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【影のある女】なぜ灰原哀は毛利蘭よりも人気があるのか?~ロールパンナ、綾波レイ、ジーナ・・・影のあるヒロイン論《川代ノート》


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アンパンマンならロールパンナ、名探偵コナンなら灰原哀、紅の豚ならジーナ。 子供の頃から、どういうわけか「影のあるヒロイン」が好きである。彼女たちよりもずっと登場回数が多いメインヒロインたちよりもずっと心惹かれるものがある。

そして不思議なことに、私は「明るくて素直で元気な」ヒロインしか出てこないときには絶対にそのヒロインが好きになるのに、「魅力的な影のあるヒロイン」が出てくる作品においては、メインヒロインを絶対に好きにならない。どうしても「影女たち」を守ってしまう側についていて、気づくと「メインヒロイン、邪魔だ!」とすら思ってしまうこともあるくらいだ。

たとえば魔女の宅急便なら、ひたむきに頑張るキキが大好き。
赤毛のアンなら、アンを人としての目標にしたいくらいアンが大好き。
ローマの休日の天真爛漫なアン王女は可愛すぎると思うし、
うる星やつらなら、問答無用でラムちゃんである。

彼女たちは一生懸命で、前向きで、好きなものを好きと言える素直さを持っている。
けれど一方、 アンパンマンにおけるメロンパンナ。明るくて素直でお姉ちゃん思いでかわいらしい。 名探偵コナンにおける毛利蘭。健気にヒーローの帰りを待ついじらしい王道的ヒロインである。 紅の豚のフィオ。純粋にポルコを好きな元気で強い女の子。 うーん。なんかイマイチなのである。
たしかに彼女ら単体で見れば、みんなから愛されるようなかわいいヒロインだ。たぶんロールパンナ、灰原哀、ジーナが出てこなければ私は普通に彼女たちを好きになっていたと思う。でも「影」を持つ、メインヒロインとは対照的な女キャラクターが出てきたとき、私にとっては彼女たちの魅力は一気に霞んでしまう。

他にもあげてしまえばキリがないが、とにかく「影のあるヒロイン」というのは本当に魅力的にうつる。そして彼女らはたいていメインヒロインよりも人気があるのである(個人的な偏見だが)。 名探偵コナンで言えば、私のまわりで灰原哀より毛利蘭が好きだ、と言う人間に会ったことが一度もない。必ずと言っていいほど、男女問わず「蘭と新一はもういいから、とにかく灰原は幸せになってくれ」と言う。むしろ「ウザイ」だの「厚かましい」だの、信じられないくらい毛利蘭バッシングする人も多い。最新の人気投票でも灰原哀が1592票で3位なのに対し、毛利蘭は612票で6位と大差である。どう考えてもメインヒロインは蘭なのに、どうしてここまでの差がついてしまうのだろうか? 社会現象にまでなった綾波レイも典型的な「影のある女」である。現実的に考えて、光と影で言えば、誰しも光に惹かれるはずなのに、影のあるヒロインの方が一体何故ファンを魅了してしまうのか?

まず、いわゆる「影のある女」と言われるキャラクターには、いくつかの共通点がある。
・見かけは愛想がよくない、あるいは誰にでも心を開くわけではない。
・本当は優しい心の持ち主(実は動物や子供が好き、困っている人がいたら放っておけないなど)
・自分だけのポリシー、芯がある。それを曲げることはない。
・孤独を好む一方、寂しい気持ちもある。「光」のあるキャラクターに憧れる描写もある。
・主人公にだけデレる描写がある(いわゆるツンデレ、クーデレ)。

最大の共通点:彼女らは強固な「仮面」を被っている。

「光」のあるメインのキャラクタ-、メロンパンナ、毛利蘭、フィオ。素直で天真爛漫、裏表のない性格で言いたいことはまっすぐに伝える、というタイプだ。正直で素直で強い、誰からも好かれる、みんなの人気者。 一方「影」のある女性陣達と来たら、隠し事ばかりである。安心感のあるメインキャラとは違い、こいつ何か秘密があるな、という雰囲気ぷんぷんである。彼女らは「仮面」をつけて、うまく本心を隠し、主人公を騙し、ときには読者や視聴者すら騙すこともある。
ロールパンナは仮面のあるキャラクター代表とも言えるだろう。なにせ彼女は包帯のようなもので顔をぐるぐる巻きにしている。なので彼女の目元からしか表情を読み取ることができないうえ、「あの包帯の下にはなにがあるんだろう」と想像させる。おまけに彼女は「善」の心と「悪」の心両方持ち合わせていて、悪い心に染まると「ブラックロールパンナ」になってしまうのだ。この「もしかしたら悪役になってしまうんじゃないか」と読者を不安にさせるというのは灰原哀にも共通していることだ。

灰原哀は黒の組織から逃げ出してきた、主人公である工藤新一を幼児化させたアポトキシン4869の開発者という設定である。本当は18歳でありながら、自身も組織から逃げ出すために薬を飲んで小さくなってしまったので、名目上はコナンと一緒に元の姿に戻るために協力する関係ではあるが、コナンも灰原がもしかしたら組織に寝返るんじゃないか、と疑う場面も多々ある。

ジーナが「もしかしたら悪役になるんじゃ」と思わせる場面はないが、傷ついた心を隠したまま「強い女」を演じているという点では仮面を持っている人物として共通している。彼女はバーで歌を歌っている美女で、一見セクシーで強い「大人の女」というイメージではあるが、本当のところ昔の恋人であったポルコを健気に待ち続ける、という切ない表情を見せる。けれど心を許した人間にしか本音を打ち明けず、自分が決めた道をまっすぐに進もうという信念を持っている。

彼女らは、多くの人間が抱えている「悩み」「嫌な部分」を受け止めてくれる存在であり共感できると同時に、「強い信念」を持っているので憧れを抱かせてくれる存在でもあるのだ。

人間の多くは仮面をつけて生きている。学校、会社、趣味の場、家、友人、などなど、それぞれのコミュニティによって少しずつ違う仮面を使い分ける。そこにいる人々のバランスによって自分の立場を客観的に把握してうまく仮面をつけ、ときには本当の自分を押し殺して全く違うキャラクターに成りすます。そうしなければうまく生きてはいけないからだ。いつも本当の自分を丸出しにして生きていれば、「空気の読めないやつ」というレッテルをはられて社会から疎外されてしまう。周囲とうまく同調できないやつは仲間はずれになる。 そして仮面を使い分け、色んな自分を演じなければいけないぶん、「本当の自分」の負担は増える。
「こんなの本音じゃないのに」「本当は寂しい」「みんなに言えないことがある」「人気者が羨ましい」・・・。 そういう「自分はひとりだ、本当の自分をわかってくれる人なんていない」という想いを、それでもみんなに嫌われたくないから、隠しながら生活しているのだ。でも本当はそんな孤独感や疎外感を共有出来る仲間がほしいと思っている。

そんな私たちが抱える潜在的な不安を救ってくれるのが「影のあるヒロイン」である。
彼女たちは、そんな仮面をつねにくっつけて生きている私たちと同じように、仮面をつけて、孤独感を抱えながらも健気に生きている。そしてそんな「秘密」があるからこそ、ミステリアスな彼女たちは美しく見えるのだ。そういうヒロイン達を見てきっと私たちは安心できるのだ。 あ、秘密があってもいいんだ、と。 彼女たちは隠し事があって、誰にも言えない自分がいることを肯定してくれるだけでなく、美しく見せてくれるのだ。当たり前だが影のあるヒロインはビジュアルも美人である。

要するに「仮面をつけている自分」が嫌だなあとか疲れたと思っていても、そんな秘密のある姿は美しくもあるのですよ、と安心させてくれるのである。 たとえば灰原哀で言えば、私は彼女に共感できるだけでなく憧れを抱くことも出来るのだ。

彼女には家族がなく、一人で孤独を抱えていて、寂しいという想いもある。(うん、わかる、ひとりってときどきもの凄く寂しくなるよね)
本音では毛利蘭のような明るくて素直で裏表のない人気者に憧れている。憧れる反面意地をはって冷たく当たってしまうことがある。(本当はね、蘭みたいな完璧な女の子になりたいけどさ、ああもみんなに優しくはできないよなあ、自分と違いすぎて羨ましいよね)
いざという時は黒の組織に立ち向かう強さを持っている。天涯孤独の自分を大切にしてくれる博士や少年探偵団達を守りたいという義理人情がある。(自分の命がさらされても、大切な人は守りたい、かっこいいなあ)

つまり灰原のような影のあるキャラクターというのは、日々さまざまなコミュニティのなかで生きる私たちの共感と憧れの狭間をうまい具合に刺激してくれるのだ。だから惹かれてしまう。 毛利蘭が灰原好きに極端に嫌われる原因は、女性ファン的に言えば、もちろん人気キャラの工藤新一に好かれているから、という嫉妬もあるだろう。実際ことある毎に「たすけて新一」はウザイと言えばウザイ。だが「共感できる部分が少なすぎ」というのもあると思う。

毛利蘭は強い女である。家事も勉強も運動も完璧にこなす上、嫌味がなく性格もよく男にモテるし、顔も美人というスキの無さである。欠点と言えば「力が強すぎる」くらいだ。完璧すぎるのである。
どこをどう探したらこんなに完璧な女がいるというのか。おまけに何人ものイケメンに言い寄られても新一に一途なことは変わらない。何故工藤新一が毛利蘭を「守ってやりたい」と思うのか疑問なくらいだ。普通ここまでスキがなければ「一人で生きていけそう」と思ってしまって当然である。それにこんなに一途に思われたら少しくらい「重い」と思ってしまいそうなくらいだが。

脱線したが、つまり毛利蘭は遠すぎる存在なのだ。毛利蘭に共感できる部分はほとんどない。「強い女」すぎるのだ。強さ:弱さの割合は9:1くらいである。そしてその一割の弱さも「助けて新一」に集約されてしまうから読者はうんざりしてしまう。一方灰原は5:5くらい。強さと弱さのバランスが丁度いいのだ。ロールパンナもジーナも同じ。「強いの?弱いの?どっちなの?」と読者や視聴者や主人公を翻弄させるのがうまい。

松浦亜弥が「セクシーなの?キュートなの?どっちが好きなの?」と歌ったのは10年以上前のことであるが、今も昔もギャップというのは人を魅了する普遍的要素みたいだ。もちろん裏表のない素直で正直な人間になりたいと憧れるのは当然だが、自分以外の不特定多数の他人とうまく折り合いをつけて暮らしていかなければならない社会では、ほとんどの人間は色んな色や形の仮面をいくつもワードロープに用意して、その日会う人によって、行く場所によってコーディネートを考えなければならない。

意識していなくても、集団行動するなかで潜在的にそうしなければならないという習慣が身についているのである。誰しも日々「自分は強いの?弱いの?」「いいやつなの?悪いやつなの?」「自分はなにがしたいんだろう?」と自問自答しているのだ。
自分のことが完璧にわかっているやつなんていない。だからこそ「理想の自分像」を作り上げて、それに固執してしまうんだろうけど。

影のあるキャラクターはそんな現代人のストレスを開放してくれる存在なのかもしれない。「こうじゃなきゃ」と理想の自分を追い詰めてしまう人たちの心を救ってくれるのかもしれない。単純に「かわいい」と思うというのもあるだろう。けれど物語のなかの彼女たちに、自分自身の一部を投影してしまっていることには変わりないのだ。

感情移入できるけれど、でもミステリアスでわからない、「もっと知りたい」と思わせる部分も多い。影のある、秘密の多いヒロイン達を魅力的に感じてしまうのは、「自分を知りたい」という欲求の投影でもあるのかもしれない。

単純に彼女たちのような「影のある女」「魅力的なヒロイン」になれるはずもないが、自分の好きなものを「何故好きなのか?」そう追求していくことで、自分自身もっと深みのある人間になれるような希望を抱いて、私は今日も本を開く。映画を観る、音楽をきく。文化に触れることとは結局自分探しの旅なのかもしれない。そう思いつつ、今日も私は天狼院に向かうのであった。

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「世にも恐ろしい女子ヒエラルキー」連載中・毎日夜9時更新→【世にも恐ろしい女子ヒエラルキー】まえがき 女は怖い生き物?《川代ノート》

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2014-08-25 | Posted in チーム天狼院, 記事

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