チーム天狼院

「ていねいな暮らし」アレルギー《川代ノート》


大人になってから突然、「ていねいな暮らし」アレルギーを発症した。
インスタグラムやらツイッターやらで、グルテンフリーのパンの朝食や手作りグラノーラの瓶詰めの写真がアップされているのを見ると、心の奥の方がぎゅっとつかまれたように息苦しくなり、ぞわぞわと横腹のあたりが痒くなってくるのだ。まさにアレルギー症状みたいに、自分以外の誰かの「丁寧さ」や「生活を楽しんでいる感じ」に触れると全身が動揺してしまう。どうしてだろう。子供の頃は大丈夫だったのに。

堂々と言うことではないかもしれないが、生まれてこのかた、「おしゃれな生活」というものをしたことが人生で一度もない。たったの一度もだ。
私の家はなかなかに貧乏で、子供の頃は、大学生が一人暮らしするような、築40年くらいの、ユニットバスのぼろアパートに家族三人で住んでいた。幼い頃はその家で生活するのが普通だったので、何の違和感も抱いていなかったのだが、あるとき、私の家に遊びに来た同級生の言葉で、自分が貧乏だということに気がついた。

「え〜、さきちゃんの家ってキャンプしてるみたいで楽しい、すご〜い」

きっとどこかに遊びに行った時に泊まったキャンプ場の山小屋くらい狭い、という意味だったのだろう。その子はただ純粋に「楽しい」ということを伝えたかったようだが、彼女の母親は真っ青な顔をして慌てていた。私の母親は苦笑いして適当に流すしかなかった。
そのときの気まずい空気に反応したのか何なのか、わからないけれど、とにかくその頃から私は自分の家が比較的貧乏であるということに気がつき始めた。私の周りの同級生たちはお金持ちが多かったので、ちょっとした引け目を感じていたのも事実だ。

母も父も私に愛情を注いでくれていたし、私がやりたいことは好きにやらせてくれていたので、愛情不足で歪んでしまった、などということはないものの、その代わりに私は「おしゃれ」というものへの猛烈なコンプレックスが芽生え始めた。

気がつけば、私は異常なほどおしゃれなものに執着するようになっていた。たまたま母親が買ってきたインテリア雑誌を夜遅くまで読みふけっていた。ページの隅から隅まで読み尽くすのだ。そして、自分が将来大人になったら住みたい家を妄想して、大きなスケッチブックに事細かにそれを書き記していった。家の玄関はこれくらい。靴がたくさん入るやつで、お姫様みたいなハイヒールも、歩きやすいスニーカーも、革靴も、いっぱい入るの。私の部屋は一番上にあって、ベッドは天蓋付き。ふわふわの豪華なカーテンがかかってて、シャンデリアみたいな照明が天井にあって、鳥かごがあって、絨毯はこんなので、それから、それから……。

今思うと私のおしゃれな生活への憧れは異常だったな、と思う。母親と出かけると、よく家具屋さんに行きたいとせがんだ。家の近くに骨董品を扱う素敵なインテリアショップがあって、そこに連れて行ってもらい、将来自分の家にどの家具を飾ろうかと一人、狭いぼろアパートの和室にぎっちりと敷かれたせんべい布団の中で寝る前、妄想するのが日課だった。

私が中学校に入り、両親の仕事も安定してきて、もう少し広い家に引っ越すことができるようになった。私は「自分の部屋」というものを与えられて、それからどんな部屋にしようかとあれこれ妄想し、母親に頼み込んでかわいいピンクのカーテンを買ってもらったりした。

「おしゃれな生活がしたい」。その強烈な願望は、私が社会人になっても治ることはなかった。新卒で入社した会社の職場は、代官山だった。日本中のおしゃれな人が集まるような場所だ。自分もこれでおしゃれな人間になれるかも。おしゃれな生活ができるようになるかも。社会人になり、自分でお金を稼げるようになって、いよいよ自分の理想の生活を手に入れられるんじゃないかと、私は期待していた。

代官山には本当におしゃれな人ばかりが集まっていた。おしゃれな人ってすごいな、と心の底から思った。妥協がないのだ。ジーンズ一つにしろ、トレーナー一つにしろ、スニーカー一足にしろ、とにかくこだわりがすごいのである。自分にぴったりのものを見つける。自分が一番居心地の良いものを求める。おしゃれとは、単純に流行しているデザインのものや、色の組み合わせがきれいなものを選びとることだけではなく、自分を知り尽くし、自分に最上級にしっくりくるものを見つける探究心も必要なのだと知った。

ちょうどその頃、「ていねいな暮らし」というものが最近流行っているらしい、ということを知った。雑誌やネットでよく見かけるフレーズだった。毎日を丁寧に、自分の身の回りのものにこだわり、一品一品、時間をかけて選び取る。日常の中の小さな喜びを見逃さず、まさに「丁寧に」生きて行く。そんなライフスタイルだ。

いいなあ、と思った。単純に、うらやましいな、と。自分もなれるものならそうなりたいと思った。
ならば自分もそうしてみようと、チャレンジをした。毎日朝早起きをする。出勤前にカフェに寄って読書をする。アロマを焚いてリラックスして眠りにつく。お気に入りの柔軟剤で洗濯をする。空が青く、平和に暮らしていられることに感謝し、毎日働く。

些細なことからでもいい。自分にできるところから生活に取り入れてみようと思った。そうすることによって、自分自身も変わっていくような気がした。

それをしばらく続けた。服の選び方も変わった。安物は買わなくなった。「もうユニクロとかで服買うのやめよう」と決め、ビームスやユナイテッドアロウズなどのセレクトショップにばかり行くようになった。

これで自分も、憧れていたおしゃれな人に近づける。もう、私は子供じゃない。何もできない子供じゃない。自分で自分の好きな生活を選び取ることができる、大人なんだ。

そう信じて、私は「ていねいな暮らし」への道を突き進んだ。それが幸せに直結していると信じていたからだ。

信じていた。盲信していた。

なのに、どうしてだろう、私が「ていねいな暮らし」を生活に取り入れようとすればするほど、ぞわぞわと全身に鳥肌が立つような違和感がかけめぐった。

「何かがおかしい」と、全身が訴えているようだった。体がアラームを鳴らしていた。
何がおかしいんだろう。だって、私は子供の頃からずっとおしゃれな生活に憧れていたはずで、大人になったら絶対に自分が大好きな家具に囲まれて暮らして、毎日手の込んだ料理を旦那さんに振舞って、子供が帰ってきたら、野菜嫌いな子供のためににんじんの手作りシフォンケーキを出してあげる、みたいな、そんな大人になりたいと、そう思っていたのに。

ずっと憧れ、求めていた生活に一歩一歩近づいているのは間違いないはずなのに、どうしてか、全身が拒否反応を起こしていた。

なんで。

私は動揺した。「おしゃれ」を嫌がっている自分に動揺した。何が嫌なんだ。幸せはここにあるというのに。どうしてこんなに気持ち悪い、って思ってるんだろう。

モヤモヤとしたまま、結局私の「ていねいな暮らし」推進運動は終わりを告げた。同時に、転職して天狼院に戻ることになった。代官山というおしゃれな場所で働く生活は、一年だけだった。

幸か不幸か、天狼院で働いていると、「おしゃれ」なものと近くことはほぼ無縁になった。店自体はもちろんおしゃれさを意識したりすることはあるものの、天狼院で働くスタッフは皆、「ていねいな暮らし」とは程遠い生活をしていた。むしろその逆だ。毎日の仕事をこなすことで精一杯で、ただがむしゃらに働き続ける。仕事が中心のスタッフばかりなので、そもそも自分の生活に重きを置いておらず、「ていねいに暮らす」という発想すらなかった。「いや〜できればそうしたいけどね」と口で言ってはいるものの、実際にそれを自分の生活に落とし込むという作業ができる余裕はなさそうだった。

泥臭い。がむしゃら。必死。

「丁寧」とは真逆のワードがお似合いの生活。
けれども、私はそんな生活に自分の体が馴染んでいくのを感じていた。
ああ、これが、私の人生にとっては、正解だ。
しっくりくる、という感覚が、たしかにあった。ひとつひとつのピースが、ぴったりとはまっていくような、そんな感じ。

結局、私はそのまま天狼院にいて、未だに「ていねいな暮らし」とは程遠い生活を続けている。
一品一品をちゃんと時間をかけて選ぶ、などという作業をしている余裕はなく、だいたい「あーもうめんどくさいからこれでいいや」と適当に選んでいる。服も、家具も、食事も。経験の中で、「このメーカーのノートが一番いいな」とか、「靴は今の所このブランドが好き」とか、ぼんやりとしたこだわりは生まれつつあるものの、それでもやっぱり「丁寧」とはとても言いがたい生活をしている。

だけど、今のこの生活が、やっぱりしっくりくるのだ。なんとなく、それがわかる。
おしゃれな人を目指して無理をしていた頃よりも仕事量は多く、気が休まる暇は少なく、自分とゆっくり向き合う時間も格段に減ってしまったけれど、それでもやっぱり、今の生活の方が「自分らしく」いられるような気がするのだ。

子供の頃にあれほどあったおしゃれな生活への憧れは、いつからか薄くなり、「まあ結婚して子供が自立して、余裕ができてきた老後とかにそういう生活ができればいいや」とか、その程度である。どうしてだろう。できることなら「ていねいな暮らし」をしてみたいという思いは変わらないのに、アレルギーを発症したおかげで目指すものが変わってきたのだろうか?

そんな風に自分の心の変化についてあれこれ考えていたとき、母親から電話があった。一人暮らしの私を心配していた。ちゃんと食べてる? 寝てるの? 仕事は大変? うん、大丈夫だよ。おかあは? おかあはね、今、大学の試験の勉強しなきゃいけなくて、大変なの。

社会人になってから大学に通い始めた母は、そう言った。フルタイムで仕事をしている合間を縫って勉強しなければならないのは大変だけれど、それでも勉強がとても楽しいのだという。新しい知識が入ってくるのが面白いんだよね、という言葉から、ワクワクした空気が伝わってきた。若い頃大学に行かなかった分、学ぶことが新鮮に感じられているのかもしれない。

もう50代なのに、よくやるなあ、と思うのと同時に、そうか、と思った。

そうなのだ。
きっと、私の居心地の良い暮らしというのは、子供の頃大変だった、あの記憶から出来上がっているのだ。

子供の頃、毎日、必死で働く両親の姿を見ていた。母親が平日も土日も休みなく仕事に行っているところを、その忙しい生活の中でも時間を見つけて私と遊んでくれた母親の姿が、私の記憶の奥の方に、心の中に、体に、染み込んでいるのだ。

貧乏でも、生きていくので精一杯でも、それでも毎日笑顔で、楽しくしている。
苦しくても、辛くても、誰かの役に立つために、家族を幸せにするために、がむしゃらに働く。もっと面白い世界が見たいと、好奇心に素直に従って生きる。

それが私にとっての、「生活」だった。「暮らし」だった。「人生」だった。

たとえ貧乏で、同級生から「キャンプ場みたい」と言われてしまうような場所だったとしても、おしゃれとは程遠いユニットバスでも、せんべい布団でも、それでも私にとっては、あの場所で暮らせたことは、「幸せな記憶」として体に染み付いている。
セレクトショップで買った家具がなくても、色褪せて少し黄ばんだカーテンがずっと使われていても、朝食のパンはグルテンフリーではなくヤマザキのポイントがつく普通の食パンだとしても。
それでもあのアパートで暮らした記憶は、私があそこで育って幸せだったと、そう言っている。

あるいは、私はコンプレックスの裏返しでおしゃれな生活にこだわっていたのかもしれないけれど、今考えると、心の奥の奥の方では、私はそれを求めてはいなかったのだ。

きっと「暮らし」や「生活」というのは、自分が生まれ育った環境によるところがとても大きいのだと思う。

他人からどう言われようと、世の中で流行っているものたちと現在の自分のあまりの違いに落ち込むことがあろうと、何が自分に一番しっくりくる暮らしなのかは、自分が決めていいのだ。何が「丁寧」で、何が「おしゃれ」なのかを決める権利は、周りではなく、私自身にある。

もちろん、未だに「ていねいな暮らし」への憧れはあるし、あんな風に生活できたらいいな、とは思うけれど、それはそれ、これはこれだ。素直に、「いつかできたらいいな」という気持ちは抱いたまま、自分の本心が求めるものを少しずつ見つけていけば、それでいいんじゃないか?

もしかしたら、みんな、不安を抱いているのかもしれない。
誰しもが、このままでいいのかなと、自分はちゃんとした人間に慣れているだろうかと、不安を抱きながら生きている。私と同じように。

その中で、「ていねいな暮らし」ブームというのは、その不安を少しでも解消してくれる、一つの指標だったのかもしれない。

誰しもがコンプレックスを抱え、自分が周りに置いていかれていないだろうか、「大人」になれているだろうか、人の役に立てているだろうかと、自問自答し、悩みながら毎日生きている。

そんな不安定な毎日の中で、「暮らし」にこだわりを持つことで自分に自信を持てる人もいれば、暮らしや生活なんてもってのほか、仕事一直線で生きることでようやくほっとできるという、私のような人もいる。それは人それぞれだ。

でも、人それぞれでいいのだ。自分に合うものを少しずつ、少しずつ見つけられれば、それでいい。

そう、そうやって悩みながら、苦しみながら、それでも自分とちゃんと向き合いながら生きることで、ちょっとずつ、本当にちょっとずつ、しっくりくる生活が出来上がってくる。

もしかしたらそうやって、ゆっくりでもいいからじっくりと自分と向き合っていくことが、「ていねいな暮らし」というものなのかもしれない。

迷いながらでもいい。
ブームに乗っかる人たちを内心でバカにして見下して、そうしないと安心できない子供な自分は、もう卒業しよう。
おしゃれな人たちに対するコンプレックスを抱く必要は、もうないのだ。

自分らしく。

そう思うとようやく、長年続いていた「ていねいな暮らし」アレルギーから、解放されたような気がした。

 

 

 

 

 

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*この記事は、人生を変える「ライティング・ゼミ《平日コース》」フィードバック担当でもあるライターの川代が書いたものです。
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❏ライタープロフィール
川代紗生(Kawashiro Saki)
東京都生まれ。早稲田大学卒。
天狼院書店 池袋駅前店店長。ライター。雑誌『READING LIFE』副編集長。WEB記事「国際教養学部という階級社会で生きるということ」をはじめ、大学時代からWEB天狼院書店で連載中のブログ「川代ノート」が人気を得る。天狼院書店スタッフとして働く傍ら、ブックライター・WEBライターとしても活動中。
メディア出演:雑誌『Hanako』/雑誌『日経おとなのOFF』/2017年1月、福岡天狼院店長時代にNHK Eテレ『人生デザインU-29』に、「書店店長・ライター」の主人公として出演。
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2018-01-18 | Posted in チーム天狼院, 川代ノート, 記事

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