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死にたてのゾンビ

知らない間にゾンビにさせられないように―Netflixドキュメンタリー『ソーシャル・ジレンマ』を観て《不定期連載:死にたてのゾンビ》


記事:武田かおる(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「フェイスブックのアカウントは閉じることにした」
 
そんなメッセージと共に夫が私に送ってきたのは、『Social Dilemma 』(ソーシャル・ジレンマ)というNetflix制作のドキュメンタリーの予告版のリンクだった。
 
「時間があったら見たら良いと思う」
 
そう手短に夫は付け足した。
 
我が家はアメリカに住んでいる。数週間前のことだ。今年の夏休みはコロナの影響でどこにも行けなかったので、夏休みの最後の週に、夫は子供を連れて小旅行に出かけていた。私はというと、猫の世話をするという口実で留守番をしながら、自宅で一人時間を楽しんでいた。夫は時々極端な行動をすることがあるが、フェイスブックのアカウントまで閉じるというので、ただ事ではないのだろうと早速送られたリンクを開いてみることにした。
 
2分あまりのその予告版では、過去にツイッターやGoogle、フェイスブック、インスタグラム、ピンタレスト等でエンジニアとして、または社長として勤務していたことのある人々が、普段私達が無意識に使っているソーシャルメディアの裏側にある闇の部分に潜む数々の問題を指摘していた。
 
新型コロナウイルスがパンデミックになり、家にいる時間が多くなり、我が家の子どもたちも以前よりYOUTUBEやチャットのアプリを使う時間が増えた。私も同様に、フェイスブックを見れば、友達の様子や子どもたちの学校の事、また、世の中のニュースも一度にチェックできるため、ソーシャルメディアに費やす時間が日に日に増えてきていた。
 
一方で、以前からSNSへの依存の問題、特に子供への影響などは、各専門家の方から聞いていた。フェイスブックやその他の通知のマークが赤であることも、チェックしなくてはいけないという心理的な作用を煽るためにあえてその色を使っていると「SNSと子供への影響」の講演会で聞いたことがあった。家にいる時間が増え、長時間パソコンやスマホなどのスクリーンに向かっているからこそ、改めて知っておくべき事実があるのではないかと、早速私はテレビのリモコンを手に取った。
 
 
私が最初にフェイスブックのアカウントを作ったのは、ちょうどフェイスブックが一般に公開されて間もない2007年頃だった。イギリス人の友人から、
 
「フェイスブックに登録して友達としてつながれば、引っ越ししたって連絡が取り合える」
 
と勧められて、アカウントを作ったのがきっかけだった。
その頃は英語表記しかなかったし、フェイスブック自体よく知られていなかった上に、インターネット上に自分の情報を入力しないといけないため、あまり気乗りしなかった。だが、何度か勧められたため、とりあえず最低限の情報を入力してアカウントを開いた。
 
アカウントは作ったものの、使い方もよくわからず、しばらく放置状態で、アカウントにカビが生えていてもおかしくないような状態だった。もともと飽き性な私は、アカウントを作ったことすら忘れていたぐらいだった。だが、翌年アメリカに移住した後は、しばらく音信不通だった友達がフェイスブックを通じて私を探してくれたり、アメリカで新しくできた友達が友達リクエストを送ってくれたりと、ときどき思い出したように使ってみるようになった。
 
それ以降、徐々にフェイスブックの機能が増えていった。また、スマホを持つようになり、そこにアプリが導入されると、気軽にフェイスブックにアクセスできるようになりに、利用する機会がますます増えた。よく使う機能といえば、グループやビジネスのページの機能、ニュースのフィード等がそうだ。地元の警察や、学校のPTO(日本のPTAに当たる組織)もフェイスブックのページを利用していて、地域であった事件や、学校の行事や提出物のリマインダーなどもそれらのポストで知ることができる。また、ヴァーチャルでのヤードセール機能(子供や家の不用品などをフェイスブック上で写真や詳細を掲載することで売り買いできる機能)も増えた。
 
こうして、友達の近況を知るだけではなく、フェイスブックは私にとってコミュニティの情報を得るためのプラットフォームとなっていった。
 
昨年8月、たまたまフェイスブックを見ていたときに、天狼院書店の開催する「ライティング・ゼミ」の広告が私の目に飛び込んできた。ちょうど自分の文章力を上げたいと思っていたときだったので、通信受講も可能という記載を読んですぐに申し込んだ。ライティング・ゼミでの課題提出や通信受講の動画の配信は基本的にフェイスブックグループ上で行われるので、私は今まで以上にフェイスブックを利用するようになっていった。
 
学校や地域のコミュニティの情報、またニュースの収集、ライティングというクラスの受講、イベントの参加などなど、一つのソーシャルメディアで様々なことができてしまう。フェイスブックは、私にとって、生活の必需品で、なくてはならないアプリの一つになっていった。
 
 
そんな時に、夫から今月公開された『ソーシャル・ジレンマ』のドキュメンタリーを勧められた。このドキュメンタリーを見て改めて様々なことを考えさせられた。
 
そのうち、かなり衝撃的だった事の一つは、ソーシャルメディアにおいては、ユーザーである我々が商品になるということだ。
 
フェイスブックを始めインスタグラム等のソーシャル・ネットワークのプラットフォームは、様々な便利なサービスを提供しているのにも関わらず無料だ。では、これらのビジネスがどこで利益を得るかと言うと、それは広告になる。商品(サービス)が無料である場合、長時間ソーシャルネットワークで表示される広告を見続ける我々がお金を生み出す商品になるということだ。
 
我々フェイスブックを使うユーザーを広告にエンゲージさせるために、いかにソーシャルネットワークを長い間見させるのか、それを専門に考えるエンジニアがいるそうだ。
 
エンジニアにとって、ユーザーを長時間ソーシャルネットワークにエンゲージさせるための技術を導入すると、それが結果として、ユーザーにとって、SNS依存につながることがある。だが、技術者はテクノロジーが人々に及ぼす悪影響までは考えていない。
ドキュメンタリーに出ている数名の元大手ソーシャルネットワークの技術者は、自分がソーシャルメディアの中毒者であることを認め、それを訴える場面は印象的だった。
 
ユーザーにできるだけ長時間ソーシャルネットワークを見続けさせるために、エンジニアは心理学を利用し、徐々に我々のの感情や行動に働きかけていく。そのやり方は、非常に少しづつ、じわじわ行われるため、そういった心理的操作をされても人々は全く気が付かないのである。
 
SNSがユーザーの心理に作用し、個人の自己肯定感や感情などをソーシャルメディアが乗っ取り、実際の個人は死んだようになり、ソーシャルメディアによってたくみに行動を操作されるユーザーの様子を、このドキュメンタリーでは、「ゾンビ」だと表現している。再現ドラマのような形で、高校生の男子がソンビ化されている様子が映像に映るが、SNSに操られ、顔色は悪く、まさに生きた屍のようなゾンビの姿で表されていた。
 
こういった心理的作用は、選挙や政治などにも実際に利用されているそうだ。
 
ドキュメンタリーに出演している元ツイッターやフェイスブック、インスタグラムに勤務していた関係者は口を揃えて今の状況に危機感を表している。また、元々、ソーシャルメデイアで使われるテクノロジーとは、世の中を良くするために作ったものにもかかわらず、人々の心理を画面の向こう側から操作し、その結果、社会の二極化が生まれ、フェイクニュースが真実よりも6倍の速さで広まり社会を混乱させていると、社会への悪影響等の問題を視聴者に投げかける。
 
 
私ははっとした。高校生の息子がまだ小学生の高学年ぐらいのときのことだ。わからないことがあると、私にまず質問するのだが、自分が納得しないと、「Googleに確認する」というとよく言っていた。親よりもGoogleのいうことを聞くんだなと、自分のときにはなかった新世代の子供の行動に感心していた。
 
だが、このドキュメンタリーを見て、感心している場合ではないと思った。今起こっていることを理解していないと、子供だけでなく私達だって、その検索結果に心理的に影響を受け、自分の意図しない、他者の利益のための行動へと徐々にだが促され、自らが気が付かないうちにソーシャル・メディアの利益のために操られる「ゾンビ」になりかねないのだ。
 
子供の場合は特に、大人よりもナイーブなため、つい流れてきたフェイクニュースを信じてしまったり、YOUTUBEが提示するおすすめをそのまま見てしまうかもしれない。そのため、スクリーンの前に座る時間やどんな内容を見ているかを監視するだけではなく、スクリーンの裏側で何が起こっているのかを理解させる必要があると実感した。
 
このドキュメンタリーを見ていると将来が不安になるが、出演する元大手のソーシャルメディアに勤務していたエンジニアや管理者達は意外に楽観的である。そして、我々がどうすればいいのかの解決策も提示してくれている。
 
彼らは専門家の立場から、まず我々にできることは、ソーシャルメディアの裏側で起こっていることを理解し、ソーシャルメディアによって心理的に操作されないように注意することだと言っている。それ以外にも、我々が今日からできることとして、ソーシャル・メディアに依存しないように、アプリの通知機能をオフにすることなどを提案している。
 
 
ソーシャル・ネットワークにおける問題点はこれまでにも過去に指摘されていたが、このドキュメンタリーはそれを各専門家の視点からわかりやすくまとめて説明してくれている。そして、人々がソーシャルメディアの犠牲になったり、間違った方向に行かないように新しい道標を示してくれているように思えた。
 
まだ、今日現在(2020年9月26日)このドキュメンタリーの日本語翻訳は出ていないようだが、予告版では、YOUTUBEの設定アイコンから自動翻訳機能を使って日本語で視聴することができる。また、このドキュメンタリー映画に出演している、元Googleにエンジニアとして勤務していたトリスタン・ハリス氏は、過去にTED TALKでもテクノロジーがもたらす様々な問題点を指摘した講演を行っている。これらはYOUTUBEでも視聴可能なので、この記事を読み、興味があればそちらの動画を見られることをお勧めする。
 
気がつかないうちに画面の向こう側から操作され、死にたてのゾンビにならないようにするために。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
武田かおる(READING LIFE編集部公認ライター)

アメリカ在住。
日本を離れてから、母国語である日本語の表現の美しさや面白さを再認識する。その母国語をキープするために2019年8月から天狼院書店のライティング・ゼミに参加。同年12月より引き続きライターズ倶楽部にて書くことを学んでいる。
『ただ生きるという愛情表現』、『夢を語り続ける時、その先にあるもの』、2作品で天狼院メディアグランプリ1位を獲得。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2020-10-06 | Posted in 死にたてのゾンビ

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