週刊READING LIFE vol.192

「美味しい」を追い求めていたら、いつのまにか「美味しい」を伝えていた《週刊READING LIFE Vol.192 大人って、楽しい!》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/11/07/公開
記事:山本三景(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
平日の朝の8時前。
名古屋のある喫茶店の前を通ると、若いカップルが開店前にもかかわらず並んでいた。
そして、他の日にはキャリーケースに寄りかかっている若者が一人、やはり、開店前の喫茶店に並んでいた。
 
昔からある渋めの喫茶店に開店前から人が並んでいる。
しかも、年齢層は若めだ。
旅行客っぽいが、名古屋駅から少し離れた場所にある喫茶店にわざわざ足を運んでいる……。
この光景を見て、ピンときた。
 
はは~ん、『孤独のグルメ』をみてやってきましたね?
 
『孤独のグルメ』は深夜にみてしまうと食欲がそそられて、太るとわかっていても食べたくて仕方がなくなる、いわゆる飯テロの代表的なドラマだ。
松重豊演じる輸入雑貨の貿易商を個人で営んでいる井之頭五郎が、商談先でいろいろな土地へ行く。
そして、
 
「はらが……へった……」
 
というお決まりのセリフを言って、何か食べるものはないかとお店をさがし、美味しいものを食べるという、シンプルなドラマなのだ。
五郎さんが入るお店は庶民的なお店で、実際に存在するお店だ。
行こうと思えば視聴者もお店に行って、五郎さんと同じ気分を味わうことができるのだ。
 
ドラマや映画、テレビの情報番組などで美味しそうなお店を目にしてしまうと、「食べてみたい!」と思う人も多いのではないだろうか。
行くことはできないにしても、出てきた料理が味わえるお店をさがしたり、自分で料理を作ったりする人もいるかもしれない。
SNSの影響は大きいが、客足の増加が顕著にあらわられるのは、やはりテレビなどのメディアではないかと思う。
 
行きたいと思ったら行ってしまえ!
 
そういうことが大人になると可能なのだ。
名古屋の喫茶店に並んでいた若者よ、わかる、わかるぞ!
実は私も、友人と鳥取県へ行ったとき、同じように『孤独のグルメ』で五郎さんが訪れた、ホルモンそばのお店に行ったことがある。
目の前の鉄板で豪快に焼いてくれるホルモンそばを、冬の鳥取県で五郎さんの気分を味わいながら、はふはふと美味しく食べた。
 
そして、鳥取のホルモンそばを食べながら、自分の住む街から遠く離れた場所で思うのだ。
このときだけは大人でよかったと。
 
そう、大人になってよかったと思うこと。
私にとって、それは「食」だ。
 
このお店、なんだか美味しそうな気がする!
 
お店の前を通り、なんとなくそう思ったら、一人でもお店に入ることができる。
それが大人ってもんだ。
なんて、えらそうに言っているが、小心者なので、初めてのお店はドキドキする。
とりあえずお店のまわりを一周してから挙動不審でお店の扉をあける。
まあ、入り方は格好よくなくても、大抵のお店は一人で入ることができるようになった。
 
テイクアウトでもお店の味は再現され、味わうことはできるのだが、やはりお店でしか味わえないものがある。
料理の温度、お皿も含めて料理の美味しさを引き出す盛り付け、そして店内の雰囲気。
それは、ごった返した熱気のある店内の場合もあれば、静かな気持ちにさせてくれる落ち着いた店内の場合もある。
そういったものがさらに料理の美味しさを増してくれるのだ。
「食」について頭で想像はしていても、実際に五感を使ってその料理と出会ったとき、感動が倍になることが多い。
 
先日、和食が食べたくなり、美味しいうえにお昼はお手頃な値段で和食のランチを提供してくれるお店に入った。
そのお店には常連とまではいかないが、何度か訪れたことがあった。
場所は飲み屋が立ち並ぶ繁華街で子どもがあまり来る場所ではない。
しかも、飲み屋などの飲食店が入る雑居ビルの3階だ。
なかなか一人で入るには勇気がいる。
しかし、私は何度か行ったことがあったので知っていた。
このお店のランチが最高に美味しいということを!
 
店内は10人ぐらいが入ることのできるL字型のカウンターの狭いお店だ。
大将が一人で切り盛りしている。
13時を過ぎると空いているのだが、お昼の定食は売れ切れになっている可能性があるため、13時少し前を狙ってお店に入った。
店の前でアルコール消毒をして、ガラガラと引き戸を開けて、カウンター越しの大将に声をかける。
 
「まだお昼の定食ありますか?」
 
「ありますよ、どうぞ」
 
そう言われ、私は一番端っこの席に座った。
店内には私以外の客は常連とみられる夫婦1組だった。
対面に座っているので遠くに感じる。
八寸が出され、それから焼き魚とご飯とみそ汁が出される。
焼き魚は、夏は鮎だったり、秋はさんまだったり、季節によってかわる。
「あんまりいいさんまがない」と大将と常連のお客さんが話していた。
私が訪れたときは鮭の西京焼きだった。
ただの西京焼きではなく、ひとひねり加えられた西京焼きだった。
 
おぉ! やっぱりどれも美味しい!
そして「わぁっ」と言いたくなる八寸。
お刺身にはミョウガとしらすを和えたものが添えられている。
こうやってミョウガを使うのもいいなと思う。
そして西京焼きでご飯がすすむ。
すべて食べ終わるとデザートにほうじ茶プリンがついてくる。
 
お米も美味しくて、なくなった頃に
 
「おかわりはいかがですか?」
 
と大将がやさしくきいてくれる。
 
「少しおかわりをください」
 
普段は少食なのだが、ここではおかわりをしてしまう。
ご飯のお供があるから2杯はいけてしまうのだ。
 
あぁ、幸せ……。
誰かに紹介したいけど、教えたくないような……そんな気持ちにさせる、いいお店だ。
 
そう幸せにひたっていたとき、向こうのカウンターからひそひそ話がきこえてきた。
旦那さんが奥さんにひそひそと話している。
ひそひそ話なのだが、狭い店内で客が私とその夫婦しかいないため、会話が筒抜けだ。
 
「ほら、みて! すごく美味しそうに食べてる」
 
!!!
 
口に胡麻豆腐を含みながら固まった。
 
私のことか!
 
だって、店内の客は私だけだ……。
み、みられてた。というか、今もみられてる?
どうやら私は人間ウォッチングをされていた側だった。
 
私って、そんなに満足そうな顔をして食べていたのか……。
ひとりなのに美味しさだだ漏れじゃん?
 
ある意味、『孤独のグルメ』の五郎さんを私はやっていたのかもしれない。
みられていることに気がついてからは、誰かにみられていると思ってしまい、緊張して食べることになった。
 
美味しいものは誰と食べても、一人で食べても、「美味しい」という感情をおさえることができないものだ。
大人になると、若い頃にできていたことが段々とできなくなり、わずらわしいことばかりが増えていくように思える。
ただ、美味しいものを食べた経験値だけは右肩上がりに上がる一方だ。
食べた分だけ経験値はあがっていく。
もちろん、それは仕事であれ、勉強であれ、情報が蓄積されるのは同じなのだが、仕事とは違って、五感を満足させてくれる「食」については思い出というものもついてくる。
食べるところを見られていて、少し恥ずかしかったが、こういったエピソードのひとつひとつが思い出となる。
たとえ、食べたものの詳細をおぼえていなくてもいいのだ。
食べたその瞬間は大満足で、私のスカスカだった喜びのメモリーが少しだけ増えるから……。
時間とお金、そして「行っちゃえ」という覚悟さえあれば、大人はどこへだって食べに行ける。
そしてそれは、疲弊した毎日を送る、大人たちへのごほうびなのだ。
 
ただ、美味しいからといって食べ過ぎると身体は警告を発する。
自分の身体と調整し、食べ過ぎると近い将来、制限が必要になることを忘れてはいけない。
なにごとにおいても「あと少し欲しい」と思うぐらいが丁度よい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山本三景(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年12月ライティング・ゼミに参加。2022年4月にREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
1000冊の漫画を持つ漫画好きな会社員。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2022-11-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.192

関連記事