週刊READING LIFE Vol,93

あの一瞬を撮りたくて《週刊READING LIFE VOL,93 ドラマチック!》


記事:なつき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
空が光り出した。音も鳴り出した。1度なら気のせいと思うけど、2度3度光って鳴り出すとこれはもう気のせいではない。雷だ。私は急いでカメラを取り窓辺に駆け寄る。空はどんよりと黒雲が広がりつつあった。風が湿っている。これは雨が降り出すのも時間の問題。急がないと。雨が降るまでのほんのひと時が雷と向き合える最高の時間だ。
 
稲光はドラマチックだ。雷を見るたびに、その美しさに魅せられた最初の時の衝撃を思い出す。あれは中学の体育の授業の時だった。校庭で授業を受けていた。一瞬空が光った気がした。音も鳴り出した。教師が慌てたように「校庭の端に避難!」と言った。皆で校舎の入口まで走った。大好きな体育の授業なのに、雷に大事な時間を取られてしまった。校舎の入口の前の数段ある階段に皆で腰掛け空を見上げる。そこからは校庭がよく見えた。校庭の上に広がる空もよく見えた。何となく黒雲と空を睨みながら落胆していた時のことだ。
 
遠くでピカッと光った。その瞬間何やら閃光の様なものが見えた。正しくは目の端に感じた。何となくぼーっと見ていたので何が起こったのかいまいちわからなかった。目の端に一瞬見えたものがなんだったのかとても知りたい衝動にかられた。空をしっかり見つめる。またピカッと光った。今度はそれが何だったのか分かった。稲光だった。細い幾筋もの光の線が一瞬で空の一部に走る光景だった。
 
美しかった。あまりにも美しかった。こんな走り方をする光の線を私は見たことが無かった。また見たい。空を凝視する。また光った。今度は横に長く走った。これもまた美しかった。太い線、細い線が入り混じっている。細い線は毛細血管の様にいくつも張り巡らされる。それが一瞬で終わる。形を一切残さない。同じ光景は二度と見られない儚さもある。一瞬で終わる光の踊り。私は稲光に魅了された。この後も幾筋も稲光を見ることができた。1つとして同じものはない。校庭の上に広がる空はなんの遮りもない。広大な一枚の絵画のようだった。
 
キーンコーンカーンコーン。「教室入れよー」空の様子をじっと伺っていた教師が言った。ああそうだ。体育の授業だったんだ。結局体育の授業は再開されなかった。そのまま授業の時間は終わってしまった。でも私は体育の授業が終わったことよりも稲光を見られる自由な時間が終わってしまったことの方が悲しかった。10分の休憩を挟んで次の授業が始まる。それまでに着替えないといけない。渋々階段から重い腰を上げた。
 
この時から既に数十年が経つ。雷を見るたびに、あの時の衝撃を思い出す。まだ今でも稲光に魅了されている。稲光はドラマチックだ。いつどこに現れるか見当がつかない。彼らは急にやってきて、気まぐれで好きな所で光ってさっさといなくなる。広い空のどこで光るかわからないから片時も眼が離せない。どこで光るかわからないから1点を集中して見ているわけにもいかない。少し前に光った方を注意して見ていても全く別の場所で見事な閃光を走らせたりする。稲光という小悪魔に翻弄される。
 
あの時以降も、何度も稲光を見る機会はあった。でも何もない外だったら危ないから避難しないといけないし、街中いたら建物の陰で光っているものは見えない。そして稲光を見つけるのは大抵用事があって外を歩いている時だった。
 
じっくりと腰を据えて稲光が見たい。そんな機会は中々訪れなかった。たまにあっても数回見られればいい方ですぐ雨が降ってくる。雨が降ってくるとあの見事な稲光は霞んで見にくくなってしまう。稲光が見たい。
 
ある日。太陽が沈み空が暗くなったと同時に雷が鳴りだした。その日は休みだった。チャンス! 少し前に買ったカメラに稲光を収めるチャンス。急いでカメラを取り窓辺に駆け寄る。ピカピカッ、ドーン。結構な音がする。それだけ近いということか。いつ光るかわからない空に向かってカメラを構える。ピカッ、光ると同時にパシャ! 撮った画像を見る。黒い空が広がっているだけだった。
 
どうしても、写真に残したい。何度もシャッターを切る。撮られた何枚もの写真を見る。やはり暗い空のみ。光ったと同時にシャッターを。ひたすら集中して挑戦し続けるけど、光ったと思ってから切るのでは間に合わない。光る前に。でもどうやって? 稲光と音の時間差をカウントする。ドーンと音がなってから、1、2、3……と数え今だ、と思った瞬間にシャッターを切る。やはり駄目だ。雷は光ってから音が鳴る仕組みだ。光と音の時間差の買うとだけでは駄目だ。更に稲光と稲光の間の時間もカウントする。何となく間隔のパターンが掴めた。空にカメラを構えカウントをする。そろそろ鳴るはず、そろそろ光るはず、そう思いながら、むしろ祈りながら、シャッターを切る。何度も繰り返す。何度も失敗する。時には1秒差の時もあった。それでも……撮れた! それまで20枚近く何も映らなかった画面に美しい稲光が収まっていた。改めて稲光の美しさに感嘆の声が漏れる。もっと撮りたいと欲が出る。
 
稲光は花火の様にカラフルではない。花火の様な華やかさもない。たったの1色だ。たった1色なのになぜあんなに魅了されるのだろう。繊細なレースの様な光の筋。匠の技を駆使した様な細部にまで行き渡った美しさがあるからかもしれない。それを自然が作り出していることへの畏怖の念もあるからかもしれない。
 
無我夢中でシャッターを切る。雨がポツリと落ちてきた。それを合図に一斉に雨粒が振ってくる。ああ、今日もお開きの時が来た。もっと撮りたいのに。撮った画像を見返す。150枚ほど撮っていた。連写は使っていない。全部瞬間を狙って撮ったものだ。大半は失敗だらけである。後1秒早かったら、遅かったら! なんていうのもたくさんある。それでも数枚頑張って粘って良かったと思える最高の画像がそこにはあった。一瞬の儚い光を捉えられた絵がそこにはあった。夜に撮ったことで幻想的な光の踊りはより際立っている。思えば光と競争をしているみたいじゃないか。その競争に勝ったのが数枚。十分な収穫だ。
 
稲光の写真を撮ることは、最高にドラマチックな一瞬を掴み取る時間なのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
なつき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京都在住。2018年2月から天狼院のライティング・ゼミに通い始める。更にプロフェッショナル・ゼミを経てライターズ倶楽部に参加。書いた記事への「元気になった」「興味を持った」という声が嬉しくて書き続けている。

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2020-08-24 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,93

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