週刊READING LIFE vol.193

夜にそそられる話《週刊READING LIFE Vol.193 夜の街並み》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/11/14/公開
記事:黒﨑良英(天狼院公認ライター)
 
 
東京から山梨に電車で帰る途中、大小いくつものトンネルを通る。
線路の大半が山中を走るので、それも致し方ない。
しかも帰る時間は大体夜なので、山梨側に入ると、窓の外は真っ黒に染まりっぱなしだ。
中央“本”線とは名ばかりで、東京の街中を走る中央線の方が、よっぽど本筋であろう。
無機質な黒い窓を見ながら、私はうつらうつらと、心地よい眠気に見舞われる。
 
だが、あるところから、パッと外が明るくなる場所がある。
トンネルの外に出たのだ。
月明かりがあると、余計にわかりやすい。
しかしそこが外だと分かるのは、その明かりではない。
 
電車は山の上を通る。
山梨は盆地の街である。
すなわち、盆地の底にひしめく無数の明かり、そして山の斜面に輝くいくつかの明かりが、そこがトンネルの外、我が故郷であることを教えてくれるのだ。
 
「新日本三景」の一つに指定されているこの盆地の明かりは、美しいと同時に、私には故郷の暖かさを感じるものともなっている。
大きさや派手さではない。
この形、この輝き、この小さいながらも「人が暮らしている」ことを健気に、そして暖かく教えてくれる夜の甲府盆地の明かりこそ、私にとっては何にも代えがたい景色なのだ。
 
私にとっての夜の街並みは、街とも言えないような小さな田舎にひしめく、人々の生活の証である。
 
清少納言の著作『枕草子』。その一番有名な段、「春はあけぼの」で始まる春夏秋冬の一番美しい時間を著した記述に、「冬はつとめて」とある。すなわち「冬は早朝が一番良い」というのだ。
 
だが、私は冬こそ“夜が”最も良いと思う。
冬になると、その空気が澄んでくるので、盆地の明かりの美しさがさらに際立つ。
それだけではない。“街並み”とはいえ、そこは田舎のこと。場所によっては街灯さえろくに無く、その分暗闇が濃い。
そこで、空を見る。そこには、満点の星空が広がっているのだ。街中でさえ、この空ははっきりと見える。
強烈な明かりも、高層ビルもなく、済んだ冬の空気を通して、きらめく星々が見えるのだ。
オリオン座やカシオペア座などの、わかりやすい星座を覚えておいて、それを見つけると、何だかほっこり幸せな気分になれる。
 
月が出ていてもよい。星々もその輝きに負けじと輝く。
薄雲が月を隠しても、雲を通して幻想的な空の景色を醸し出す。
 
本当に何も無い、山の上から見るのもよいのだろうが、これが街中から見えるのだからよい。
大自然の景色と、人工物の共演が、またえもいわれぬ美しさを奏でている。
特にアンテナや電柱との相性は抜群だ。空と地上との橋渡しをしているような、そんなストーリーすら感じさせる。
 
冬の空と言えば、特に印象的に記憶に残っているのは、元旦の深夜に行う初詣のときである。
この日だけは夜更かしが許された大晦日の晩。
夜中の0時を過ぎると同時に、我が家は近所の氏神様へ、初詣に出かける。
キンキンに冷えた正月の夜の空気、街灯もろくに無い畑道、その上に広がる満点の星空。
幼心に、そこはいつもの街中でありながら、どこか幻想的な、異世界のような景色だったと思った。
時々出会う人らしき影にドキドキしながら、それでも挨拶を交わすとほっとした。もしかしたら人の形をした何かかもしれない、なんて妄想が頭から離れなかった。
 
裸電球で照らされた小さな境内では、甘酒(もちろんアルコール無しの)と蜜柑をもらい、家に帰って食べた。その何の変哲も無い蜜柑の、何と美味しかったことか。
いつもは味わえない夜の空気が、私の感覚を麻痺させていたのかもしれない。
 
そんな経験をしたためか、夜の街並みには親しみができた。いや、憧れ、と言っても良いかもしれない。
大学生になって一人暮らしをすると、度々、夜の街に繰り出した。と言って、ネオン街に入り込むことではない。
下宿の周辺は住宅地になっており、そこを抜けると商店街や高層ビルのひしめく“街”となる。
その住宅地と街の狭間を、夜のうちに放浪するのが、私の密かな楽しみになっていた。
真っ暗な公園、まだテレビの音が漏れてくるアパート、時折すれ違うサラリーマン風の男性、等々、昼間とは景色も空気も全く異なる世界が広がっているのだった。
 
そこをうろつく私は、さながら猫である。
知らない小道を行くと、よく知った店に突き当たったり、知らない家並みを歩いて行くと、隣の大きな街に着いたり、多くの発見が、私を興奮させた。
星はあまり見えなかったが、それでも、月は背の高いビルを照らし、ガラス窓に光りを反射して、存在を主張していた。
私が通った夜の東京の一画は、不気味さを少し含んだ、不思議な魅力に溢れていた。
 
そう考えてみると、この世のあらゆる場所に、夜の世界がある。いや、白夜の街は置いておくとしても、だ。
そこには、昼とは全く異なる世界がある。異界と言っても良い。いにしえの人々は、この闇を大いに恐れ、多くの怪奇を生み出してきた。
一方、今は文明の夜である。
程度の差はあれど、真の闇は以前に比べて排除されるようになってきた。
私たちは、闇夜を克服したかに見えた。
家の電灯、道々にある街灯、そして、24時間稼働する店舗など、一日たりとも光が途切れることがなかった。
そうなると、それが当たり前のようになってしまう。
本来、夜は暗いものである。災害などで電気が途切れたとき、私たちはそれを実感することになる。
しかし、我々が平時にあるとき、そんなことは頭から離れてしまう。暗いと危ないなあ、と暗いことが自然ではなく、人間の怠慢からくる悪であるかのように、捉えられてしまう。
 
私たちは、その矛盾の夜を生きなければならない。
この文明の世で、日没とともに一日を終えることは、さすがに難しい。
どうしても、私たちは夜を生きなければならないのだ。
暗闇が必要だとも、本能で分かっている。
しかし、真夜中の明かりが必要であることも、理性で分かっている。
 
時として、「ライトダウンの夜」が展開されることがある。自治体などが、夜の電気を一定時間消そうとするキャンペーンだ。
以前、我が自治体でもキャンペーンが展開された。
その時、暗闇の必要性を感じた。と同時に、明かりの大切さも実感した。
真っ暗闇の家の中、キャンドルをともして僅かな明かりにしたときの叙情的感動は、今でも忘れがたい。
 
闇と光は、切っても切れない、同時にあるべきものだ。
その結果、怪しいながらも魅力的な夜の景色ができあがった。
田舎には田舎特有の美しい夜があるし、街中には街中の興味深い夜がある。
 
いくら文明が発展し、光が真夜中に溢れることになっても、おそらく、完全に闇が払拭される夜は来ないだろう。
私たちが自然の一部たる人間である限り、夜の闇は当然のこととして、そこにあるものである。というか、私たちは心の奥底では、真性の闇を欲しているはずだ。一日の中に、何もかも包み込んで、覆い隠してしまう闇の時間を。
 
多くの人は、闇とともに眠りにつくだろう。しかし、夜の魅力に心を奪われた一部の好事家が、その世界を徘徊すると、昼とは異なる景色を見ることができる。
いや、そこまででなくても、宵の口たる黄昏時に、私たちは夜の訪れを感じ、恐れ、しかし夜にしかできない景色に憧れ、魅了され、時にほんのりと暖かさを感じる。
灯る光は人間の営みの光であり、故郷が今もあることを教えてくれる。
光が消えた故郷もあるであろう。
過疎化で、災害で、あるいは戦争で、我が家の光が消えた人々だって大勢いるはずだ。
 
だからこそ、私は、遠くに見える営みの明かりに安らぎを感じる。
確かに、少子高齢化が顕著に進む田舎である。人口が年々少なくなる田舎である。それでも、まだ、人の灯火は消えない。
夜の街並みの灯は、まだ、故郷が故郷であることを知らせてくれる、「おかえり」の明かりであった。
 
あなたは夜の街並みと、そこに灯る明かりに何を感じるだろうか。
時には闇を好んでもよい。時には光を求めてもよい。
いつも知っている道が、全く知らない道に変わる。
遠くから見れば、そこはイルミネーションと見まがう輝きに変わる。
 
確かに、危険は伴う。闇夜に紛れた悪意が、そこに潜んでいる可能性もある。そこは大いに気をつけたいところだ。
だからこそ、いにしえの人々は、夜の、暗闇の恐ろしさを語り伝えてきたのだろう。
しかし、逆に、その意識が、好奇心をかき立てるのも事実だ。
 
夜は、異世界の扉を開けて、あなたを待っている。
もちろん、そこに潜む危険性については、自己責任にてお願いしたい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
黒﨑良英(天狼院公認ライター)

山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。持病の腎臓病と向き合い、人生無理したらいかんと悟る今日この頃。好きな言葉は「大丈夫だ、問題ない」。

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2022-11-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.193

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