週刊READING LIFE vol.168

言葉の意味も感覚で捉えよ《週刊READING LIFE Vol.168 座右の銘》


2022/05/09/公開
記事:山田THX将治(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
『映画を頭で観てはいけません。感覚で捉まえなさい』
 
私の映画の師である故・淀川長治先生は、事在る毎に私達生徒にそう仰った。
これは、淀川先生が、私達を肯定し続けた言葉なのだ。
 
淀川先生から直接教えを頂戴したのは、先生が創設された“東京映画友の会”という集いに、私が学生の頃から顔を出していたからだ。淀川先生は、友の会に集う私達若い衆を常に“生徒”とうい言葉で紹介して下さった。
まさに、師弟の関係だった訳だ。
私は、淀川先生から、
「こちら、山田君。僕の生徒ね」
と、紹介して頂くことが、嬉しくて仕方が無かった。
さらに、
「頭、あんまり使ってないから、大きく育ったの」
と、混ぜ返される言葉が続いた。
これも、嬉しかった。小柄な先生(何しろ、兵役検査で落とされた)が、デカい僕等を可愛がって下さった証拠だ。
しかも、頭を使って映画を観ることを、淀川先生は極端に嫌っていらっしゃった。
 
冒頭の言葉は、その証明だし、私達を決して否定しなかった根拠でもある。
言葉の裏読みをすると、誰でも解かると思うのだが。
 
淀川先生が仰るところの『映画を頭で観る』とは、知識を前面にするということだ。先生は常々、
「知識には必ず差が有ります。年齢や経験のね。でも、感覚は心の持ち様なので、善悪も勝ち負けも無いのです」
続けて、
「差が有るものは、どうしても順位が付きます。それが競争に為ります。映画の感想は、競っても仕方が有りません」
と、仰っていた。
他にも、
「誰でもが言う好き嫌いは、“好き”という感覚が感情を動かして言うのです。これを否定することは、何人たりとも出来ません。どんなものを好いても自由なのです」
と、強調されていた。
「ただし、好きなものは本気で好きに為りなさい」
と、注意が付けられていた。
 
例えばこうだ。
映画友の会で、生徒の誰かが淀川先生の前で、
「『〇〇』という映画は、歴史的に見ても素晴らしいと思います」
等と言おうものなら、先生は、
「はい、解かった。座りなさい」
と、手振りを付けながら仰った。
聞く耳を持たないといった感じだ。
淀川先生にとって、“素晴らしい”との表現と根拠は、映画を頭で観るから生じるものだからだ。
 
反対に、どんなB級映画でも、
「僕『△△』というミュージカル・コメディが大好きです。観ていて楽しかったからです」
と、話したりすると、淀川先生はその生徒に向かって笑顔で、
「そうなの。どこの部分が面白かったの? 僕にも教えて」
と、話を即す程だった。

こうした遣り取りを聞くに付け、直弟子である私は、淀川長治先生の肩書を『映画評論家』とは『映画批評家』というのは、どこか違うと思う様に為った。
何故なら淀川先生は、どんな映画も批判することは無かった。
同じく、どんな映画を好きでも、それが本気で好きなら誉めて下さった。
そして何より、僕等の本音を映画の感想から見抜いて下さっていた様だった。
 
では、淀川長治先生の最も相応しい肩書は何か。『映画評論家』でも『映画批評家』でも無いとすると。
直弟子の立場からは、『映画解説者』ではないかと思う次第だ。
理由としては、元々洋画配給会社に勤務していて、戦後に為って映画雑誌の編集長に就任した淀川先生は、日本中隅々まで映画の面白さ・楽しみ方を広め様と尽力した人生だったからだ。
いつでも映画を解き、誰にでも説明していたからだ。
なので私は、淀川先生こそが『日本一の映画解説者』だと思っているのだ。

その証拠に、淀川先生は唯一無二のDVDを発売した。
そのDVDは、テレビ朝日で放送されていた『日曜洋画劇場』の、淀川先生の解説部分を集めたものだ。御存知の通り、地上波に於ける洋画番組の解説は、本編の前後に1・2分程度付くものだ。
その僅かな解説シーンだけで、一枚のディスクに仕上がるというのは、どれだけ多くの作品に、淀川先生が解説を付けたが理解出来よう。
多分、映画解説だけでセルソフトとして成立する業績は、世界的に見ても空前絶後の偉業だろう。
生前の淀川先生が、本気で映画が好きだったことのエビデンスだろう。

それも、評論家や批評家の立場ではなく、私達一般の映画ファンと同じ目線で。
 
昨年末、外出自粛が一瞬緩んだ時期に、私は或るクラシック音楽ファンのオフ会に出席した。
主催者は、私が映画フリークで淀川先生の直弟子であることを知ると、
「クラシック音楽界の不運は、映画に於ける淀川先生が居なかったことだなぁ」
と、問わず語りで呟いた。
一般的に“難しい”と思われがちなクラシック音楽に、淀川先生の様に批判しない解説をして下さる長老が欲しかったという意味だ。
言われた私は、自分のことの様に嬉しくなり、冒頭の言葉を伝えた。
すると、主催者は、
「結局ね、映画でも音楽でも、頭で考えた感想を言うと、それだけで“上から目線”に為るのよ」
と、私の感想に補足して下さった。
私は、何だか誇らしく為った。

加えて、淀川先生が実は映画の専門的知識は、余り御持ちではないことも告げた。
主催者は、
「そこなのよ、そこ。淀川先生は、映画のことを大学とかで学んでないでしょ。だからかえって説得力が増すの。皆と同じ目線だから」
続けて、
「クラシック音楽の解説者って、その殆どが学者なんだよね。ただでさえ、上から目線に為るんだよなぁ」
さらに、
「学者じゃないから、感覚でもの言う淀川先生には敵わないんだよ」
とも、言って下さった。

私はもっと淀川先生の、感覚で映画を捉まえる教えを広めたいと切実に思った。
 
専門的に“映画学”を研鑽した訳ではない淀川先生からは、私達直弟子も、専門的な教えは無かった。有ったのは、
「感覚で映画を観る習慣が出来ると、気遣出来る大人に為ります」
といった、社会に出て役立つものが多かった。
こうした教えは、学校で習うものでも無く、現在の私には大変役立っている。
 
時に、友の会で淀川先生に対し、専門的な質問が飛んだりすると、
「そん事、自分で本でも開いて勉強しなさい」
と、軽くいなされたものだ。
その言葉の裏には、
「それよりもっと、感覚を磨きなさい」
との、教えが在った。

また別の機会では、多くの若い私達が苦手とする芸術性の高い映画のことを、
「貴方達の多くが、睡魔との闘いに為るでしょう」
と、我々の本音を、淀川先生は見抜いてみせた。
ただ、それにつづけて、
「いいですか、もし眠く為ったり寝てしまったら、何度も挑戦しなさい。感覚が映画を捉まえる迄。感覚で格闘する内、きっと何か捉まえられる様に為るでしょう」
と、激励もして下さった。

そのどちらのケースも気遣いの大切さを、淀川先生は私達生徒に伝える為のものだった。
 
そして今思う。
 
淀川長治先生が教えて下さった“感覚の大切さ”こそが、他人に対する最大の気遣いなのではないかと。
 
更に私は、こうしたことを解り易く淀川長治先生から教えて頂き、本当に幸せだったと。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeasonChampion

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2022-05-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol.168

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