美しいものが、嫌味に感じられた時の処方箋。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:安藝 森央(ライティング・ゼミ集中コース)
昔から、透き通った綺麗なものが、大嫌いだった。
真っ青な空を見て、「最高の天気だね」という友人に、「イラっとする空だね」と返していた自分。「なにそれ」と笑われたら、「君にはこの感情が理解できないのか」と、まるで自分が高尚な気持ちを持っているかのように返答していた。
透き通ったもの。
苦労を知らなさそうなおぼっちゃま、澄んだ肌の高学歴イケメン。
毛並みの揃った高級そうな猫、広いお庭にすむゴールデンレトリバー。
ゴミひとつない大理石の床、水平線まで続く海。
みんなみんな、大嫌いだった。虫酸が走った。唾を吐いてやりたい気分だった。
きっと、10人に2人くらいは、この感情を共有してくれる人がいるんじゃないだろうか。
でも、今日、実は空は快晴で、中庭から空を見上げた時、「あぁ、綺麗だな、写真でも撮ろう」と、感じられた。素直に美しさを受け止められた。
あぁ、今までの自分と、違うな、と気づけた一瞬だった。
なぜ僕は変わったのだろう。そんな考えから行き着いた結論を共有すれば、読者の皆さんに少しでも役立つだろうか。そんな思いで、キーボードを叩いてみた。
思えば、自分は昔から、一番にならないといけないと感じて走り続けていた人間だった。
小学1年生のとき、93点を取ってルンルンとしていると、隣の強気な女子が91点だったようで「100点じゃなかったら93点でも91点でも一緒や!」と叫んだ。なんじゃこいつ、と思いながら、意気揚々と家に帰って、母にそのエピソードを話した。すると、ところがどっこい「その通りや、100点やなかったら93点でも0点でも一緒や!」と返されたのだ。
あぁ、この世で生きるためには、自分は100点を取り続けないといけないのか。若い頃から、そう感じて生きてきたんだな、と思う。
この指導方針は、確かに自分が高い学歴を持ち、人生での「苦労」を減らせた面では、一定の効果を得ていると感じる。僕の人生にとって、悪い面ばかりではなかっただろう。
しかし、ここで減らせた「苦労」は社会的なものだけで、僕の「苦労」は、心の内側から、ずっと棘を出して、突っついていた。
名門の私立校に入ると、友人はみんなたくさんの才能に溢れていた。史上最年少で気象予報士の資格を取った同級生がいれば、「あんなのは今有名になるだけで意味がないよね」と言ってみたり、スポーツで表彰される友人がいたら、「まぁこの進学校でスポーツが強くてもね」なんて蔑んでみたり。人の喜びを妬むように、いつしかなっていた。
なんとか成績を自分の支えにしていた自分は、それなりの大学に進み、拗らせ続けた心のままに、医者になった。でも、この心の棘を抜きたい、どうにかしたい、そういう思いが潜在意識にあったのだろうか、精神科医という道を選んだ。
精神科医になった後も、できる限り人より前を行こうとする自分がいた。最短で資格を得られる道を選び、誰よりも上手く患者を治療しようとしていた。
でも、限界がきた。
僕にしか救えない、と感じていた患者が、自殺したのだ。
周りには、「医者にとって、どうしても患者を救えないことはあることだから」と慰められた。
精神科医になる上で、わかっていたつもりだった。いつか、救えずに亡くしてしまう患者がいることも。
でも、その患者がなくなってしまったことは、患者がなくなったこと以上のダメージを僕に与えた。いま言語化するならば、この時、心に感じたのは、「患者が救えない君は、優れていないのだ」というメッセージだったのだろう。
僕は一気に脱力して、そして、何かの力を借りたくて、瞑想の講座に申し込んだ。
最初は、患者への治療法の足しになれば良いか、という思いで申し込んだ自分だった。しかし、そこで頭を無にしながら、自分に向き合う時間が、本当に大切だったと今感じている。
瞑想では、まずは頭に浮かんでくる不安や恐怖に注目せず、ゆっくりと呼吸に意識を向けることから始める。「これで上手くできているのかな」なんて感じても、あるいは、「こんなことして意味があるのかな」という思考も、浮かんできたら、そっと手放して、また呼吸を感じ直す。その繰り返しを行うことで、思考や感情に振り回されないように準備していく。
瞑想に慣れてくると、講師が、いろんな質問を瞑想中に投げかけてくる。その中で、一番に、今でも心に残っている質問が、これだ。
「あなたのことを本当に大切にしている人がいて、あなたを優しく受け止める言葉をかけてくれます。それは、どんな言葉ですか」
皆さんも是非、今ここで、自分に問いかけて欲しい。実在しない人でもよいので、あなたのことを本当に大切に思ってくれている人が、あなたをしっかりと抱きしめてくれている。そして、あなたのことを、大切だ、という気持ちをこめて声をかけてくれるとしたら、どんな言葉だろう。
僕の頭に浮かぶ言葉は、決して「優れていなさい」とか、「人より前にいなさい」とかではなかった。
「あなたは十分頑張っているから、自分がしたいことを、のんびりと自分のペースでしたらいいよ」
あぁそうか、僕は、優れていたんじゃなかったんだ。人と比べていたいんじゃなかったんだ。自分を思いやれていなかったんだな。
そう感じられた僕の顔には、暖かい、一筋の涙が、流れていた。
いま思い返しても、その日から僕は、少し変わることができた。
美しい情景を、そのまま美しいと感じられるようになっていた。
庭先の可憐な花を、あぁ可憐だな、と感じられた。
そして今日も、青い空を、綺麗だな、と、愛でる事ができた。
自分を大切にしてくれる内なる声が、少し自分の棘を削り、本来の感情を取り戻してくれた、そんな感じがした。
青い空が嫌いだった。それは、自分にないものを妬み、人よりも優れようと感じていたからだった。
でも、「セルフコンパッション」=自分への思いやり、という瞑想を経てから、僕は、少し、世界をそのままに受け入れることができるようになった。
あなたも、世界が嫌味に見えたり、苦痛に感じたりした時に、こんな質問をしてみて欲しい。
「あなたを大切にしてくれる人は、どんな声をかけてくれますか」
***
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