週刊READING LIFE vol.147

「選べない人」の良き相談相手は、心の中の小さなあなた《週刊READING LIFE Vol.147 人生で一番スカッとしたこと》


2021/11/15/公開
記事:緒方愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
私は悩んでいた。考え過ぎて、もう、自分がどうしたらいいのか、そもそもどうしたかったのか、わからなくなっていた。
とある商業施設のカバン売り場で、私は、一人、脳みそを絞るくらい考えていた。
凝り性、趣味にうるさい私にしては珍しく、「これが欲しい!」と飛びつきたくなる物を見つけたのだ。
それは、男性用のリュックだった。他のリュックと違う点は、側面にワイヤーが入っていて、形がしっかりとしている、大人用ランドセルと呼べるほどに頼もしい作りだった。私は、職業柄、一眼レフカメラを持ち歩くことが多い。レンズも、メガホンのような、望遠サイズを使用するため、とにかく、常に荷物が多いのだ。デザインがすてきで、大切なカメラを守りつつ、大容量なカバンとなると、女性用のかわいらしいサイズのカバンやリュックサックでは、該当するカバンは非常に少ない。そうなると、多少、オーバーサイズでも、男性用で該当するものを探すしかないのだ。
出会ったリュックは、デザインも、機能性も抜群。
だが、私は、それをレジに持っていくことができないでいた。
原因は、そのリュックが、3色展開だったからだ。
灰色、紺色、黒色である。
お客のニーズに応えるための日本的おもてなしの心に、すばらしい! と感動する気持ちと、なんてことしてくれたんだ! と脳内で歯ぎしりする恨みにも似た気持ちが同時に湧き上がる。
なんとか、紺色と黒まで狭めた。
だが、そこから、決断ができない。
紺色のボディーに茶色のベルトと、黒のボディーと黒のベルト。
前者は色のアクセントがかわいい、後者はフォーマルで大人な雰囲気。
両者をそれぞれの手に持ち、目の前に掲げる。視線を行ったり来たり、棚に戻し、次は背中に背負ってみたり、一旦売り場を離れてみたり。
私は、眉間にできた小さな渓谷を指で揉み、深い溜め息をつく。
 
もう、本当に欲しいのかすら、わからなくなってきた。買うの、やめてしまおうか。
 
どっちがかわいいと思います?
 
店員さんや、ネットの商品評価など、他人の判断に委ねたくなる。
 
スマートフォンを手に持ち、ハッとした。
 
いけない、また逃げグセが発動するところだった。
選択を迷った時は、心に手を当てて、深呼吸する。そして、隠れてしまっている、小さな自分に聞けばいいのだ。
 
こういった私のように、瞬時に物事を選択できない人というのは、世の中に少なからずおられる。
人生というのは、選択することで、作られている。
日常的な「今日は何を食べようか?」「どの服を買おうか?」という、小さな選択。
人生の分岐点となる「どの学校へ進学するか?」「人生のパートナーはこの人でいいのか?」という、大きな選択。
それらの1つ1つの選択を自分の意志で選ぶことで、自分の人生が進む道が変わってくる。
 
「どっちがいいと思う?」
 
大きな選択の場合、重大事項である。年功の方、その分野を選んで進んでいる先達に、意見を聞くことが良しとされている。なぜなら、失敗したら金銭的、精神的に損害が発生する可能性があるから。人は、失敗を回避するために、他人に意見を求める。
 
小さな選択の場合は、損失があったとしても、大事にはまずならない。
「あ~、あっちにしておけば良かったな。まぁ、次は、失敗しないようにあっちを選ぼう!」
多くの人は、そう笑い飛ばし、罪悪感もすぐに消えて忘れていく。
 
しかし、そんな、小さな選択ミスを、重大な損失と受け取る人々が世の中にはいるのだ。
「優柔不断で、自分の意見も通せない、意志の弱い人」
と、まるでその人が劣っている人間のように言う、心無い人もいるが、違うのだ。
 
実は、「選べない人」は、気配りのできる、繊細な人が多い。
心理学などの本に書かれた症例や、実際に出会ったその人達は、自分の意志がないわけではないのだ。
意志選択が、他人の評価の方に比重が大きく傾いている。
「あ、それかわいいね!」と、他者に良い評価をされた時はホッと安心する。
「それ変だよ、こっちの方が似合うよ」と、言われたら、自己批判を受けたかの様に錯覚して、萎縮して落ち込む。そして、選択することを放棄するクセが強くなり、ますます「選べない人」になっていくのだ。
他人からしたら、傷つけるつもりも批判する意味もなかったのかもしれない。だが、その人達にとっては、無数の小さな傷となって心に刻まれていくのだ。
なぜそうなってしまったのか。
「選べない人」たちの人生を紐解いていくと、10代、中には幼少期にまで記憶を遡ることで、原因が判明することがある。
 
心理学で「インナーチャイルド」と呼ばれるものがある。簡単に説明すると、大人の心の中にある子どもの部分。これは、その人の人格の根っこにあたる重要な部分で、幼少期の記憶・体験が深く影響する。子ども時代の思考パターンや習慣を成人後も色濃く反映するのだ。
たくさん褒められ、健やかに、環境的・精神的に良い育ち方をすれば、多くの人は自己肯定感の高い大人へと成長する。
反対に、幼少期から批判され、抑圧され、環境的・精神的に追い込まれて育つと、自己肯定感の低い大人へと成長することがある。その圧力の程度は、DVのように犯罪にあたいするものだけでなく、親や他者のたった一言が、心に深い傷をつける。
「あなたのためだからー」
その良かれと思って、言った、した、その小さな圧力が、幼い子どもの繊細な心を押しつぶす。
おもちゃを買ってもらう時、レストランでメニューを選ぶ時、学生時代の進路選択の時など。子ども時代でも、多くの選択の場面がある。
そこで、周囲の大人、親は、人生の先輩として、意見を言うのだ。
「あなたは、こっちにしなさい」
子どもに失敗させまいとして、発した意見だ。中には、子どもを自分の所有物としてコントロールする意図がある大人もいる。大多数は前者で、悪意はないだろう。
「いいや、私はこっちがいい!」
そう、意見が言える子どももいる。
だが、言えないのだ。
 
こっちを選んだら、親が、大人がよろこぶ。
そうしたら、波風立たせずにすむ。
そうしたら、良い子だって褒められる。
そうしたら、自分は守られる。
 
そう、無意識、または、自ら判断し、大人の意見に従う子どももいる。
その多くは、周囲の大人が評価する「優等生」だ。大人の指示に従う、賢い、良い子。
他人の言動の機微に聡く、やさしくて、繊細な子ども。
本当の意見を隠し、他者に従うことで、自分を守ってきた傷ついた小さな自分。
それを抱えたまま大人になった人は「選べない人」になることがある。
 
「三つ子の魂百まで」という言葉がある。
心の根っこ、精神形成に重要な部分である「インナーチャイルド」が受けた傷を、癒やすことは容易いことではない。
年月は関係ない。なん十年も昔のことでも、そのことが、大人になってもその人の思考と言動に影響を及ぼす。
多くの人は、その傷に気がついていないのだそうだ。
自分の中の小さな子どもの部分が抑圧されて育った人は、満たされない思いを消化できず、他者に攻撃的でわがままに振る舞うこともある。反対に、「選べない人」のように静かに自己否定を繰り返す。
 
「こっちにしなさい!」
「あっちの方が似合ってたのに」
「ほら、お母さんの言う通りだったでしょ?」
大人になった今でも、何かを選択しようとすると、記憶の中の母がそう囁く。
 
これを選んだら、親や周囲の人が何と言うだろう。
こっちの方が、みんながよろこんでくれる。
 
20代の時、自分の心と他人の評価を天秤にかけ、よろこばれると安心する自分がいることに、やっと気がついた。
自分で心理学の本を読み勉強するようになり、「インナーチャイルド」という言葉を知った。
 
あぁ、私、お母さんに褒められたかったっんだ。
良い子を演じて、みんなに好かれたかったんだ。
私、自分を守ろうと必死だったんだ。
 
はじめは、愕然として、頭の中が真っ白になった。
選択の意志を放棄したダメな自分は、空っぽのように感じた。
 
「気がついて良かったじゃない! これからは、思う存分、自分を甘やかすのよ」
人生の先輩であり、私と同じ「インナーチャイルド」に傷を持つ、お姉さん的存在のAさんが、朗らかに、そう言った。
「甘やかす?」
罪人のように、うつむいて相談していた私は、顔を上げてAさんの顔をまじまじと見た。
「そうよ。過去は過ぎたこと。だから、これからを変えていきましょう。心に傷を持つ人は、その分、人の心に寄り添えるやさしい人になれる。我慢していた良い子のまなみさんは、どうやったら、癒やされると思う?」
しばらく考えた後、やさしく細められたAさんの瞳を見つめ、私は恐る恐る呟いた。
「今まで、我慢していたことをしてみること、ですか?」
Aさんは、私の言葉に、満足げにうなづく。
「そう! 自分の本当にしたいことを、心の中の小さな自分に質問してみて。それを、1つ1つ、叶えていけば、過去の傷ついた自分の意志を認めてあげることになるのよ」
 
自分を認めてあげる。
他人本位ではなく、自分本位になる自分を許していく。
 
ストン、と心に落ちた気がした。
 
「私、今まで、自分に厳しすぎて、自分で自分をいじめてたんですね」
「気がついて良かった。これからは、自分を甘やかす訓練、していきましょうね?」
「はい、わかりました!」
Aさんの言葉に、私は笑顔で応えた。
 
みんながどう思うか、より、自分が楽しくなって心躍るかどうか
 
選択の度、それを心の中で唱える。
それでも迷う時は、小さな自分に質問する。
はじめは、自信なさげに隠れていた小さな自分。でも、質問していく内に、少しずつ前に出てくるようになった、気がする。
自分の気持ちを優先することに、罪悪感があったけれど、次第に楽しくなってきた。
分厚い自己犠牲という鎧を脱いで、裸一貫で歩き出す開放感!
他人から見たら、そんなささいなことで、と思われるかもしれない。
だが、自分のしたいこと、行きたい方向に自由に進むというのは、うれしくて、自信を得ることができるのだ。
まだ、「これがいい!」と、即答はできないけれど。
そんな自分の「選べない人」の繊細な部分も丸っと含めて、認めてあげようと思う。
それが、自分を認めて、許す、ということだ。
 
ねぇ、このリュックどっちの色が好き?
わたし、くろが好き! だってカラスみたいでかっこいいでしょ?
そうだね、昔から私、黒が好きだったもんね!
 
過去の傷ついた記憶もそのこと自体も消せないかもしれない。
小さな抑圧をこれからも、他者から受けることもあるだろう。
でも、これは、あなたの人生だ。
あなたと、小さなあなたが、わくわくすること、大好きなことを選択する自由がある。
やさしくて、まじめで、繊細なあなた。
これからは、私と一緒に、自分を甘やかす訓練をしよう。
そうやって、自分で選んだ道を一歩一歩進んで行って、今のあなた、未来のあなたが幸せになっていくことを心から願っている。
心の中の小さなあなたも笑顔になる、絶対に。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
緒方 愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県出身。カメラ、ドイツ語、タロット占い、マヤ暦アドバイザーなどの多彩な特技・資格を持つ「よろず屋フォト・ライター」。貪欲な好奇心とハプニング体質を武器に、笑顔と癒しを届けることをよろこびに活動をしている。

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2021-11-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.147

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