週刊READING LIFE vol.156

最強の仲間は自分の鏡《週刊READING LIFE Vol.156 「自己肯定感」の扱い方》


2022/02/08/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
ヤバイ、よりにもよってこんな凡ミスで……。
 
一瞬にして絶望的な気分になった。
私って、どうしてこんな時に限って。
 
無理やり出て来たのに。
こんなんじゃ、ますます足を引っ張っているじゃないか……。
 
究極に追い詰められると、涙が出る余裕もない。頭の中が真っ白いトイレットペーパーになったみたい。手繰っても手繰っても空回りするだけで何にも案が浮かばない。
 
「大丈夫、落ち着いて。家が近い人に、持ってきてもらえるか頼んでみよう」
 
スタッフ仲間にかけられた声に、我に返る。
そうだ、こんなところで止まっていてもどうしようもない。
 
とりあえず、あがけることはあがかなきゃ。
まだ、誰もあきらめていないから。

 

 

 

よりにもよって、まさかマウスを忘れるとは。
主催している講演会で動画を担当する日だった。
 
家庭用ビデオカメラは持っていないので、ノートPCでZOOMを経由して録画をすることにした。最近ではスマホの録画の画質がいいと教えてもらったので、予備の録画にスマホを採用した。事前に録画や配線のシミュレーションをして、電源やコード類、三脚、マイクを用意して……。ありとあらゆるものをそろえて万全、と思っていた。
 
でも、マウスを忘れた。
 
普段、使い慣れているマウスがないと、私のノートPCの画面は悲しいほど操作性が落ちる。しかも、タッチパッドが壊れているのでますます動かない。
 
どうにか、TABキーを使って慣れないキーボード操作をしてみるものの、思った方向にキーが動かなくてイライラが募るばかりだった。
 
そもそものトラブルは昨日から始まっていた。講演者を呼んで3日間の勉強会の真っ只中だ。1月だけど私にとっては年に数回しかない山場みたいな3日間だった。それなのに、2日目の昨日の終わりがけに保育園から連絡が入った。
 
末っ子が39.3℃の熱発。いつ迎えに来れるか? という問い合わせ。
保育園からの連絡に、司会のマイクを仲間に託して、荷物だけ抱えて飛び出した。
 
なんで、よりにもよってこんな時に……。
でも、娘は、朝起きた時にもう少し顔色も調子も悪くて、保育園に連れて行くのも気の毒なくらいだったのだ。朝の時点では熱はないけど、遅かれ早かれお迎えコールは来るだろう。母親の勘が的中しませんようにと思ったけど、保育園についた途端に先生から、「あら、顔色、悪くない?」と聞かれて、やっぱり、と思う。
 
どうにかギリギリまで預かってくださいと園に頼み込んでいたので、ギリギリまで頑張ってくれていたハズ。だから早くいかなければ。末っ子もホントよく頑張ってくれたなあと心の中で詫びながら、車を走らせた。
 
園についたら、熱で目がとろんとしていたけど、ホッとしたような表情を見せた娘にじわっと涙がにじんだ。
 
連れ帰って寝かせながら、スタッフ仲間と明日の相談をする。3日目は最終日で私が動画撮影担当をすることになっていた。私の代わりをできるスタッフはいるけれど、どうしても自分でやりたかった。
 
半年くらいかけて、企画してスタッフのみんなで作り上げてきたイベントで、開催を心待ちにしていたのだ。世間はとても厳しい状況だけど、どうにか開催できることになってホッとしていたのに、まさか、家族の体調で参加できないなんてあり得ない。
 
とにかく、どうにか熱よ下がってくれ! 私は祈るしかできなかった。
 
3日目の当日、熱は下がったものの、末っ子の調子は万全とは言えず、保育園は休むことにした。最初は同伴して、傍に寝かしておくことも考えたけど、こんなご時世に問題になってもまずい。結局は、夫に世話を頼んで、途中で様子を見に帰宅する約束をして、予定通り動画担当で参加することになった。
 
イレギュラーだったけど、どうにか参加できることが嬉しかった。焦るとミスするから特に慎重に行こう。メモを見ながら機材の準備をしたつもりだった。
 
やはり、気持ちが浮き立つほどミスをするものなのだ。
 
結局、スタッフ仲間の冷静な機転のおかげでマウスを借りることができ、少し開始時間は遅れたもののどうにか講演はスタートした。動画撮影の録画ボタンを定期的に確認しながら、その日初めて深く息を吸えたような、そんな気がした。
 
何年か前の私だったら、そんなミスをしようものなら、地底深くまで落ち込んで、しばらくは立ち直れていなかった。
 
あーバカバカバカバカ、私のバーカ!
幼稚園からやり直してこい、このできそこないっ、
くらいの勢いで自分のことを罵倒まくって、その言葉でどこまでも沈んでいったかもしれない。
 
でも、その時はちょっと違っていた。私の周りの世界ってどうしてこんなに私に優しいんだろう、すごいことだなあって思って、一人で勝手に感動していたのだ。
 
その時、先日、友人と話していたことを思い出した。「自分って自己評価すると何点?」と聞かれたときに、「うーん、80点かな?」と返した。それでも、元々自信がある方ではないから、かなりの高評価をつけたつもりだった。友人は、受け売りなんだけどね、と前置きをして、こう続けた。
 
「それってね、自分の周りの自分を大切にしてくれている人達も80点っていうことなんだって。類は友を呼ぶ、蛙の子は蛙っていうことわざがあるけど、自分が80点の人だったら、周りも80点、自分が80点だったら、親や子供も80点なんだって。自分が大切な周りの人を落としているんだよ」
 
でも、その言葉を聞いた時には、正直ピンと来なかった。自分と人ってそんなに関係しているのかな? と腑に落ちなかったのだ。
 
今回、ミスやイレギュラーが発生して大変だった状況にも関わらず、沢山の助けや応援のおかげで大失敗には終わらなかった。
 
確かに、最大限サポートしてくれた周りの人達のことを「80点」とは評価したくないなあ。最低100点、なんなら1000点くらいつけたいくらいだ。
 
2日間ずっと迷惑かけっぱなしだったのに、逆によく頑張ったねって労ってくれたスタッフの仲間。お金払って参加してくれた人達も惜しげもなく協力してくれた。私のいつもと違う様子を敏感に感じ取ってくれた方は、「大丈夫だった? 頑張ったね」と声をかけてくれる。それに具合が悪いのに「待ってるから、頑張ってきてね」と送り出してくれた娘や、仕事を在宅に切り替えてくれた夫だって、沢山の人達が私を助けてくれたのだ。
 
私にはもったいなさ過ぎるくらいに素敵な人達ばかりだ。
 
ぐったりしてもう動きたくないようなことが重なって起きたのに、終わった時には沢山の人への感謝の気持ちで、むしろまだまだ動けそうなくらいに元気だった。
 
こんな風に元気をくれる人達は1000点でも低いかも。
 
ああ、そうしたら、私も1000点になっちゃうのかあ。自分にめちゃめちゃ点をあげるってなんだか気恥ずかしい話だけど、周りの人を1000点にしたいから、自分も1000点になるっていう考え方、悪くない。むずむずしながらも、ずっとポカポカしていい気分になれる。
 
結婚してから、長らく「自己肯定感の向上」に取り組んできた気がする。結婚する前は、自己肯定感が低すぎて何が起こっても、私はダメ人間で、私がいるから何もかもうまく行かなくて……とか、すっごい闇をさまよっていた。それは、子供に厳しかった親の影響が大きくて、家族内で誰もがお互いを認め合わない空気が精神的にきつかったのだと、親元から離れて初めて気が付いた。とにかく、目の前で起こる問題は、全て自分のせいで、それが起こってしまったことはすべて私のミスで、リカバリはできない、そんな風に決めつけていた。
 
そんな自分のことが大嫌いだったけど、結婚していざ子供が生まれる、という段階になったときに、「私が今度は子どもの自己肯定感を潰してしまったらどうしよう」ということが心配になっていたのだ。
 
時代的にも、自己肯定感の高い子供を育てるというような話題やメソッドも沢山あったし、自分の自己肯定感を上げるというようなことにもだいぶ取り組んできた。取り組んで、昔ほどは自分に自信がないとか、落ち込んでメンタルがミジンコみたいなる、みたいなことも減った。
 
それでも、自分のことを自分自身で馬鹿みたいに褒めるのもなんだか不自然だしねえ、と心のどこかでは思っていた。
 
だから、自分よりも、むしろ、自分の周りの人達が素晴らしいということに感謝が出来て、それは私の鏡だから、私も素晴らしいんだなと思うほうが、断然素直に受け入れられるなあと思ったのだ。
 
自己肯定感の扱い方を自分自身だけを基準としてとらえるのではなく、私の周りの人達の優しさや温かさを物差しにして見て行ったら、私の身の周りの世界は、これから先もどんどん優しく、どんどんあたたかく私のことを守ってくれるようになるだろう。
 
むしろ、今までだって世界は私に優しかったハズなんだ。私が自分に厳しすぎただけで。イレギュラーが起こり、ミスをしたからこそ見える優しい世界を、自分のせいと自分を追い込むことで沢山見落としてきたのかもしれない。
 
私は、私の周りの人達を最強の仲間にしたいから、これからも勇気をもって私自身に1000点をつけていこうと思う。仲間は私の鏡なのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

自称広島市で二番目に忙しい主婦。人とモノと場所をつなぐストーリーテラーとして、自分が好きなものや人が点ではなく円に縁になるような活動を展開。2020年8月より天狼院で文章修行を開始し、身の上に起こったことをネタに切り取って昇華中。足湯につかったようにじわじわと温かく、心に残るような文章を目指しています。

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2022-02-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.156

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