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週刊READING LIFE vol.147

ペダル回して掴み取る絶景―乗鞍スカイライン往復40km輪行記―《週刊READING LIFE Vol.147 人生で一番スカッとしたこと》


2021/11/15/公開
記事:篠田 龍太朗(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
この世には、「絶景」とよばれている多くの景色がある。
100万ドルの夜景、雲海、オーロラ、日の出や夕焼け、青い珊瑚礁……。
 
たいてい、それらは世界遺産になっていたり、多くの人が集まる観光地だったりする。
だが本当の絶景とは、「自分が足で稼いで観た景色」なのではないか、そんなことを最近つくづく思うのだ。
―先日も、こんなことがあった。

 

 

 

2021年10月。私は岐阜県・飛騨高山の秘境、奥飛騨温泉郷へひとり旅にでかけた。
昔から、あてのない旅が好きだった。今回も前日までノープランである。
目的地を奥飛騨に決めたのも、確か出発の二日前ぐらいだった気がする。
 
初日は新穂高ロープウェイに乗ることにした。理由は単純だ。高速バスの切符を買いにいったら、新穂高まで乗り継ぐと運賃が安くなることを窓口で教えてもらったからだ。
奥飛騨温泉の宿だけ押さえて、あとは何も決めていない。1泊分の小さな荷物だけを持って、飛騨高山に向かうバスに乗り込んだ。
 
奥飛騨は遠い。名古屋からバスでおよそ5時間、ついに新穂高に到着した。
頂上までは、2本のロープウェイを乗り継いでいく。ものすごい速さで、あっけないくらいに軽々と、穂高岳の斜面を駆け上がっていく。
 
山頂の景色は良かった。
天気もよく、山の上の方は色づきはじめている。
360度見渡せるパノラマが素晴らしい。
遠くまでくっきりと見える北アルプスの稜線は、確かに美しかった。
 
だけど。
私は心の奥底で、何か「物足りなさ」を抱えていた。
 
―この、「物足りなさ」の正体はなんなのだろう?
こんなに遠くまで来て、ロープウェイを乗り継いで、でも何かが物足りない。
「心を震わせる感動」みたいなものがない。
 
一人で来たので、誰かと心の情動を分かち合えないからだろうか?
ネットで見た新穂高の景色に期待しすぎたのだろうか?

 

 

 

私は、新穂高の美しい絶景をよそに、宿へ向かうバスの時間の都合もあって、少しモヤモヤした気持ちを抱えながら山を下りた。
 
私は、宿に向かうバスの中で調べものを始めた。
 
さて、明日はどこに行こう。
5つの異なる温泉がある奥飛騨温泉郷の湯めぐりをするか、上高地の方にでも行ってみるか。
今回は車がないので、移動もシビアである。
 
さあ、どうするか。
 
しばらく調べものをしていると、奥飛騨温泉郷の玄関口、平湯バスターミナルのすぐ近くで電動自転車をレンタルできることを知った。
 
さらに調べると、平湯から坂道をずっと登り、長野県松本市との県境にある乗鞍高原まで、自転車で行くコースがオススメだという。
平湯から乗鞍高原までの道は、「乗鞍スカイライン」という愛称が付けられている。片道14.4キロの、マイカー規制のかかる急峻な坂道である。この道を走れるのは許可を受けた一部の車両と自転車のみ。だから安全に自転車に乗れる。しかも、風光明媚な景色の数々。
 
乗鞍スカイラインは、サイクリスト達の聖地の一つといっても過言ではない。
大変な登り坂が続く険しい山道であるが、電動自転車であれば初心者でもなんとかなるという。

 

 

 

私は体力もないし運動も得意なほうではない。
今までなら、辛そうなので止めて、乗鞍までバスで行って帰ってくるか、奥飛騨の温泉めぐりでもしてゆっくりしていたことだろう。
 
でも、今回は迷わず挑戦することにした。
それには理由があった。

 

 

 

最近始めた自転車通勤の予習がてら、アニメ『弱虫ペダル』を観ていたからである。
 
毎週千葉から秋葉原まで往復90kmの道のりを、電車賃を浮かすためだけにママチャリで通い続ける気弱なアニメオタクの高校生・小野田。彼はアキバ通いを続けるうちに、いつしか驚異的な脚力を身に着けていた。ひょんなことからこれをクラスの同級生に見出され、自転車競技部に入部。小野田は頭角を現し、徐々にロードレースで活躍していく……。
『弱虫ペダル』のあらすじは、ざっとこんな感じだ。
 
この『弱虫ペダル』は、「友情」「努力」「チームワーク」「根性」といった要素がとにかく濃厚である。一昔前の、ベタでスポ根チックな展開がひたすらつづくといってもいい。
けれども、登場するキャラクターの設定やそれぞれが抱える過去、そして競技中の挫折とそれを乗り越えていく姿、そこで発せられる力強いセリフの数々を見ていると、猛烈に泣けてくるのである。1話で1回は泣かされるくらいに、熱い号泣シーンが目白押しなのである。
 
ロードレースは大変長い競技だ。作中のインターハイの中では、高校生が三日間で約600kmの道のりを走破する。それだけ競技時間が長いので、彼らが「心が折れそうになる瞬間」も数知れない。だが仲間の支えや自分自身の力で、そんな限界を乗り越え、まだペダルを漕ぎ出していく。
 
そんな「山あり谷あり」の展開のなかで、小野田たちが少しずつ成長していくのが、この『弱虫ペダル』である。
 
さて、このアニメを映像化済みの5シーズン全部完走し、影響を受けていた私である。
この「初心者なのに乗鞍スカイライン往復40kmを走破する」という挑戦。
 
どう考えてもしんどそうなのに、すごく心が躍ってしまった。
その場で自転車を予約した。
同じ電動自転車で乗鞍スカイラインを登り切った人のブログ記事があったので、これを何度も何度も、ワクワクしながら読み返した。
気分はさながら、遠足前夜の小学生といったところか。
 
その夜は、奥飛騨の美しい翡翠色の温泉を堪能し、すぐに眠った。

 

 

 

翌朝、早起きして平湯バスターミナルへ。
手荷物をコインロッカーに預け、電動自転車を借りた。いざ出発。
 
初めての電動自転車である。
乗っていきなり、その性能に驚く。
 
ペダルを漕ぎはじめた瞬間から、モーターが駆動してぐんぐん加速してくれるのである。この自転車にはメーターもついている。普通にペダルを漕ぐだけで、平坦な道ならあっという間に時速30km近くまでスピードが出る。これはすごい! 楽しい!
 
まずは平湯バスターミナルから、乗鞍スカイラインまでの5kmほどの道のりだ。
スカイラインまでの道が良く分からなかったので、近くにあった観光案内所のおじさんに道案内をお願いする。
 
「自転車で乗鞍スカイラインを登っていきたいのですが、道を教えていただけますか?」
「ええー、自転車で!? 大丈夫?」
「はい、電動なので大丈夫だとは思うのですが……。」
「ふーん、まあ気を付けてね。自転車で行くなら、少し遠回りになるけどトンネルを抜けたところから左折するといいよ。もう片方の近道は相当、坂がきついからね。」
「ありがとうございます!」
 
こうして、私はおじさんにお勧めされたとおり、トンネルを抜けた先から乗鞍スカイラインへ入ることにした。
 
開始5分。
……あれ、おかしい。
 
緩い登り坂が始まると、何だかもうきつくなってきた。
電動自転車、楽勝! とか思っていたところなのに。
 
なぜだろう。
 
乗鞍高原はサイクリングのメッカである。
多くのライダーが、スカイラインに入っていく。
 
あ!
 
分かった。
 
彼らはみな、荷物を背負っていなかったのだ。
水分は自転車にボトルがセットされ、他の荷物もポーチに入れて自転車に括り付けられていた。
 
一方、私はといえば、補給食や1.5Lの水、極めつけは10インチのiPadまで、全部リュックの中に入れていた。しかもリュックは旅行用の大きいやつだ。
 
しまった……。
 
多分、他のライダーより3~4kgぐらい、余分な荷物を背負っていることだろう。
どうりでペダルが重いはずである。
 
でも、もう4キロは進んでいる。ここからコインロッカーまで戻れば、往復で8キロだ。
泣く泣く、私はこのまま引き返さずに進むことを決めた。
 
自転車は長い平湯トンネルを抜け、ようやく乗鞍スカイラインへ向かう脇道に入った。
ここから乗鞍スカイラインの入り口までは2キロほどの登り坂。
その後は、いよいよ全長14.4kmの登り坂の始まりである。
 
日頃運動不足の私である。
もうすでに心が折れそうになりながら、休憩しながらペダルを漕ぐ。
 
ようやく、乗鞍スカイラインのゲートに着いた。ここから先はマイカー規制区間であり、道を通れるのは観光バスと自転車だけである。
ゲート前で、ロードバイクのおじさんが休憩していた。おじさんが私に声をかけてくれる。
「君、それ電動!? いいなー楽そうで!」
「いや、こんな長距離乗ったことないんでもうしんどいですよー」
それからおじさんと少し雑談をした。おじさんは横浜在住で、私も横浜に住んでいたことがあるので話が盛り上がった。
 
何だか、普段の旅行より気兼ねなく人と話せる気がする。
一目でわかる共通の話題って、いいな。
 
ささやかなお礼に、持っていた飴の一粒をおじさんに渡してゲートを越えた。
少し軽やかな足取りで、ついにここからは14.4キロの登りの幕開けである。
 
少しずつ、厳しさを増していく傾斜。
ペダルを回すたび、太ももやふくらはぎに悲鳴が上がる。
ズキズキ痛む、左のつま先。
重い荷物が、肩に食い込む。
 
途中、何度も路肩に自転車を止めて腰を下ろした。
どこまでも続く、終わりの見えない坂道の数々。
 
しんどい。
やめてしまいたい。
 
だがそんなとき、『弱虫ペダル』の名シーンの数々が頭をよぎる。
たかがアニメ、されどアニメ。
小野田もチームメイトも、苦しくても心が折れそうでも、何とか諦めずにペダルを漕ぎ続けていた。そして、やがてゴールにたどり着いた。
 
こんなことは初めてだ。
アニメのシーンに励まされて、止めずに走り続けられるなんて。
 
やがて、ペダルを回し続けていくうちに、自分なりにコツがわかってきた。
それは、「できる限りサドルを高くすること」そして、「苦しいときは、ゆっくりでもいいから漕ぐのをやめないこと」だった。
自転車はサドルを上げるほど、足全体を使ってペダルを回すことができる。最もパワーの出る、「立ち漕ぎ」に近づいていくのだ。また、「ゆっくりでもいいから漕ぐ」ことで、当たり前だが着実に進むことができるし、登り坂が緩くなったときにもっと加速できるのだ。
 
こうして少しずつ登り方のコツが分かり、徐々に距離が稼げるようになってきた。
やがて高度が上がり標高2千メートルの森林限界を超え、つづら折りのカーブを曲がる。
―その瞬間。

 

 

 

一気に、開ける景色。
 
正面からずっと伸びていくまっすぐな道。その果てに、遠くの山々がはっきりと見渡せる。
道路の向こうからは、谷底のずっと先まで紅葉し、鮮やかなオレンジ色の彩りを放つ木々。
見上げれば、抜けるような青空。

 

 

 

私は思わず、「おおおおおー!」と叫び声をあげていた。
 
やった、登りきった!!
 
辛く苦しい登り坂の果てに、見ることができたものすごい絶景。
どこまでも遠くまで見渡せる景色に、私の心はこれまでにないほど晴れ晴れとしていた。
 
しばらくその景色の美しさに立ち尽くしていると、後ろから次のライダーの男性がやってきた。
一面の景色に、彼も思わず「うわー!」と快哉を挙げる。
 
興奮を分かち合い、互いに写真を撮り合った。そしてそれぞれに出発。
あとの2キロほどはほとんど登りもない、まさにご褒美みたいな絶景ライドだった。
 
そしてスタートから約3時間。
ついに乗鞍スカイラインのゴール、標高2,702mの畳平(たたみだいら)まで到達した。
 
畳平では高台の丘に登って雄大な景色を眺め、お昼に飛騨高山名物「鶏(けい)ちゃん」を堪能し、下山。
これだけ登ってきたのである。下りはブレーキをかけないと時速40kmでも50kmでも出てしまう。スピードの出し過ぎに気を付けながら、帰りは1時間ほどで帰ってこれた。

 

 

 

自転車に乗りながら、ゴールの平湯バスターミナルを目前にして、ふと思う。
 
ああ、疲れた。足も腕もパンパンだ。
今すぐにでも一瞬で眠れそうだ。
 
でも何だろう、この爽快感は。
今まで色んなところに旅行に行ったけど、……いちばんスカッとしたなあ。
 
風を切って進む自転車に心躍って、
 
他のライダーさんとの自然な会話に心癒されて、
 
そして泣きそうになりながら坂を登り切ったときに見えた、あの忘れられない景色。
 
そうか。

 

 

 

絶景っていうのは、誰かに見せてもらうんじゃなくて、自分で見るものなんだ。
 
そこまでのストーリーを自分で紡ぎだすからこそ、「景色」は「絶景」に変わるんだ。
 
「見る過程」も込みで、絶景だったんだ。

 

 

 

平湯バスターミナルすぐ近くの、自転車置き場が見える。
ゴールだ。
 
私は最高に晴れ晴れとした気持ちで、自転車を降りた。

 

 

 

乗鞍で味わった、あの筆舌に尽くしがたい極上のライド経験。
 
あの思い出を引きずりながら、少しあの景色を思い出して笑みをこぼしながら、私は自転車通勤を続けている。
 
―ああ、また行きたいなあ、乗鞍……。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
篠田 龍太朗(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

鳥取の山中で生まれ育ち、関東での学生生活を経て安住の地・名古屋にたどり着いた人。幼少期から好きな「文章を書くこと」を突き詰めてやってみたくて、天狼院へ。ライティング・ゼミ平日コースを修了し、2021年10月からライターズ俱楽部に加入。
旅とグルメと温泉とサウナが好き。自分が面白いと思えることだけに囲まれて生きていきたい。

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2021-11-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.147

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