わった。温厚な人が怒ると、舐められていた分、相手が恐れおののくのだな、と思った。
 
チヒロは、もう少しの間「怒りベタ」でもいいかもしれない。
またどこかで、サービスしてもらえるかもしれないから。
 
器の小さい私は、頭の片隅でそんなことを思っていた。
 
 
 
 

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2021-11-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.147

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