週刊READING LIFE vol.201

ありがた迷惑の使い道《週刊READING LIFE Vol.201 年末年始のルーティン》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/1/23/公開
記事:秋田梨沙(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
ふと気がつけば2023年も、はや10日あまりが過ぎている。信じられない、信じたくない。1月がもう3分の1も終わっている。ほんの1週間程度の休みではあったけれど、仕事納めのあの日、このカバンに入りっぱなしの小説も、家に積まれた本たちも、余裕で読破できると軽やかな気分で帰ったはずだ。なのになぜ。なぜあの日と同じ小説が今日も私の通勤カバンに入っているのだろうか。地下鉄のガラスに映る顔色の悪い自分の顔と目があって、思わずため息が漏れた。
 
考えてみれば、去年も一昨年も似たようなものである。
まず、クリスマスあたりから、新年にむけて大掃除という名の浄化期間がスタートする。汚れを落とし、不用なものを捨て、家が綺麗になっていくとともに、我が身もリセットされていくような気持ちになる。キッチンの油汚れを無心に落としながら、頭の中でぼんやりと1年を振り返り、来年こそは何か大きいことを成し遂げるぞ、と目標を立てるのだ。案外このホコリと油まみれの瞬間が、1年で1番、希望に満ち溢れた瞬間であるかもしれないとすら思う。そして大晦日、私はスッキリとした気持ちでテレビの声に合わせてカウントダウンする。
「5・4・3・2・1! あけましておめでとうございまーす!」
一応テンション高く両手を上げて、家族と新年を祝う。
「おめでとー!」
ほんの少し浮かれている。頭の片隅では、大丈夫、休みはまだ4日ある。そんなことを考えて、心はキラキラとしている。
 
ここまではいい。
 
ところが、休み明け、通勤電車の私は何故だかどっと疲れている。大掃除で身軽になったはずの体がずんっと重い。ぼんやりした頭で日々は過ぎていき、ようやく頭がはっきりした頃には1月も10日が過ぎてきることに気がつく。
「この年末年始も何にもできなかった!」
と、酷く焦る。恐ろしいことに、ここまで完全なるテンプレートである。

 

 

 

落ち着いて、自分は一体何をしていたのか振り返ってみる。
1日は夫の実家に顔を出した。我が家は夫婦ともに生まれてから今に至るまで名古屋市民である。ということはつまり、「帰省」というものは我が家には存在しない。帰省だけで休みが終わってしまうようなことはないが、かといってバカンスに出かけらるほど自由な訳でもない。12月になれば、決まって、お正月は何時に来るかと電話がかかってくるのだ。2人の息子たちも、おじいちゃんたちに会える事をとても楽しみにしている。面倒だなと思いつつも、やはり正月くらいは顔を出さねばならない。
 
今年はお昼ご飯を一緒に食べることにしていたので、昼前に義実家に向かうと、既にテーブルの上はいっぱいだった。お寿司やピザはもちろんのこと、おせちが3セットくらいお皿の隙間に敷き詰められている。
「今、エビフライ揚げてるから待っててね!」
義母の焦った声が聞こえるのだが、どう考えてももうテーブルには乗らないのではないかと思う。
「ありがとうございます! 揚げ物は家でなかなかやらないので……」
厚意は大変嬉しいのだが、義兄家族を加味したとしても絶対に多い。なんなら、みんで食べても3日分くらいある。ゆっくりと、隣に立つ夫を細い目で見やる。彼が結婚前に私のことを「俺よりご飯たくさん食べる子だから!」などと調子よく紹介したことは、現在まで大変恨みに思っている。間違いではないのだが、分量面を少々盛って伝えているようで、いい加減、正規の値に修正していただきたい。私はフードファイターか……。
 
善戦虚しく、案の定、多くの料理がテーブルに残ることになった。
「遠慮しなくていいぞ! この唐揚げはなかなか美味しいぞ!」
しかしまだ、義父がぐいぐい大皿を渡してくる。受け取らない限りこの攻撃は終わらないので、素直に手をのばす。
「ありがとうございます」
ひとつだけお皿に乗せると、義父は満足そうに戻っていった。いや、もう本当にお腹いっぱいである。長男をチラリと見たが、ブンブンと首を横に振っている。次男はもうスイッチの電源を入れている。仕方ない……。義父の目を盗んで、そっと大皿に唐揚げを帰還させた。
 
どこのお家でもそうであろうが、この「ありがた迷惑攻撃」はなんとかならないものだろうか。昼食のみならず、この攻撃は義実家を後にするまで手を変え品を変え続くのである。食後1時間くらいたった頃、
「おい、ミカンがあるぞ」
と、始まる。子どもたちは、そもそも適当なところで食卓から逃げているので、好物のミカンを前に大喜びで食べ始める。すると、リンゴもあった、バナナもあったと再びテーブルは食べ物でいっぱいになる。もちろん子どもたちはミカンしか食べない。もちろん私だって断ることもできるのだが、長年の経験でその方が骨が折れるということも分かっている。ようやく出来たわずかな胃の隙間に、リンゴとバナナが特攻してくる。
 
とどめは帰宅時のお土産攻撃である。昼に残したお料理は、いつの間にかタッパーに詰められ「今日の夕飯に食べて!」と渡される。断れない。続いて、お歳暮にいただいたのであろう大量の冷凍ハム、おせちに入れる予定だったけれどやめた筑前煮のパック(業務用)が冷蔵庫から流れ出る。断る暇がない。最後に、忘れちゃいけない孫たちへの山盛りのお菓子。断れない! 胃もトランクもギチギチになって、ようやく義実家を後にした。
そして次の日、前日と同じ惨劇が私の実家でも繰り返されることになる。
 
こうして翌3日は、自宅で確実に重たくなった胃腸の回復に、全力で励むことになってしまったのだった。

 

 

 

「せっかくだから、雑貨屋さんに行こう!」
そう突然、夫が言い出したのは明日が仕事始めだという4日の昼下がりのことだった。
「雑貨屋さん?」
必要なものがあっただろうかと考えるが、思いつかない。
「何か欲しいものがあるかもしれないよ?」
言われたお店の様子を思い出してみるものの、あのお店は空振りが多いんだよな、と思う。
「んー、特に今は雑貨屋さんで欲しいものは……」
「いや、いけば何か楽しくなるかもしれない!」
家で消化したい特番の録画があったのに、半ば引きずられるようにして雑貨屋さんに連れて行かれることになった。たぶん、明日から仕事の私を気遣われている。心配ぜずともそこまで私は気落ちしていない。「ありがた迷惑」な話である。

 

 

 

雑貨屋さんは思いのほか混んでいて、お休みの最終日を近場で楽しもうとする家族連れが目立った。隣が家電量販店なので、ついでにちょっと覗いていこうか、という人も多いのかもしれない。夫はどうやらそちらの方が本命だったようで、
「好きに見ておいでね」
とにこやかに言うと、私はまんまと雑貨屋さんに放り出されてしまった。店内は、特に変わり映えしない。やたら可愛らしいご祝儀袋が目に留まったので、近々出産する妹のために買っておくことに決め、あとは福引券をもらうために、値下がりしていたカレンダーを合計金額の足しにすることにした。
 
うわ、並んでるなぁ……。
 
レジには長い行列。品物を戻して帰ろうかと迷ったが、せっかく合計金額も調節したことだし、しぶしぶ最後尾に並ぶことにした。私の前には珪藻土マットを持った60代くらいの女性が並んでいる。なるほど。確かに我が家も、大掃除の時に使い込んだマットを見て、買い替えたいねと夫婦で話したような気がする。いずれまた買いにこよう。
 
ぼんやりそんなことを考えながら並んでいると、前の女性のところに旦那さんと思しき男性がニコニコしながらやってきた。手には室内用のもふもふのブーツを持っている。家の中で足が冷えないよう、スリッパの代わりに履くようなものである。
 
「ねぇ、これいいんじゃない?」
奥さんのために選んできたようで、絶対の自信を持ってオススメしている。
「え? これ? はかないわよぉ……」
困惑気味に目の前の奥さんは答える。
「あったかそうだよ? もこもこだし!」
私は興味津々で後ろからそのやりとりに耳を傾けている。
「うーん……」
奥さんが何も答えなくなってしまったのを見て、旦那さんが残念そうにもふもふブーツを棚へ返しにいった。前方から奥さんの深いため息が聞こえる。私は、なんとも微笑ましいやりとりに自然と頬が緩む。奥さんとしては、ありがた迷惑なのであろうが、一生懸命に選んであげているその雰囲気にご夫婦の仲の良さが滲んでいてとても良い。ほっこりするなーっと長蛇の列も気にならなくなってきたその時である。
 
遠くの方から旦那さんがこちらへ戻ってくるのが見えた。顔がとてもニコニコしてる。
「えぇ……」
かすかに奥さんのため息が聞こえ、肩がずんっと一段下がったような気がした。
「ねぇ、こっちならいいんじゃない?」
差し出したその手に握られていたのは、もっこもこのスリッパであった。ブーツがダメなら、普通のスリッパの形なら良いだろうと考えたらしい。
「これ、お父さんが履くんじゃないのよね?」
万が一の可能性を考えて、奥さんが確認している。
「うん。これは君の」
旦那さんは、近々ある集まりにこれを履いていくと良いと懸命に奥さんにプレゼンをしている。
 
か、かわいい……。
 
持ってきた姿といい、その笑顔といい、奥さんをなんとか喜ばせたい一心で、もこもこスリッパを選んでいたのである。なんと、愛おしい! マスクでは隠し切れないほどニヤニヤしてしまって、しばらくの間ずっと下を向く羽目になった。
 
結果的に奥さんも諦めたようで、珪藻土マットといっしょに、もこもこスリッパは購入されることになった。旦那さんが列から離れた後、改めて奥さんは渡されたスリッパをじぃっと見て、深いため息をこぼしていた。背中には「ありがた迷惑なのよね」という文字が浮かび上がっていたけれど、私にはその文字がオレンジ色に染まっているように見えた。迷惑だけど、悪くない。そんな微笑みが滲んでいるような温かさだった。

 

 

 

夫婦でも、親子でも、相手のために何かをすることは難しい。
 
良かれとおもっても、分量やタイミングがずれれば、その8割くらいは迷惑な話なのだ。かろうじて残ったわずか2割の優しさで「要りません」とは言わないでくれている。その純粋な心に免じて「仕方ないな」と受け取ってくれている。あなたの優しさと私の優しさで、ほんのりオレンジ色に混ざり合っている。そうだったらいい。この年末年始を振り返って、私も気持ちを改める。

 

 

 

仕事始めの1月5日、私はゴソゴソとデスクからお菓子を取り出した。
「これ……あげる」
隣の席の後輩に小さなマシュマロを2つ渡す。
「ありがとうございます!」
たぶん、ありがたくはないだろうが、後輩は快く受け取ってくれる。
「お正月に実家でマシュマロを大袋でもらってね。80個入ってるの。助けて」
「うわ、それは要らないヤツですね」
私は深く頷いて、マシュマロを無事に後輩に押し付けた。帰宅した彼女が、
「今日こんな要らない物もらった!」
と、迷惑そうに笑っていても、それはそれで良いような気がする。
 
こんな私を、今年もよろしくね。
 
そんな気持ちを込めて、ちょっと「ありがた迷惑なこと」をしてみたくなった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
秋田梨沙(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1984年愛知県生まれ。会社勤めの2児の母。

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2023-01-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.201

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