週刊READING LIFE vol.200

気がついたら、友達がロンドンで主夫になっていた《週刊READING LIFE Vol.200》


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2023/1/9/公開
記事:吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
ある日ふとFacebookを開いたら、数年来会っていない友達が久々に更新していた。
 
【速報】退職して渡英して2年間主夫します。
 
最初の一行の情報量が多すぎる! 二度見してじっくり読んで、彼の身に一体何が起こったのかを想像してみた。彼は夫の大学の後輩だ。彼が転職を考えていた頃、相談というほどでもないけど話を聞いた。それは何年前のことだったっけ、転職先はどこになったんだっけ。相談を聞いた当時は新婚だったけど、それから数年して子供が生まれたといつかどこかで聞いた気がする。
 
その彼が、退職して、渡英して、2年間主夫?
 
Facebookのその後の投稿を読むと、退職して奥様の海外赴任に帯同していく、ということのようだった。駐妻あるいは駐夫という性差ある表現に疑問を持って「帯同ファミリー」と呼ぶのはどうか、なんて記事もアップロードしていた。一緒についていくという日本語の帯同と、Tied Family、固く結びつけられた家族の絆、という英語とのダジャレらしい。なんだか彼らしいな。俄然もっと話を聞いてみたくなってきて、ZOOMの約束を取り付けた。

 

 

 

プロフィール
岡田 毅志リチャード (Okada Tsuyoshi Richard)
東京外語大学卒。新卒で住友商事に就職。その後リクルートに転職、海外駐在案件を専門に転職エージェントとして活躍。2022年10月に同社を退職し、家族で渡英。妻と2人の男の子、家族4人での2年間のロンドン生活中。
 
目次
・妻の海外赴任への帯同を(ほぼ)即決できた理由
・退職して見えてきた、家族とキャリアの在り方
・コーチングで救いたかった人とは
 
 
■妻の海外赴任への帯同を(ほぼ)即決できた理由
 
──お久しぶりです! 今日はよろしくお願いします。
 
ご無沙汰しています、どうぞよろしくお願いします。
 
──リチャードさんのFacebookなどの投稿を拝見しました、奥様が海外赴任されることになり、ご家族でそれについていかれるそうですね! 奥様から海外駐在のお話を聞いてから、一緒についていくことをどれくらいの期間でご決断されたのでしょうか?
 
妻から見ると即決だったようですね。話が来た時期はもうコロナ禍で2人とも在宅ワークになっていたので、昼食時に「実はね」と切り出されました。その時点では妻の会社側からは「海外駐在の候補にしてよいか?」くらいの打診でしたね。ひとしきり2人でいろいろと話をして、それじゃあ僕もついていくよ、と一時間ほどで決断しました。ただ、内心は膝が震えるほど動揺していたのを覚えています。そうきたか! と思って。
 
──ご決断に至るまでの短い時間で、どのようなことを検討されたのでしょう?
 
僕は新卒で住友商事に入社していたので、かつては逆の、僕が海外赴任する未来を思い描いていたんですよ。家族がバラバラになるのは嫌だから、僕の赴任に妻にもついてきてもらおうと漠然と考えていました。結婚式の余興でも、海外赴任を前提とした演出を織り込んだりしました。そうしたら、僕ではなくて妻に海外赴任の話が来たわけです。僕の想像では、妻がついてきてくれるという前提だったので、逆の立場になった時に僕がついていく前提で考えないのはフェアじゃないなと。僕がついてきてもらう前提なら、妻から見てもそうだよね、と思いました。
 
当時僕は住友商事から転職して、リクルートで転職エージェントとして働いていました。しかも海外駐在を専門としていたんです。いろいろな国の駐在案件を扱っていたので、ロンドン駐在の案件がどれほど希少性の高いものか良く理解していました。ロンドンのような先進国への駐在はとても人気ですし、仕事内容も英国内だけじゃなくて欧州全体のとりまとめのような意味合いもありますから、行きたい人なんてもう掃いて捨てるほどいるんです。なので、2度の育休のブランクがありながら海外赴任の候補として白羽の矢が立つくらい、妻が評価され期待されていることも人一倍良く理解できていると思いました。
 
もしここで海外赴任の候補となることを断ったら、その案件は彼女の後輩とかにスライドするんですよ。男性が家族を連れてロンドン駐在するわけです。たくさん活躍して経験を得て、ビジネスマンとして大きくなっていく一連の過程を、彼女は日本から見届けなきゃいけないんです。その原因は僕がイエスと言わなかったから。それはとても良くないと思いました。一方僕は今の会社に勤め続けて、まあ、昇進するかな、くらい。僕たち家族全体にとって、僕が辞めて彼女についていった方が面白い未来が待っていると思ったんです。
 
──海外駐在専門のエージェントでしたら、希少性を客観的に判断できますね。
 
そうですね、妻から話を聞いて、断ったらもったいないな、と率直に思いました。あとは単純に、ロンドンで2年間生活できる、ということにも惹かれましたね。僕はイギリス人の父と日本人の母のハーフですが、父は日本で働いているので、僕は日本でしか暮らしたことがありません。そんな自分のルーツとも言える国で生活できる機会がやってきたので、これは面白いご縁だね、と感じました。
 
──ロンドン駐在帯同について、お子様お2人はどのような反応でしたか?
 
子供は小学1年生と4歳ですが、いよいよ海外赴任が確定してから話しました。ロンドンに行くよ、と2人に話したら、長男はその場でシクシク泣き始めてしまいました。一体どういうことなのか、自分だけで抱えきれない感じでした。イギリスの学校に行くのか怖いと。その点、次男はまだ保育園なので、心配する範囲が限られていましたね。夜ネガティブな気持ちになった長男を「大丈夫だよ、頑張ってるよ」と共感して励ましました。日本からイギリスに移住するという急激な変化も、親としては乗り越えれば慣れるだろう、すぐ順応するだろうと考えていましたが、乗り越えるまでのプロセスを甘く見てはいけないな、というのを痛感しました。乗り越えるまでは、すごく大ごとなんですよ。それでも今は元気に学校に行くようになって、英語で劇に参加したりして、その様子を話してくれるようになりました。
 
 
■退職して見えてきた、家族とキャリアの在り方
──リチャードさんお勤めのリクルートは、たとえば休職のような扱いではなく、退職されたのですか?
 
はい、退職しました。リクルートには、僕のような海外赴任帯同での休職の制度がないので。ロンドン支社にポジションがないか探していただいたりもしたのですが、空きはなく、退職を決断しました。退職とは言いつつ、転職エージェントとして僕自身の市場価値を客観的に分析してみたら、2年間のブランクがあってもまたどこかしらの転職エージェントに再就職できるだろう、という目論見はありました。待遇は多少変わるかもしれませんが、就職自体には問題ないだろうと。転職エージェントという仕事が大好きでやりがいを感じていたので、日本に戻ったら再就職すればいいかなと考えていました。できればリクルートに戻りたいな、とも。
 
ところが、10月に渡英して現在(2022年11月30日)になってみると、会社勤めを辞めてよかったな、と感じている自分もいます。業務量としては激務と括られる方だったので、しんどかった、育児との両立はきつかった、昼休みもタスクに追われていたなあと。会社を辞めて、今まで当たり前だと思っていた生活が当たり前でなくなると、2年後にあの環境に戻るのはあまり良くないのではないか、と思うようになりました。復職が前提ではなく、いろいろもっと自由にできたらいいな、ということを考え始めています。
 
何というのかな、家庭を支える大黒柱として、就業先があって安定収入があるということが自分にとって大事だったのかな、という気もするんです。けれど、渡英して少なくとも向こう2年は、僕の収入がゼロでも家族は特に問題はないんですよね。生活必需品は日本からいろいろ持ってきているわけで、入用なものはそんなにありません。食事も僕が作ればいいし、最低限の暮らしをする分には全然足ります。その状況は、日本に帰ってきても大きくは変わらないんですよ。だとすると、家族4人の幸せの最適解って他にありそうだなって思ったんです。とりわけ僕が戻って就職する以外にもありそうだなと。
 
いろいろと調べていくうちに、転職エージェントの頃の自分の求職者側に対するアプローチって、コーチングに近いんじゃないかなと思い当たりました。僕は会社に所属するエージェントとして給与をいただいていましたが、面談それ自体1回あたりでお金がもらえる、というビジネスもありますよね。コーチングもまさにそう。それって僕たぶん好きなことで、仕事にするのは面白そうだし、やりがいを感じられそうだなと思いました。なので、ロンドン滞在中はせっかく時間があるので、コーチングの国際資格を取得しようとオンライン講座で勉強しながら、日本に住んでいる方に実際のコーチングのオンラインセッションも行っています。
 
──コーチング業で独立起業されるということでしょうか?
 
そういうのとは少し違う気持ちなんですよね。僕、リクルートの看板を背負って仕事することがすごく好きだったんですよ。リクルートを名乗るから会える人もたくさんいますし。リクルートのサービスって素晴らしいなあ、それを支えている僕の働きが褒められて、リクルートさんさすがですねと、誇らしいなと思っていたんです。だから自分の看板で仕事をしたいと思ったことは、正直ないです。僕という人間性を信頼していただいて、そこから僕にお金を払って話を聞いて欲しい、面談して欲しい、というお話が安定的に入ってくるのであれば、それはスモールビジネスとして成立していますよね。少なくとも向こう2年はそれでもいい、という時期なので、やれるところまでやってもいいのかな、なんて思っているところです。
 
■コーチングで救いたかった人とは
 
──コーチングは今後どのような形で取り組んでいくのか教えてください。
 
今、Facebookやnote、TwitterなどのSNSで発信を始めています。イギリス生活をレポートしていくブログ運営等もちょっと考えたんですけど、イギリス生活は2年しかないので、僕がやらなくていいかなと。既に素敵なブログがたくさん世の中にありますしね。大企業を辞めて主夫になった僕の日々の暮らしで気づいたこと、体験したことを通して僕がどう思ったか、どう変わったか。この何かの体験を通して変わることって超楽しいから、あなたも一歩踏み出してみたらいい、みたいなことを発信することに興味関心があります。「この出来事を通してこんなことを思ったよ、それってちょっとあれに似ていて、そう考えたら人生捨てたもんじゃないよね」ということを伝えていきたいです。すごく漠然としていますが、過去の辛い経験とか今の苦しい経験の解釈を変えて前を向いていく、ということがとても大切だと思っているので。
 
僕はずっと、27、8歳の頃の自分や仕事に悩む商社の同期を救いたかったんです。コーチングについて学んでいくうちに、そんな自己理解に辿り着きました。当時の僕にとって転職は解決策になっていなくて、本当はメンタルコーチとかを必要としていた気がするんです。自分の人生やキャリアで迷っている人に、本当に僕の誠心誠意のアドバイスをして、その人が転職を「せず」にキャリアを好転していく、キャリアだけでなく人生も好転していく。どんな選択肢を選んだにせよ、「ああ、あの時この道に入って良かった」と思えるようになるのを応援していきたいのだと思います。
 
飲み屋で後輩とか同僚に対して、なんとなく逆張りして言ってみた言葉がたまたま本人に刺さった、みたいな話って、人生のターニングポイントとしてそこかしこで起こっていると思うんですよ。そういうあてずっぽうなアドバイスとは一線を画していきたい。人が自分の芯を掘り返して理解するための方法論を先人がたくさん研究していますから、しっかり学んで、ちゃんとした価値を提供できる、ちゃんとした大人になりたいですね。
 
──今日はお話ありがとうございました。もう既にちゃんとした大人だと思いますよ!
 
そうでしょうか(笑)。ありがとうございました。

 

 

 

合間の雑談で彼は「日本のクリスマスツリーは本物の木に比べてしょぼいなと思っていたけれど、ロンドンのイケアで本物のモミの木を買ったら、日本のニセモノのツリーとそっくりだった」と笑っていた。彼が奥様とフェアな立場でいることを徹底し、ロンドンでの生活を始めなかったら、本物のモミの木の何たるかを知ることもなかったのかもしれない。
 
遠い異国での新生活で、彼は自分の内面や家族としっかりと向き合っている。新しいものにどんどん触れて、どんどん自分をアップデートさせている。そう思うと、ZOOM越しの笑顔がとても眩しく思えたのだった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)

1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。天狼院書店にて小説「株式会社ドッペルゲンガー」、取材小説「明日この時間に、湘南カフェで」を連載。
http://tenro-in.com/category/doppelganger-company
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2023-01-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol.200

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