週刊READING LIFE vol.155

ファミリーレストランで形成された私の仕事脳《週刊READING LIFE Vol.155 人生の分岐点》

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2022/1/31/公開
記事:吉田みのり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
自分の確固たる意志や考えがしっかりあり、人に流されず、自分の人生を切り開いていかれる人。
私はそういう人だと周りから思われることが多いが、実は意志が弱く、決断力もなく、人に流されやすく、左右されやすく、悩んだ割には選択肢の中から最悪のものを選び取ってしまったり、はたまた周囲がせっかく助言してくれてもそこは頑なに「私の考えがある!」と強がってしまったり。
そうやって人生の岐路に立ったときに違う方向へ進んでしまったり、選択肢を間違えてしまったり、そんな経験が数え切れないほどある。
あとにならなければわからないことも多いから、ある程度は仕方がないかとも思う。
しかし、自分の意志ではなく流されたものの、結果それが自分の人生にとってすごく大切な経験になったり、重要な意味をもつこともある。私は決断力がないだけにそういうことが多く、人生はわからないものだと感慨深く思ったりもする。
 
そんな風に流されて、自分の意志ではなく、なんとなく始めた大学時代のアルバイトが、私にとってはその後の人生に大きな影響を与えた。
 
高校時代はアルバイト禁止だったため、大学生になったらアルバイトをしてみたいと思っていたし、母から、大学生になったら自分のお小遣いは自分で稼ぎなさいと言われていたため、何かアルバイトをしなくては、でも何がいいのだろう? と思っていたところへ、幼なじみから「一緒にウェイトレスやろうよ!」と誘われた。
そしてファミリーレストランの面接をなんとなく受け、人手不足だったようでその場で「いつから働ける?」と採用が決まったので、卒業後の春休みからアルバイトを始めることになった。初日はトレーニングをするから、それまでにこれを覚えてくるようにと、テーブル番号であったり料理名の略称だったりが載っている分厚い資料を渡された。
 
そして迎えたアルバイト初日のトレーニング。
「うちのお店では、『責任担当制』と言って、担当したテーブルの接客業務のすべてを一人で行います。忙しい時間帯はレジ担当や案内担当や料理提供担当と割り振ることもありますが、基本的には全部一人でやります」と。
 
お客様ご来店、座席へご案内。
お水とおしぼりを出す。
絶妙なタイミングで、早すぎて急かすことなく、でも呼ばれる前にご注文はお決まりですか? と声をかける。
注文をとり、オーダーを厨房へ通す。
飲み物や、注文された料理に合わせたナイフやフォークを出す。
厨房で料理ができあがったらテーブルへ運ぶ。
お水やコーヒーの減り具合に気を配り、おかわりの声をかける。
デザートの注文をしているお客様の食べるスピードを把握して、食べ終わった絶妙なタイミングでデザートを出せるように厨房にオーダーを通す。
食後に飲み物をオーダーされている場合は食べ終わったタイミングで出す。
食べ終わったお皿を、これも絶妙なタイミングで早く帰れと急かさないように、でも邪魔にならないように下げる。
おすすめのデザートはいかがですか? と営業活動もする。
お客様が席を立ったらすかさずレジへ向かいお会計。
笑顔でお見送り。
テーブルを片付けて、次のお客様を迎えられるセッティングをする。
このほかにも、備品の補充であったり、細々とした仕事は山ほどあります……。
 
と、説明された。
ちんぷんかんぷんだった。
そして、「何事もお客様に呼ばれる前に、絶妙なタイミングで、こちらから声をかける。『少々お待ちください』は基本的には使ってはいけない」と指導された。
「絶妙なタイミング」を多用されたが、「絶妙なタイミング」って……?
 
理解できないまま、社員の方がお客様役をやり、ひたすらこの流れを練習し、山ほど注意を受けた。次回からは実践しながら覚えていきましょう、と。
そうして、次には接客デビューをしたのだが、私は驚くほど仕事ができなかった。
一人あたり10テーブルほどを担当するのだが、まずは先輩についてもらって、テーブル3つくらいからスタートした。練習した一連の流れを流れの通りにやりたいのだが、実際はそうはいかない。続けてオーダーを取らなくてはならないこともあるし、そうしたら何を注文されたのか覚えていられないからナイフやフォークのセッティングをするのにいちいち注文伝票を確認したり、そうやってもたもたしているうちに「お水をください」とか「コーヒーください」とか声をかけられてしまうし、テーブルの片付けも間に合わない……ともはやパニックだった。その上、「笑顔がない」とか「声が小さい」と怒られる。
 
私は、相当要領が悪く、できない人だったと思う。
1週間くらいすると一緒に始めた友人は慣れないながらもそれなりに仕事をこなしていたし、他の同時期に入った人たちも私より仕事がきちんとできていた。私は怒られ続け、さらにはあきれられてため息をつかれることも多かった。
 
アルバイトを始めて2週間くらいたった頃。
よし、辞めよう。
こんな辛い仕事やってられない。
ちっとも楽しくない。
毎日ひたすら怒られるためだけに行っている。
アルバイトなんて世の中にもっといろいろある。もっと私に向いている仕事があるはず。
 
しかし、そう決意したものの、毎日怒られているから店長や社員の方たちが怖くて怖くて、「辞めさせてください」が言えない。
よし、大学が始まったら、授業が忙しくてアルバイトに入れないので、という理由で辞めよう、春休みの間だけ頑張ろう、と新たな決意をした。
 
そして、大学の入学式が終わり、授業が始まった。
よし、決意を言葉にするときだ。
しかし、なぜかそこで「これでいいのか?」という思いが頭をもたげてきた。
高校生たちだって、同時期に入った友人や他の大学生たちだって、私よりみんなまともに仕事ができている。こんなに怒られているのは私くらいだ。
おかしい。
私は取り立てて器用だったり頭がいいわけではないけれど、でも今まで取り組んだことにはそれなりに成果を出してきていると思う。
でも、ウェイトレスという仕事については?
人並みにも仕事ができないなんて、くやしい。このままでいいのか……。
 
よし、一人前になったら辞めよう。
怒られなくなったら、なんなら少しは褒められたりするようになってから辞めても、遅くはないはずだ。
 
それからは、「怒られなくなって、一人前になったら辞める」ことを目標にアルバイトに励むようになった。
頑張る方向性が間違っているようにも思うし、当時は本当に「辞めるため」という、よくそんなネガティブな目標に向かって頑張れたな、と自分でも思う。
「辞めるため」に通学中の電車でよく仕事のシミュレーションをして、先輩の動きを真似してできている自分をイメージしたり、そしてアルバイトに入る前には必ず前回の失敗を繰り返さないように注意点を確認してから、気合いを入れてアルバイトに臨んでいた。
初めてのアルバイトで、初めての大きな挫折を味わい、我ながら18歳の私はよく頑張っていたと思う。
 
そうこうしているうちに夏休みになったのだが、その頃にはアルバイトが楽しくなっていた。
はっきりとは覚えていないのだが、4月後半頃からは、だんだんと怒られることも減っていき、仕事もだいぶできるようになっていった。
いつの間にか「辞めるため」に頑張っているのではなくて、もっといい接客ができるようになりたくて頑張るようになっていた。
店長からも褒められたり、お客様からも声をかけてもらったりすることも増えていき、もっとサービスを極めたいと思うようになった。
 
そうして、結局、大学4年間ファミリーレストランでのアルバイトを続けた。
店長が変わったタイミングや、他のアルバイトも経験しておいた方がいいのではと続けるか悩んだ時期もあったが、でもその働いていたお店自体が大好きで辞められなかった。
私を誘った友人は、高校生の頃から「ウェイトレスをやってみたい!」と言っていたのに、大学1年の夏休み前には「大変なだけで、つまらない」と辞めてしまっていた。
4年間続けられたのは、ひとえに最初のとてつもなく仕事ができない私に、根気強く教えてくれた店長や社員の方や先輩方のおかげだ。「もう少し優しく教えてくれても……」と泣きながら自転車を漕いで帰った日も多々あったが、でもお店を、会社を愛する熱い人たちの言葉だったから受け止められたのだと思う。
 
4年間同じお店で働いたおかげで、常連さんのドラマもたくさん目の当たりにした。
私がアルバイトを始めた頃に1人目が生まれた家族が、その後毎年1人ずつ増えていき、私が卒業する頃には6人家族になっていたり、「ウェイトレスさんにいつものお礼がしたいの」と真っ白い中途半端な丈のスクールソックスを何度もくださる謎のご婦人がいたり、毎日来て毎日クレームを言うクレーマーさんが、いつの間にかすごくいいお客様になっていたり、近くの会社の人の人事異動や昇格についての不満を聞かされたり、恋人がコロコロと変わる人が私の想像以上に世の中には多いことに驚いたり、毎日コーヒーを飲みに来てくれていた老夫婦のご主人が亡くなってしまったり……。ただ、他のスタッフがお客様から電話番号を渡されたりしていたが、私にはそういうドラマは一度もないまま4年間が過ぎていった。
でも、初めての彼氏はアルバイト先で出会った方だったから、それも今となってはいい思い出だ。

 

 

 

ファミリーレストランで学び、身につけたスキルは、その後の私の人生の基盤となっている。
接客業の基本である「笑顔」や「明るく元気よく」は、仕事でもプライベートでもどんな場面でも役に立つ。
「常にお客様に気を配り、先回りしてサービスをする精神」や「いくつもの業務を同時進行でこなしていく、他のスタッフの仕事も把握する、先を読んで動く」とか、「他のスタッフが働きやすいように、環境を整える。また、それに気づける力」などどんな仕事にも共通して必要だろう。
大学生からはじまり、20代も合せて約12年間接客業に従事したのだが、そこで身につけたスキルが、30代で介護業界へ転職して介護士として働き始めてから、おおいに力を発揮した。認知症であったり、話せない方の介護をする上で、その方たちの思いを想像して、してほしいことを先回りして考えて行動して、笑顔や仕草などの言語以外のコミュニケーションで安心してもらったり信頼関係を築くのは、接客業と同じサービス精神が必要だ。
 
アルバイトを始めたきっかけはなんとなくだったが、その後は様々な分岐点を通過しながらも、4年間続けられたことは私の人生において大きな収穫だと思う。
「他のアルバイトも経験するべきか」という分岐点だけは、今でも正解がわからず、やっておいたほうがよかったのかもしれないとも思うが、でもそれ以外のアルバイトに関しての分岐点は我ながら正しい道を選べたからこそ、今の私があると思う。
 
友人や妹が経験したアルバイトの話を聞くと、当たり前だがどの仕事も大変で、どの仕事をしても素晴らしい学びや経験が得られる。
でも、これからアルバイトを探すという若い方がいたら、ぜひファミリーレストランでのアルバイトを経験してほしいと思う。
こんなに多数のタスクを同時進行できる能力や、お客様が求めていることを先回りして考えて行動する能力を磨けて、自分の接客がすぐに目の前のお客様の反応として体感できることから得られる学びは、計り知れないものだと思う。ファミリーレストランではなくてもいいのだが、一度くらいは接客業を経験しておくと、そのあとどんな仕事をしても必ず役に立つと思う。ひとつしかアルバイトを経験していない私が言っても、説得力がないのが残念なのだが。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
吉田みのり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2022-01-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.155

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