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週刊READING LIFE vol,98

集団に紛れるための、同調圧力という仮面《週刊READING LIFE vol,98「 私の仮面」》


記事:中川文香(READING LIFE公認ライター)
 
 
2020年、新型コロナウイルスの流行でそれまでの世界が一変した。
 
国内の大都市で広まりを見せ始めた2月ごろ、当時私が住んでいた鹿児島県では、まだ感染者が出ていなかった。
九州でも次第に感染者数が増え、「隣県で発生した」という情報が入りはじめ、「鹿児島まで来るのも時間の問題だね」と世間話に上っていた3月末、ついに、鹿児島県でのコロナウイルス感染者第一号が報告された。
このニュースが流れた時、鹿児島県でも一気に緊張感が高まったように記憶している。
 
第一号の報道があってからしばらく経ち、県内でもぽつりぽつりと感染報告が出てくるようになった。
そのうち、同じ県内の中でも私の地元在住の方に感染が確認された、との情報を耳にした。
ウイルスに関してはまだまだ未知の部分が大きくて、どんな風に感染が広がるのか、何に気を付けたら良いのか、ネットでもたくさんのデマが溢れていた頃。
実家の両親とも「お互い気を付けないとね」と言い合っていた時、母と電話をしていて耳を疑うような話を聞いた。
 
「感染が確認された子(学生だったそうだ)の家族、引っ越したそうだよ。その子の兄弟が学校でいじめられたり、酷いのは、その子の家に向かって石を投げた人もいたみたいで、そういうのが原因だったんじゃないかな……」
 
ああ。
これだ。
このねっとりと体にまとわりつく感じ。
 
驚きもしたが、同時に「そうなんだ、あり得るかも」と、心のどこかで思っている自分もいた。
 
あの田舎では、あり得なくもないかもしれないな。
 
 
私の出身は、人口十万に満たない地方都市だ。
市の発表する推計資料によると、平成12年以降、人口は減少の一途を辿っている。
国道沿いには全国チェーンの飲食店も軒を連ねるが、街中から少し車を走らせるとのどかな田園地帯が広がるようなところだ。
この街で高校卒業するまでの18年間暮らしてきた私は、それまでの自分の身の回りのことをいわゆる“普通” だと思って生きてきたが、大学進学に合わせて県外に出て一人暮らしをするうちに、その “普通” は誰しもにとって “普通” であるとは限らない、と徐々に知っていくことになった。
 
 
「そんなことしないの! みっともないでしょ!」
 
私が幼い頃、よく母や祖母から言われていた言葉だ。
何かいたずらをした時、気に入らないことがあって外で泣き喚いた時、そんな時に言われていた。
お友達と遊んでいて、そのお友達がなにか意地悪をしたとき、その子も同じようにお母さんから「みっともない!」と怒られていた。
この “みっともない” というのは結構なパワーワードで、言われ続けると
「そうか、人に見られて “みっともない” ことはしたらいけないのか。変な風に目立ったらいけないのだ」
と、いつの間にか意識の奥底に刷り込まれていくから恐ろしい。
 
誰かに見られて恥ずかしいことはしない。
周りの人から変な風に言われたくない。
いい子でいなくちゃ、お母さんが悪く言われてしまう。
きちんとしていないといけない。
目立たない方が良い。
周りから浮かないように気をつけなきゃ。
 
そんな、自分を集団に同調させよう、というような無意識的な圧力が心の奥底で育っていった。
 
都会に比べて人口密度も低いため、地域の人たちそれぞれの顔が見える、というのも田舎の特徴であると思う。
お隣さんはどんな人で何の仕事をしていて、子供はどこの学校に通っていて何部に所属していて、
といった家族の基本情報はご近所さんみんなが知っている。
もちろん、これを「周りに住んでいる人のことが分かって安心する」と捉えることも出来る。
「地域のみんなで、子供を守っていくことが出来る」という良い側面もある。
ただ、これがマイナスにはたらくこともあるのだ。
なぜ、ご近所さんみんなが、周りに住む人の細かな情報を知っているのかというと、その情報源はうわさ話だ。
 
「○○さんちの息子さんは、中学受験するらしいよ、頭が良いんだね」
「あそこのラーメン屋さんは宝くじに当たったから、お店を閉めたみたいだよ」
「△△さんのところ、離婚したみたいだよ。結構もめて大変だったみたい」
 
なんて大小さまざまの、根も葉もないものも根拠のあるものも色々なうわさ話が、ご近所中を飛び交う。
回覧板を回すとき。
スーパーでの立ち話。
職場での雑談。
色々な場で、良い話も悪い話も、うわさ話はあっという間に広がり、いつの間にかご近所中が半径5メートル以内の情報をみんな網羅している、という状況になるのだ。
 
大学生になって、アパートの隣の部屋に住んでいるのはどんな人なのか分からない、という暮らしを初めて経験して、“顔が見えない” ということにどこか安心を感じた私は、おそらくこの田舎特有の距離の近さに圧迫感を感じていたのだろう。
 
田舎で暮らす、ということは、周りの人たちの顔が間近で見える距離で生活する、ということだ。
自治会に参加すること。
地域行事に顔を出すこと。
ご近所づきあいを心がけること。
「郷に入っては郷に従え」ではないけれど、こういった地域の輪の中に存在する暗黙ルールを破ると、とたんに「あそこの家は……」とうわさ話のタネになり、ひどいときには非国民扱いされるようになる。
こういった、同調する者はあたたかく迎え入れるが、迎合しないものは排除する、というような厳しい一面も持ち合わせているのが田舎なのだ。
 
 
みっともないことはしない。
集団からはみ出ないように、
悪目立ちしないように。
 
そういった周囲を気にする姿勢は、いったいどうやって育まれていくのだろうか?
 
半径5メートルの情報をうわさ話として広めていく姿勢は、どうやって育まれていくのだろうか?
 
きっと、教えられるでもなく自分の身の回りで起こる経験を通して、親から子、子から孫へと伝わって体に染みついていくのだろう。
 
 
今回のコロナウイルス騒ぎでも身に染みて感じたが、田舎の同調圧力というのは恐ろしいものだ。
 
私の地元では未だに、県外からの移動者を感情的な面で受け入れない状況があるように感じる。
「あの家は今、県外から娘さんが帰ってきているらしいよ」
「○○さんちは、クラスターが発生した店に出入りしていたらしいよ」
相変わらず、そんなうわさ話が飛び交っていると聞く。
私の地元だけではない、同じような規模の地方都市ではこれまた似たような話を聞く。
“コロナウイルスに感染してしまったらどうしよう”
という恐怖よりもむしろ、
“万が一うちがコロナウイルスの媒介になってしまったら、この街で暮らせなくなる”
という恐怖のほうが勝っているように感じられる。
それは、小さな集団からはみだしてしまわないように、という恐怖心から起こるものだ。
 
コロナウイルスに罹患した患者さんの家に石を投げることは、決して許されることではない。
 
でも、少し立ち止まってみて、なぜそんなことが起きたのかを考えてみる。
 
私は、どうだろうか?
心の中で「この街にウイルスを持ち込んで!」なんて文句を言ってなかったか?
冗談交じりだとしても「ああ、近所だから嫌だな」なんて思っていなかったか?
 
気付いていないだけで、自分も見えない石を投げていなかっただろうか?
判を押したように、周りと同じ顔の仮面を被っていなかっただろうか?
周囲に波風を立てないように、静かに暮らすことが正義と思っていなかっただろうか?
 
同調圧力の仮面を被るタイミングはあちらこちらに存在している。
 
幼い頃からの経験で身についた仮面は、外しても外しても私の顔に貼りついて、私を苦しめることがある。
なぜ苦しいのか分からずもがいていたら、それは気付かない内に貼りついていた仮面のせいだった、ということもしばしばある。
「輪を乱してはいけない」という思い込み。
「うわさされたくない」という恐れ。
また、時に仮面は、まるで自分の皮膚の一部であるかのように顔にこびりついて、はがすのに苦労することもある。
「これを取ったら大丈夫だ」と思っていたら、その下にまた違う仮面が被さっていることもある。
いつの間にか幾重にも重なってしまう仮面を、それでも少しずつはがしていきたいと思う。
 
少しずつはがしたその下には、素のままの顔があるはずだ。
素顔のままに生きることが出来たら、そんな人たちが周りに増えていったなら、きっとこの息苦しさから解放された、ちょっとだけ生きやすい世の中になるのではないか。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
中川 文香(READING LIFE公認ライター)

鹿児島県生まれ。
進学で宮崎県、就職で福岡県に住み、システムエンジニアとして働く間に九州各県を出張してまわる。
2017年Uターン。2020年再度福岡へ。
あたたかい土地柄と各地の方言にほっとする九州好き。

Uターン後、地元コミュニティFM局でのパーソナリティー、地域情報発信の記事執筆などの活動を経て、まちづくりに興味を持つようになる。
NLP(神経言語プログラミング)勉強中。
NLPマスタープラクティショナー、LABプロファイルプラクティショナー。

興味のある分野は まちづくり・心理学。

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2020-10-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol,98

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