週刊READING LIFE vol,98

感情をコントロールできるのが本当の自分《週刊READING LIFE vol,98「 私の仮面」》

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記事:佐藤純平(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「怒ったことあるんですか?」
たまに聞かれることがある。
どうやら他人から見ると、ぼくは怒ったことがないように見えるらしい。
「え? 結構な頻度で怒ってますよ」
そう答えるといつも驚かれる。
「絶対、嘘だ」
いや、本当ですって。
そう言いたいのだけど、怒ったことがないように見えるのは、多分いいことだろうから、それ以上否定するのを辞める。
でも本当に些細なことで怒っている。
めちゃくちゃしょうもないことで怒っている。
ただ表に出さないようにしているだけだ。
感情をコントロールしているだけだ。
 
道を歩いていると、たまに横に広がって歩く人々がいる。
ぼくは人よりも歩くスピードが速いから、追い越したくなるのだけれど、追い越すスペースが見当たらない。
「歩くの遅いくせに横に広がって歩くなよ」
そう心の中で怒る。
自分だってそういうことがあるくせに。
でもイライラする感情がふつふつと湧いてくる。
 
電車の中でうるさい人らに対しても怒っている。
みんなで乗っている電車の中で、静かにするのがマナーってやつだ。
それなのに周りのことなんて一切見えていないかのように、ギャーギャー騒ぐ人たちに遭遇すると無性にイライラする。
「うるせー、黙れ」
そう言ってやりたいのだけれど、気の小さいぼくは黙ってやり過ごす。
 
こんな感じで、本当に些細なことに対してだってぼくは怒っている。
自分でも思うけど、本当に小さい男なんだ。
イライラしまくっている。
 
「怒り」という感情は誰しもが抱く感情なんだと思う。
表に出やすい人もいるだろうが、ぼくのようにまったく表に出さずに過ごしている人もきっといる。
まるで怒ることがないかのように。グッと自分の中におさえ込んでいる人がたくさんいる。
そういう人はうまく感情をコントロールすることができている。
でもときに、感情をコントロールできず、支配されてしまうこともある。
 
大学4回生のころ、殴り合いの喧嘩をしたことがある。
ベロベロに酔っていたことも原因だと思うのだが、自分の中でおさえ込んでいたものがマグマのように一気に噴出した瞬間だった。
 
相手はサークルの後輩だった。
何人かで一緒に居酒屋で飲んでいた、そのうちの一人だった。
どうでもいいくだらない話をしていたと思う。
でも楽しく飲んでいたことだけは覚えている。
居酒屋でだいぶ酔っぱらった後、外に出た。
みんな酔いが回っていたこともあって、外に出てからもギャーギャー騒いでいた。
友達の家に行って二次会をしようと話をしていて、コンビニでお酒を買おうとしていた。
コンビニの駐車場でもみんなはギャーギャー騒ぎながら、ふざけあっていた。
「おい、車来てるから危ないぞ!」
外に出たことで少し酔いが醒めていたぼくが言った。
聞こえていたかどうかはわからなかったが、みんなは車なんてお構いなしになおもふざけていた。
「迷惑になるだろ!しっかりしろよ!」
少し声を荒げて言う。
それでもみんなはふざけていた。
声をかけても言うこときかないし、服を引っ張って車の邪魔にならないようにしようとした。
「ほら、邪魔になるだろ!」
その瞬間、後輩がぼくのむらぐらを掴んできた。
「うるせー、いつもいつも正しいことばっか言ってんじゃねーよ」
後輩も酔っていることは知っていた。
他のみんなはまだふざけていた。
冷静な自分であれば、少しはイラッとしたかもしれないが、落ち着いて対処できたと思う。
でもその時は怒りをおさえることができなかった。
頭が真っ白になった感じがして、何も考えられず、気づいたら手が出ていた。
そのあとのことはあまりよく覚えていない。
でも後輩ととっくみ合いの喧嘩をしていた。
深夜のコンビニの駐車場で。
友達たちは喧嘩を止めようとしていたみたいだが、それでも止まらなかったらしい。
怒りの感情に完全に支配されていた。
何か別者にでも変身したかのように、いつもの自分では考えられないような行動をしていた。
 
その後、しばらくは自己嫌悪で自分のことが嫌で嫌でたまらなかった。
人を殴った感触が拳に残っていた。
薄らと残る喧嘩のシーンが何度も何度も浮かび上がってきた。
後輩に対する怒りは消えていたが、後悔と自分自身に対する嫌悪感でいっぱいだった。
本当の自分はこんなにも凶暴で、ダメなやつなんだと思った。
もう嫌で嫌でたまらなかったぼくはサークルを辞めてしまった。
後輩ともう二度と顔を合わせたくなくて辞めてしまった。
それから、その後輩とは一度も会っていない。
和解もできず、謝ることもせず、喧嘩をしたまま一度も会えずにいる。
 
いまになってもその時のことを思い出すと、「怒ったことがないのではないか?」と聞かれることが不思議でならない。
怒ったことはいくらでもあるし、怒りすぎて人を殴ったことがあるのだから。
それ以上に「純平さんは本当にいい人で」と言われると、「絶対そんなことはない」と強く否定してしまう。
思い返せば、大学生の頃から「いい人」と言われ続けてきた。
誰に対しても優しくて、いつも笑顔で、フラットに接してくれる。
いやいやいや、そんなのぼくの本当の姿ではない。
まったくの嘘だ。
ぼくは全然いい人なんかじゃない。
そう思うようになった。
 
ただ冷静に考えてみると、怒りに支配されていた自分が本当の自分かというとそうでもないように思う。
そう思いたいだけかもしれないが、あの時の自分はどうかしていたと思うのだ。
いつもだったら、いくら胸ぐらを掴まれたって、後輩を殴ったりなんかしない。
もしかしたら、あのときは大学生活自体に不満を抱えていたから、いつもと違っていたのかもしれない。
 
大学4回生。就職も決まり、単位もとり終わっていたぼくは悶々としていた。
本当にこのまま大学生活が終わってしまっていいのかと悩んでいた。
サークル活動も慣れからか身が入らず、勉強もバイトもロクにせず、ただダラダラと日々を過ごしていた。
そんな自分に対してイライラしていたのだとも思う。
なにかを変えたい。
でもそのなにかがわからず、変える方法もわからずにいた。
そんな悶々とした気持ちの憂さ晴らしとして、あのときの飲み会を楽しんでいたのかもしれない。
そんな時に後輩からちょっかいをかけられて、余計イライラしたのだろう。
代わり映えのない大学生活、変わりたくても変われない自分、ちょっかいをかけてきた後輩。
全ての怒りの感情をぶつけてしまったのがあの喧嘩だった。
 
喧嘩をしている最中は、ぼくは怒りという仮面をかぶっていた。
スーパーヒーローが変身するかのように、仮面をかぶって、怒り溢れる戦士になっていたのかもしれない。
変身したことによって悪ではなく後輩と闘ってしまったのだが……
 
人はたぶんそうやって色んな者に変身しているのかもしれない。
本当の自分とは違う者に変身してしまう瞬間がきっと誰しもあるのだ。
それは、喜びであるかもしれないし、怒りかもしれないし、悲しみかもしれないし、楽しみであるかもしれない。
そうやって色んな感情という仮面をかぶることで変身してしまう。
本当の自分とはたぶん感情に支配されていない状態のときの自分だと思う。
悶々として気持ちを抱えて、楽しみ欲しさにお酒に溺れようなのは本当の自分ではない。
怒りが湧いてきたときに、おさえ込んでいられずに人を殴ってしまうのは本当の自分ではない。
自己嫌悪に陥って、自分のことをダメだと思うのは本当の自分ではない。
感情をコントロールすることができるのが本当の自分だ。
ときに感情に支配されることも必要なことはあるかもしれない。
でも人に迷惑をかけるような感情に支配されてはいけない。
どうせなら人と一緒に幸せになれるような感情にだけ支配されるようにしよう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
佐藤 純平(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

現在、Webライターとして活動中。進路指導の仕事3年ほどしていたら、進路に1番悩み始める。転職や副業を5年間色々試したが全て挫折。あきらめず挑戦し続けて、現在は独立。その経験をいかして人の悩み、迷い、葛藤に寄り添えるような文章が書きたい。2020年9月より天狼院書店のライダーズ俱楽部でライティングを学んでいる。

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2020-10-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol,98

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