週刊READING LIFE vol.188

オトナ同士が友達でいるために《週刊READING LIFE Vol.188 「継続」のススメ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/10/03/公開
記事:吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
私のいいところってどこ?
そう尋ねた友人に、私は言葉を返すことが出来なかった。

 

 

 

私には友人が少ないと薄々気が付いたのは、夫の会社を辞めて在宅ワークになって、何年かした頃だっただろうか。学生時代は人数が多い部活やサークルに所属していたので、それだけでクラスメイト以上の友達が多い気分になっていた。就職したらそれが同期や同僚に変わったが、飲みに行ったり遊びに行ったりする相手に不自由したことはなかった。携帯の連絡帳の登録は200件近くにもなり、こまごまとフォルダ分けしたりして、こんなにいっぱい登録があるなんて困っちゃうな、と悦に浸ったりもしていた。
 
在宅ワークになり、子供ができて、コロナ禍になって。外に出歩く機会が減るのに反比例するように、スマホの着信を気にする頻度が高くなった。夫が彼氏だった頃はLINEで頻繁にやりとりをしていたが、結婚して一緒に在宅ワークをするようになると、もはや買い物の連絡くらいしかやりとりはない。急に寂しくなったスマホに届くものと言えばDMと母の小言とSNSの更新通知ばかりで、手持ち無沙汰にネットサーフィンをしたり、ミニゲームをしたりする時間が増えた。そして時々友人から遊びの誘いが来ると、飛びつくように返信して約束をとりつけ、その日を指折り数えて待つようになった。
 
気心の知れた友達と遊ぶのは楽しい。私とよく遊んでくれるのは、学生時代の同級生で、気心の知れたMちゃんだ。学生の頃やMちゃんや他の子と一緒にゲームや漫画や恋の話ばかりして、カラオケに入り浸ってはしゃぎ回っていた。進学して就職するうちに、転勤や結婚で集まりに参加できる人が一人減り二人減り、いつの間にかよく会うのは私とMちゃんだけになった。Mちゃんも私も子供がいて仕事をしていて、何より家が割と近所だ。二人して子供が好きそうな公園やイベントに行っては、子供を追いかける合間に話す、というのがここしばらくの遊び方になった。現在奮闘している子育ての話もしたが、学生の頃の話や、あまり連絡を取らなくなった子の消息に思いを馳せることもあった。
 
「今週末、Mちゃんが遊びに来るよ」
「今度、Mちゃんと潮干狩りに行くことになった」
 
私達があまりに頻繁に遊ぶので、二人の夫どうしもそれなりに仲良くなった。夫はMちゃんの旦那様も遊びに来るとなると、前日からうきうきとお酒や食べ物の準備を始める。来たら子供の相手もまあまあしつつ、ずっと夫どうしで話し込んでいる。小耳にはさむと仕事や時事ニュースの話もしているから、本当に気が合うのだろうな、と妻二人としては微笑ましくなる。夫どうしが仲がいいと、次の遊びも気軽に計画しやすいのでありがたい。在宅ワークで、子供が生まれて、コロナ禍で。家族以外になかなか会える人がいない私には、Mちゃんは貴重な社会とのつながりの一つでもあった。
 
学生時代から、Mちゃんは朗らかでさっぱりしていて優しい。
こんないい子と長く友達をやっていられるなんて、私は幸運だな。
 
もちろんのこと、Mちゃんには私以外にもよく遊ぶ友達がいた。それはどこそこに行った、あれが面白かった、と言った話題の端々に垣間見えることもあったし、友達がね、と直接的に話題になることもあった。あっけらかんとして人好きのするMちゃんに友達が多いのは昔からのことだが、どこか寂しい気持ちがする自分に気がついてもいた。私にもMちゃん以外にも遊ぶ友達がいないわけではない。時々会って盛り上がる、気心の知れたと言える間柄の子がいる。そしてその子達にもまた、私以外の友達がいて、私から遠いところで会ったり遊んだりしている。当たり前のことで、文句を言うようなことでもなくて、Mちゃんも他の友達もみんな、変わらず私と仲良くしてくれている。それでも社会とのつながりの紐が手のひらからすり抜けていくような感覚の中で、一番よく会うMちゃんの紐をことさら大切に握りしめてしまうのは、どうしようもない事だった。
 
Mちゃん、友達が多くて、いいな。
どうか私ともずっと友達でいてね。
 
私の家からほど近いショッピングモールのプレイスペースで遊んでいたある日、Mちゃんは仕事のことで思い悩んでいる様子だった。何度も話しているので、物覚えの悪い私でも、Mちゃんの仕事や人間関係はだいたい把握している。それでいて職場とは全く関わりのない立場の私にはいろいろと言いやすかったのだろう、Mちゃんには珍しく弱気な言葉が続いた。
 
「私なんてろくに仕事もできないし、みんなに迷惑かけてばっかりで、本当情けなくて嫌になるよ……」
 
大好きなMちゃん、いつも明るくて元気をくれるMちゃん。そんなことないよ、私はいつもMちゃんにどれだけ助けられていることか。
 
「上の子もやっぱりどこか我慢してるみたいでさ、もっと頑張らなきゃとは思うけど、……」
 
Mちゃん十分、十分すぎるくらい頑張ってるじゃない。ずっと頑張り続けるなんて無理だよ。落ち込んでるMちゃんを励ましたくて、私はコミュ障なりに記憶と語彙をフル回転させる。
 
「Mちゃんいつもめちゃくちゃ頑張ってるじゃん!」
「そうかなあ」
「これ以上抱えたらパンクしちゃうよ!」
「そうかなあ」
「Mちゃんのいいところ、たくさんあるんだから、」
「いいところ? 例えば?」
 
自信を持って、と言いかけた私の言葉をMちゃんが遮った。たくさんある、と言いつつ、いざ真正面から聞き返されると、ぼんやりと思い浮かべていた何かが雲散霧消していく。Mちゃんのいいところ。私とたくさん遊んでくれるところ? 何だそりゃ、そんな独りよがりで私に都合のいいポイントは。もっと他に、こういう時にぴったりのもの、何で言えばいいの。
 
「……優しいところとか」
 
数秒考えて捻り出した信じられないほどありきたりな言葉が、Mちゃんをどこか落胆させたのを感じずにはいられなかった。

 

 

 

Mちゃんはその後もいつもと同じように私と話し、子供と遊び、また遊ぼうねと言って帰って行った。けれど私はとてもいつもと同じではいられず、子供を寝かしつけた後の布団の中で脳内反省会を始める。
 
なんなんだ、優しいところって。なんて間抜けな、なんて陳腐な言葉。Mちゃんのいいところ、たくさん知ってるはずなのに、何でそんな言葉しか出てこなかったんだ。仮にも私、ライターを目指してるんじゃないのか。書き言葉じゃないとポンコツかよ、ポンコツ。もっといっぱいあるしいろんな言葉で言えるだろ、Mちゃんの、Mちゃんらしい良いところ。学生の頃から、就職してからも結婚してからも、いろんな話をした、いろんなことをした。転職の相談も聞いたし、今の旦那さんとの馴れ初めもリアルタイムで聞いてたし、ご家族のことで大変な時期があっても健気に頑張っているのを見ていた。一緒に皇居ランやら水泳やらダイエットに目覚めたり、好きな手帳について語りまくったり、スパで気分転換したり、旅行にもたくさん行った。弾丸スキーではすごい吹雪で、携帯通じないのにゲレンデではぐれて危なかったな。沖縄は夕暮れの空が綺麗だったな。生まれて初めての友達どうしの旅行、時刻表調べたりしたっけ。
 
もう20年以上友達なのに、ここ一番に出てきたのが、優しいから、なんて。
我が身と、我が貧弱な語彙が情けない。
 
「…………」
 
私は、自分が落ち込んだ時にMちゃんが私にかけてくれた言葉を思い返してみた。あなたいつも24時間じゃ足りないくらい頑張ってるよ。けいちゃんって本当、パッと思いついてすぐ行動して、即断即決だよね。さすがセンスある、可愛いね。えっそれ300円なの、お買い得なもの見つけるの上手いね。いくつもいくつも、Mちゃんのいつもの笑顔と一緒に、心が温かくなるような言葉を思い出した。そうだ、Mちゃんは嬉しい言葉をいつもさらりと言ってくれる。ともすれば賛辞だと気がつかないくらいごく自然に、つるりと耳に滑り込んでくる。ありきたりな言葉でなくて、それが嬉しくて心地よくて、サヨナラが寂しくてまたMちゃんに会いたくなる。そうだ、Mちゃんはいつだってポジティブで、その底抜けな明るさを私に分けてくれていた。
 
Mちゃん、いつもあんなにたくさん褒めてくれていたのに。
なんなんだ、優しいところって。アホか私。
 
Mちゃんが友達が多い理由が分かった気がした。みんなMちゃんと一緒にいると、元気になって、勇気をもらえて、自分を好きになれるからだ。そしてMちゃんのことも好きになってまた会いたくなる。Mちゃんは私や他の人を気軽に誘ってくれるし、誘われた側もまたMちゃんに会いたくて、自分から誘ってみたりする。大人になってからの友達は、意識して繋がりを保ち続けないと簡単に疎遠になっていくけれど、ただ遊ぼうよと声をかけ続けるだけでもダメなんだ。相手をリスペクトしている気持ちを伝えて、一緒にいる時間を楽しく心地よいものにしていかないと、また手間暇をかけて会おうという気持ちがだんだんとすり減っていく。そしてMちゃんは無意識に、自然体にそれが出来ているんだ。
 
みつけた、Mちゃんのいいところ。
 
Mちゃんの他にも人づきあいが幅広い友人を思い起こすと、みな同じようにポジティブで温かい話し方をする人ばかりだった。会う度に優しいなあ、菩薩のようだなあ、と思わずにはいられない友人たち。優しい言葉、嬉しくなる言葉はすべて、相手を慮り尊重していること、これからも仲良くしていきたいことを示すサインなんだ。そのサインを継続して出し続けることが、大人になってからの友達付き合いの秘訣なんじゃないか。
 
私も、Mちゃんみたいになりたい。
Mちゃんや他の人に、私といると楽しいなと思ってもらいたい。
 
面と向かって改まって「Mちゃんは素敵だよ」と言うわけではない。ちょっとしたこと、いいなあと思った瞬間に、素朴な言葉でさらりと伝える。言葉にすると単純だけれど、いざ実践しようとすると、おだててるみたいじゃないかな、急に変だと思われないかな、とどぎまぎする。それでもMちゃんが子供と一緒に私の家に遊びに来た時、思い切って言ってみた。
 
「Mちゃん、子供と戦いごっこするのめちゃくちゃ上手いね!」
「えっ、そう?」
 
Mちゃんはびっくりした顔で振り返った。
 
「うん、上手いよ、一緒に楽しそうな感じする」
「そうかなあ」
 
今度ははにかんだMちゃんに、私の息子がおもちゃの剣で斬りかかった。Mちゃんは「やったな!」とすぐに応戦し、Mちゃんの娘と息子も乱入してくる。Mちゃん、少し驚いてたけど、嬉しそうだった。今までMちゃんがくれた分、それ以上に、たくさんたくさん伝えていこう。そしてMちゃん以外の人にも、あなたは私の大切な友達だって、少しずつ、伝え続けていくんだ。
 
それが積み重なって、あの時のMちゃんにも届きますように。
Mちゃんの、Mちゃんだけの、素敵なところ。
 
「よーし、私も戦う!」
 
私は照れ隠しに気づかれないように、びしりと手刀を構えたのだった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)

1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。天狼院書店にて小説「株式会社ドッペルゲンガー」、取材小説「明日この時間に、湘南カフェで」を連載。
http://tenro-in.com/category/doppelganger-company
http://tenro-in.com/category/shonan-cafe

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2022-09-28 | Posted in 週刊READING LIFE vol.188

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