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メディアグランプリ

吾輩は熊である


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:飯田あゆみ (ライティングゼミ平日コース)
 
 
「18年間、お世話になりました。母ちゃんも元気で」
 
昨年ついに、我が家の下の子が家を出ていってしまった。
 
と言っても、家出したわけではなく「家から大学まで遠くて通うのがつらい」「一人暮らしがしてみたい」というまっとうな理由で、荷物をまとめて引っ越していったのだ。成長である。本来ならうれしいはずである。
 
私自身も18歳で家を出た。
あの時の、ワクワク感、いよいよ自分の人生が始まるという高揚感は、忘れられない。
実際には親のすねをかじっていたので、厳密な意味での独り立ちではなかったのだが、それまでほかの家族との兼ね合いで決まっていた食事の時間、入浴の時間から、今日何を食べるか、どんな服を買うかまで、自分で決めて自分で生活を選び組み立ててよいのだという事実は、果てしない自由と自分の力を感じられるエポックメイキングな出来事だった。
なので、うちの子たちにも、ほんの幼児のころから「あなたたちも、大学生になったら家を出て一人暮らしするのよ」と言い続けてきたのである。
 
が、実際、娘が18になって、家を出たときは「あんなこと言うんじゃなかった(涙)」と悲嘆にくれた。
 
「火が消えたような」という表現があるが、そんな生易しいものではなく「火力発電所が稼働を停止したような」と言った方がぴったりな寂しさだった。家の中の温度が確実に五度は下がった気がしたし、もともと無口な下の息子は、ほぼしゃべらないので、家の中でしゃべるのはテレビだけになった。
 
こ、これはつらい。
 
だが、この寂しさを何とかしようと立ち上がってくれたのは、息子だった。
「寡黙な男」のラベルを無理やり自分で引っぺがして、「家の中だけではしゃべる男」になったのだ。
 
彼はそれまでの13年を取り返すように喋りまくった。
部活の人間関係、嫌な先生の話、読んだ本の感想、死ぬってどういうことだろうという哲学的疑問、ありとあらゆることを私と語り合った。
 
今から思えば、あれは彼なりのやさしさだったのだと思う。
娘がいなくなって、元気がない母ちゃんを、何とか慰めてやらねば、というね。
 
が、私はそれを、自分の子育ての成功と受け取った。
周りの男の子のお母さんが、反抗期にとまどい、くそばばあとののしられ、まったくしゃべらない息子に手を焼いている中、仲のいい親子をやれている私たちって、すごくない? と思っていた。思春期の反抗なんて、育て方次第なのよ、ほほほ、と。
 
ところがである。
 
そこから六年たって、今度は息子が家を出ることになり、仲良し親子の幻想は打ち砕かれた。
いや正確に言えば、仲良し親子ではあるのだけれど、私が思っていたような、お母さん大好きな、親離れできない末っ子というイメージはすてーーんと覆された。
 
彼はとても軽やかに親離れしていった。
18歳の私が、夢と希望を胸に、後ろを振り返ることなく家を出て行ったように。
 
冒頭のセリフとともにいなくなった息子を思い、私は毎日、本当に言葉通り毎日、泣き暮らしていた。
なんてことはない、私が、子離れできていなかったのだ。
 
息子の部屋は、まだ息子のにおいが残っている。部屋に入ってはその匂いを嗅いだ。
小学校のころから集めていた彼の宝物の箱は、押し入れの中に入ったままだったので、引っ張り出しては、かわいかった息子の姿を追った。
 
そして、悲しみ尽くして、もうこれ以上こんなことをしていたら、ダメになる、何よりこれは相当気持ち悪いと冷静に感じられるようになったころ、ふと思った。
 
気持ちだけでも動物になれたらいいんじゃないか? と。
 
例えば、熊の親子。
子熊が成長する前は、えさを取ってやり外敵から守り、ひたすら保護に徹していた母熊は、ある日を境に、子熊が自分のテリトリーにいることを許さなくなる。
噛みつき、ひっかき、猛然と追い出す。
 
子熊にしてみれば、訳が分からないことだろう。
昨日までの優しかった母ちゃんはどうしちゃったんだ?
俺はこれからどうすればいいんだ?
 
でもそんなことをめそめそ考えてはいられない。
お腹がすくし、ほかの熊の縄張りの中にいてはどんな危険な目に合うかしれないからだ。
 
子熊はこれまで母熊に教わった知識を総動員し、どこにいけば何が食べられるのかを思い出しながら今日を生きるために精一杯できることを始める。
 
母熊は母熊で、子熊が巣立ったら、今度は別の雄とつがいになって、新たに子どもを産まなければと本能が告げるので、いかついイケメン探しに忙しい。
 
つまり、お互いに、終わった関係に執着している暇がないのだ。
 
盆暮れ正月に帰省しなくてはとスケジュール管理や手土産に気をもまなくてもいいし、自立したのちにまで「体にいいものを食べているか」「危ないことをしていないかと」と愛情という名の干渉をされることもない。
 
ああ、熊さんたち、なんて楽なの?
いや、ごめん、生活は厳しくて全然楽じゃないのかもしれないけれど、あなたたちのその親子関係、私にはとってもうらやましい。
 
どこかの山奥ですれ違っても、お互いきっと挨拶もしない。
「見たことあるような気もするけど誰だっけ? 」程度で終わる関係。
 
そんなにあっさりと子どもを忘れられる、そこが、うらやましすぎるのだ。
 
私は生まれ変わったら熊になりたい。
いつまでも子供に執着するこの気持ちを、ミツバチに刺されながらはちみつをべろべろ舐めて忘れてしまえたら、と思うのだ。
 
そこで、この一年は、毎日「吾輩は熊である」とアファメーションを繰り返し、母熊である自分をイメージしながら生きてきた。息子はもう私の縄張りを出た、他人(他熊)である、と。
 
そしたらなんと、母熊は新しい生きがいを見つけ、こうして文章を書いている。
そう、私は熊になったら文章を書く人になった。
熊にならなかったら、母業の傍らの趣味でしかなかったことを、今、生きる糧にできないかと考えている。
熊さん、ありがとう。さっさと自立していってくれた子どもたち、ありがとう。
母ちゃん熊は、これから修行に入る。きっと忙しくて君たちのことも思い出さずに済むだろう。
 
でも、どこかの山奥ですれ違ったら、「あっ、母ちゃんだ!」と手を振り駆け寄って一緒にはちみつを食べに行ってほしい。それくらいは、望んでもいいよね、熊だけど。
 
 
 
 
***
 
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2019-11-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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