週刊READING LIFE vol.212

他人同士のあなたと私が共に輝くとき《週刊READING LIFE Vol.212 ライターとしての自己紹介文》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/4/10/公開
記事:前田光 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「他人の人生はありがたい」
 
仕事やプライベートでいろんな人と出会うたびに、あるいは本や映像でさまざまな情報に触れるたびに、この思いを強くしている。
 
基本的には、なにごとも自分でやってみなければ分からないと思っている。
そして「やらぬ後悔よりやった後悔」は、私の信条でもある。
つまり、経験至上主義である。
実際に挑戦しても分からないことだって世の中には履いて捨てるほどあるのだから、知識を仕入れただけで私に理解できるものがそうそうあるとは思えない。それに、実際にやってみて失敗したとしても、「やっぱり無理だった」と腹落ちしなければ、知りたいという欲求を解消することもできないからだ。
 
だがそう考える一方で、どう頑張ったって体験できない、喉から手が出るほど欲しくたって決して手に入らない、星の数ほどある人の世のあれやこれやを誰か教えてくれないかとも思っている。いかんせん世界は広い。いくら知りたくとも、私が個人の経験から直接つかみ取れるものなど、世の中全体からすれば限りなくゼロに等しいこともまた、事実だからだ。
 
たとえば、どんなに努力しても、生まれながらの男になってその人生を体験することはできないし、オーストラリアのアボリジニとして生を受けることはできない。札束をいくら積み重ねても、子どもを産まない人生や生涯独身の生き方を送り直して、やっぱり産まなくてよかったとか子供が欲しかったとか、結婚したほうがよかったとかいやいやこの生き方こそ私の進む道だなどと実感することはできないし、十人の子供を産み育てて後悔や充実感を覚えることもできない。今から警察官になって社会のために身を粉にして働きながら、飲み屋で同僚と今日の取り調べに関する愚痴を吐き出すことも、路線バスの運転手として日々定時運行に努めながら、酔っ払いの吐しゃ物をやるせない気持ちで片づけることもできない。そんなの体験したくないという人もいるだろうが、ここで言いたいのは、「私たちは知らないことは知らない」し、知ってから初めて「これを知りたかったのだ」と分かることもあるということだ。
 
だから非常に勝手な言い草だが、私は他人のことを、私には経験できないことや私の知らないことを私の代わりに体験し、私には生きられない人生を私の代わりに生きてくれて、「私はこんな風に生きて、こんな体験を重ねているのですよ。あなたが欲しているものはここにありますか」と彼らの人生の希釈版を惜しげもなく見せてくれる存在だと思っている。もちろん本人たちにそのつもりはまったくないのも存じているし、もし面と向かってそんなことを言われたら「あなたのために生きているわけではないのですが」と気分を害されるかもしれないが。
 
そんな思いに後押しされて書いたのが、『お気に入り反面教師ベスト3 他人の人生はありがたい』である。
 
身に覚えのないことで人から陰口を叩かれ、何だコノヤローと憤慨した体験を記した記事だが、二度と関わりたくない相手であっても、その人と私の人生が交叉することで、確実に何かを得ることができる。それが悲しみや怒り、憤りや落胆、絶望だったとしても、その人に関わることで間接的に自分の血肉となる。知りたくも見たくもないことであっても、知った以上は元には戻れない。だが「知らない方がよかった」という後悔も、一旦知らなければできないことだ。だとすると人間は、好むと好まざるとに関わらず、他人の人生と混ざり合って化学変化を起こし、日々新バージョンに更新されている存在だともいえる。知らない自分を発見するためには、他人の力が必要なのだ。
 
旅や異国生活も、知りたいという欲求を満たしてくれる。だが想定外の出会いによって、望まないプレゼントが思いもよらない形で押し付けられるというドラマチックなシナリオが用意されるのも、旅という名の舞台だったりする。
 
その彼女は持ち前の強運で、香港警察をも動かした』に登場する「ちひろさん」は、海外で売春宿に売り飛ばされそうになるという誰もが驚く体験の持ち主だが、それでもなお、ご自身の心の赴くままに生きていた。いくらなんでもこんな経験を自分もしたいとは思わないので、稀有な体験をあっけらかんとシェアしてくださった彼女には感謝しかない。
 
言葉は身を助ける。そして筋肉も大いに身を助ける』と『夜の街並みを離れた私は、フンコロガシと対面した』は、四半世紀も前に滞在していた西アフリカのマリ共和国での実体験を記事にしたものである。『お気に入り反面教師ベスト3 他人の人生はありがたい』に記した、お気に入り反面教師第2位の方がいた会社を辞めたあと、3か月の海外一人旅に出た。それがきっかけで帰国後に、日本のNGOの現地スタッフとして採用され、赴任したのがこの国だった。
 
大いに笑って大いに泣いた滞在中、痛い目にもたくさん遭った。
大気と大地が太陽に熱せられて本気で暑く熱くなる前の、日の出前後の静謐な空気や、人工衛星もはっきりと目視できる、宝石のかけらをばらまいたような星空のもとでしか分からないことがある。ここでもやはり、キーワードは他人だった。先進国から来た私のような軟弱な現代人は、現地の人から助けられなければ生きていけないのだ。アフリカという言葉から連想されるステレオタイプのイメージなんぞ、まったくあてにならないと思った。人間の強さとは何かを考えさせられた体験だった。それが少しでも伝わればいいと願い、そしてもう一つ、私にとっては踏んだり蹴ったりのトホホな体験だったが、他人にとっては多分喜劇のこの話を、読んだ人に笑って欲しくて記事にした。
 
現地では主に現地語でコミュニケーションを取っていた。
ところ変われば言葉も変わるが、言語もまた間違いなくその人の思考を変え、体の使い方を変え、感性を変える。変えるというより、その場所や言語にカスタマイズされたバージョンが新たに手に入るといったほうが、より近いかもしれない。外国語を話す人がよく、「別の国の言語を話すときには性格が変わる」とか「日本人の人格のままでは外国語をうまくしゃべれない」と言うのも、そのせいだろう。
 
マリのほかに住んだことのある国は、中国である。
私が今、中日翻訳者として食べていけているのは中国に留学したおかげだ。翻訳者になるのに海外留学が不可欠だとは決して思わないし、現に国内だけで学習して一流の翻訳者になった方もたくさんおられる。ただ、私の場合は日本の大学で中国語を学んでいないのと、生来が習うより慣れろのタイプなので、現地生活を通じて言語とともに「中国語バージョンの私」を身に着けていなければ、この仕事はできなかったと思う。
 
息子がいじめにあった結果、私が翻訳者になってしまった』は、結婚・妊娠・出産・子育て期という中国語空白期間があまりにも長すぎて、もう中国語に関わることもないだろうと見切りをつけ、現地で購入した分厚い辞書など全部処分したあとで起きた、想定外のできごとを記事にしたものだ。
 
いじめからの不登校という、一見すると「悪い」体験がなければ、息子に新しい道が開けることも、私が中日翻訳者になることもなかっただろう。アップル創設者のスティーブン・ジョブスがスタンフォード大学2005年卒業式祝賀式でスピーチした「点と点をつなげると、それが線になる」の話はあまりにも有名だが、このときほどそれを実感したことはなかった。「点」の位置にいるときには、私たちにはそれが何の布石か分からない。それどころか、それに意味があるのかすらも分からない。それなのに、ある程度の年月が経ってふと振り返ると、ランダムに描画された点がいつの間にか線になって自分の足元まで伸びている。それらの点がなかったら、今の自分はないことの証左である。そしてすべての点に、他人が関わっているはずだ。
 
不完全で未熟で欠点だらけの私やあなたの人生がどこかで交叉して、数限りない点が生まれている。そして「点」は、リアルな人との関わりだけでなく、書籍や記事、映画や動画といったさまざまなコンテンツに触れたことで劇的に生まれることもある。多くの人の心を今も揺さぶり続けているジョブスの伝説のスピーチは、その好例だ。
 
結局のところ私は、人に対する興味が尽きないのだとこの記事を書きながら改めて感じている。知性や理性、想像力という、他の動物にはない能力を備えていながら、不可解で支離滅裂なことをぽろっとやってしまうのが人間だ。そして、非の打ち所がない完璧な人物なんかじゃない、どこか欠けたところのある人になぜか惹かれたりするのも人間だ。それはもしかしたら、一人一人は不完全であっても、それぞれが抱える欠点を互いに補い合うことができれば、全体として調和のとれた世界が生まれるのだと、みんなどこかで知っているからかもしれない。
 
そんなことを考えていると、西洋占星術の鑑定士をしている友人が図らずも「地球上のすべての人のホロスコープを重ねあわせると無数の星で埋め尽くされます。欠けが消えてしまいます。優劣も真偽もなく、ただ圧倒的な輝きで銀河を照らしているだけなのです」と言った。それを聞いて私は、この世界観もまた、私にとっての点だと膝を叩いた。このなかの「ホロスコープ」の部分を「人生」に読み替えると、その意味がよく分かっていただけると思う。
 
だから私は、私や誰かの体験や歩んだ道が誰かと交わって誰かの点になるような記事、それを読んだことで、誰かの心に小さくても何らかの化学変化が起きるような記事を届けられるライターになりたいと願っている。
 
冒頭に「他人の人生はありがたい」と書いた。
自分以外の誰もが、自分の未体験を体験しているという点においては、誰の人生も等価である。
不完全で欠点だらけなのが人、しかしそれらが重なり合えば、他人同士のあなたと私が共に輝くのだと誰かに伝えられる記事が書けたなら、ライターとして幸甚である。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
前田光(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

広島県生まれ。
黒子に徹して誰かの言葉を日本語に訳す楽しさと、自分で一から文章を生み出すおもしろさの両方を手に入れたい中日翻訳者。

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2023-04-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.212

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