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週刊READING LIFE vol.176

〇〇することになりまして《週刊READING LIFE Vol.176 人間万事塞翁が馬》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/07/04/公開
記事:黒﨑良英(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
日本語とは不思議なもので、意外にもその発祥すら解明されていないという。最近になってドイツなどの国際研究チームが、9000年前の中国東北地方のキビ・アワ栽培の農家が起源だという論文を発表したが、果たして実際はどうなのか……
 
謎が多い言語なだけに、日々使っている言葉に疑問を持っても、中々解決が得られないのも無理はない。
最近になって、しみじみと思う。
 
よく結婚式などのスピーチや挨拶で、
 
「この度結婚することになりました……」
 
といった言葉を耳にする。もちろん耳にするだけではなく、自分でもそこかしこで使う場面がある。
どうして「〜することにしました」「〜します」ではなく、「〜することに“なりました”」なのだろうか?
 
「〜することにしました」「〜します」は、自分の意志で決定し、行動をするという意味あいである。
一方で、「〜することになりました」は、自然な成り行きでの変化を指している。
 
これ、特に外国の人が日本語を学ぶ際に混乱するらしい。
結婚なり就職なり、自分の行動や変化は、自分の意志であるはずである。もちろん100%そういうわけではないと思うが、少なくとも行動を起こしたのは自分である。
それなのに、よく「結婚することになりました」「働かせていただくことになりました」などと、さも自然の意志のように言うのはどうしてなのだろうか?
 
日本人特有の謙虚さで、「自分の力だけでなく、周りの方々のお力や運にも恵まれて、こうなりました」といった意味を含めているのではないかと推察するが、実際のところは不明というしかない。
 
というわけで、前置きが長くなったが、私、今年から非常勤講師をさせていただくことに“なりました”。
もちろん、自分の意志なので、「今年から非常勤講師をします」と言ってもいいのだが、やはりしっくりこないのが不思議だ。
 
昨年度まで、私は期間採用として、県立の高校で働いていた。こちらは常勤の職で、いわば契約社員である。
今年も引き続き、同じ形態で働こうと思った矢先、持病の腎臓病が悪化し、治療に多くの時間を割かれることになった。そこでやむを得ず、時間の限られた非常勤講師として働こうと思ったわけである。
 
病云々は自然の成り行きなので、「なりました」と付けるのも、まあ、頷けなくはない。
ただ行動に移したのはやはり自分なので、「なりました」と自然の成り行きのようにいうのは、やはり違和感がある。それなのに、「今年から非常勤講師となりました」「非常勤講師をさせていただくことになりました」と言った方が自然なのは、なぜであろう?
 
あくまで前の推察くらいしかできないが、だからこそ、「人生というものは何が起こるかわからない」なんてことだって言えるのだ。
 
確かに、考えてみれば、この世で自分の意志だけで、自分の意志の通りに行動できることとは、どれほどあるのだろうか?
おそらく多くのことに関して、自分以外の外的要因が少なからず働いていることになる。
結婚だって就職だって、他者(相手)がいることである。
 
それを考えると、「なりました」の発言がしっくりくるのは、自分がその他者のことを心のどこかで意識しているからかもしれない。
 
今回も私は、私の意志以外の要素が働き、今に至るわけである。
そりゃ「なりました」と言いたくもなる。
 
思えば、自分の意志というのは、どれほど人生を動かすことができるのだろう。
私は、雇用形態はどうあれ、大学を卒業してから教員(あるいはそれに連なる職)として働いている。
だが、大学入学前まで、いや入学後もしばらくは、教員にだけは絶対なるまいと、固く決めていたのである。
 
そう決めていた原因は、我が家の環境によるところが大きい。
実は我が家は、一家そろって教員家系なのである。
 
同居していた父方の祖父は、近所でも有名な、小学校の校長先生だった。
担当教科は意外にも美術で、最後は卒業する児童全ての似顔絵を描いて、子どもたちに送ったという。
祖母は教壇に立ったことはないものの、裁縫などの教師ができる免許(昔の制度だと思われる)を持っているらしかった。
 
父は高専の教員、母は中学の数学教師、妹は小学校教師を目指す(実際なった)と、当時はそんな家庭であったから、私の代で止めないといけない、くらいの謎の使命感すら持っていたと思う。
 
特に、父の職場は東京にあり、毎朝早朝に家を出ては、夜遅くに帰ってきて、仕事の愚痴をまくし立てる生活をしていて、それも私から教員を遠ざける一因となっていた。
 
だから、学校の教員には絶対になるまいと固く心に誓っていた。
それなのに、ああ、それなのに、である。
教員業にどっぷりと使って早く10年以上の月日が過ぎていた。
 
そもそもは、母の勧めからであったのだ。
「教員免許があれば塾でも働けるから、取るだけ取っておけば?」
と母は言った。
 
なるほど、学校は大変だが、塾ならまだ違うかもしれない。
そして食いっぱぐれがなさそうである。
 
単純な理由で、私は教員免許取得過程へ進んだ。進んでしまったのだ。
 
時は過ぎて卒業にあたり、困ったのはその先である。
就職先は中々決まらず、悶々とした日々を送る私に、これまた母の言葉が響いた。
 
「もう、観念して教員採用を受けたら?」
 
そして私は観念したのであった。
それが、修羅の道であることも知らずに。
 
教員の仕事がブラック過ぎる、と一般人にも知れ渡ってきたのは、ごく最近であろう。
残業という概念がなく、一人で多くの仕事を抱え、休みの日も部活動の監督などで潰れてしまう。
 
そういったことを、当時の純粋だった私は知らず、教員の道を歩き始める。
 
全く、人生何があるか分かったものではない。
 
ただ、少なくとも食いっぱぐれがなかったのは確かである。
そこら辺は不幸中の幸というのか、幸の中に不幸があるのか、何とも言えないが……
世の中の幸不幸は分からないもの。
まさに「人間万事塞翁が馬」である。
 
この道が私にとって幸だったのか、不幸だったのか、それは確かに分からないが、とある番組で聞いた、
 
「人は天職に就くのではなく、就いた職業が天職なのだ」
 
という言葉に一つの救いと進む道を見た
 
なるほど、人はついつい、自分の天職を探しがちだ。
今の仕事ではどうもうまくいかない。それは自分に合ったものではないからだ。天職ではないからだ。
そんなふうに思ってしがいがちである。
 
が、それはただの言い訳でもある。
今少しの工夫と努力が必要な場合もあるわけだ。
 
そうして暗いトンネルを抜けた先に、つまりその職業でもう少し頑張っていくうちに、光が、天職たる所以のものが見えてくるのではないだろうか。
 
今のところ、私は教員業が天職とも思えないが、それでも、できる限りのことは、できる範囲でやってみたいとも思う。
まあ、少なくとも、そう思えるところだけ見れば、天職かもと言えなくもないか。
 
結局、人は全てを自分自身で決定することなどできない。
だからこそ、それを受け入れることも、また最良の一手になるかもしれない。
 
「この度は〜になりました」
 
この言葉が、しばらくは身に染みそうである。
人間万事塞翁が馬、何が幸せにつながるか、分かったものではないのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
黒﨑良英(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。持病の腎臓病と向き合い、人生無理したらいかんと悟る今日この頃。好きな言葉は「大丈夫だ、問題ない」。

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2022-06-29 | Posted in 週刊READING LIFE vol.176

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