サイドミラーだけを見て車を運転することは出来るか
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:もも(ライティング・ゼミ 秋の集中コース)
片道1時間のドライブ。これはわたしの毎日に欠かせないルーティーンだ。とはいえ、趣味ではなく、通勤である。ある日は眠い目をこすりながら、またある日は疲れた体を引きずりながら、代り映えのない道の往復を繰り返す。
みなさんは毎日同じことを繰り返すことが得意だろうか? 人によりけりだと思うが、私は苦手だ。毎日同じことの繰り返しがこれからの人生ずっと続くのかと思うと、それだけで息苦しくなる。仕事自体は好きだ。特に嫌なことは何もないし、取り立てて忙しさも厳しさもない。しかし、たまにふとしたきっかけで、学生時代の思い出を取り出しては眺める。そして、「あの頃はよかった」などとよく分からない感傷に浸ったりする。そして、それは往々にして通勤時の往復中に起きる。
その日は、雨だった。土砂降りの雨をワイパーが一生懸命に追い払う。仕事が終わったくたくたの身体で家までの道を急いだ。疲れていたからか、「社会人になって心が枯れているな」なんて、ぼーっと考えていた。学生時代は毎日が楽しくて仕方なかった。毎日が新鮮で、毎日が全力で。今思えば何をあんなに笑うことがあったのか、というようなどうでもいいことでも笑いが止まらなかった。社会に出て毎日必死に働く自分を大切に思いたいのに、つい愛おしく思うのは毎日を純粋に楽しめていた過去の自分なのだ。
そんなことをぐるぐる考えていた時、サイドミラーに映ったものに目を奪われた。
「虹だ、きれい」
雨に濡れた小さな鏡に美しく収まったそれは、とびきり鮮やかな色で雲間から顔を出していた。今までで一番素敵な虹だった。輝いて見えた。思わず見とれて、時間が止まった。どれくらいサイドミラーを見つめていたのだろう。
「プップー」
後ろの車からのクラクションで道を逸れ掛けていたことに気が付いた。危ないところだった。心臓がばくばく鳴った。それでも、わたしはその後、何度何度もサイドミラーの虹を見つめた。目が離せなかった。あれだけ降っていた雨が止んでいることにも気づかず、ワイパーが乾いた窓をただただ撫でていた。
「このままじゃ駄目だ」
虹が消えたころにそう悟った。なにが駄目なのか。美化された過去を生きる糧にしている自分が、である。クラクションの音で浮き彫りになったのは、命と天秤にかけてもサイドミラーの虹から目が離せないわたしだった。それは、いつまでも過去を手に取ることを止められない、いつものわたしだったのだ。
楽しかった全ての過去の思い出を一旦捨てよう。わたしはそう決めた。もちろん過ごしてきた日々、経験、友人、思い出を全て捨てるなんて到底無理な話だ。では、どうするか。それは単純なことだった。未来に思い出を作ることにしたのだ。「思い出になりそうな予定を立てる」という、いわば逆転の発想だ。
結論から言うと、この試みは成功した。それまでは、なんとなく過ごした毎日が勝手に思い出になっていた。しかし、思い出を作ることを想定すると、思い出になるような素敵な場所に行くようになった。とびきり美味しいものを食べるようになった。はしゃいで回れるようなイベントに参加するようになった。そうすると、枯れているように感じていた心が生き返った心地がした。
心が生き返ってくるのを感じると同時に、当たり前に見えていた毎日も違って見えるようになった。単調な繰り返しだと思っていた毎日には、小さなときめきがちりばめられていた。毎日過去を振り返っていた通勤中の車内。そこには、「今日もなにかわくわくする発見はないだろうか」と、通りに立ち並ぶ店先の看板をちらちらと眺めるわたしがいた。
そして、学生時代の友人たちと今のわたしとして話が出来るようになった。学生時代とは違う社会人としてのわたしたち。仕事。恋愛。人生。旅行。最近の挑戦。最近の発見。みんなそれぞれいろいろなことに対峙して、そこでさまざまな学びを得ている。これまでは、そんな話をしてもなお、「でも、やっぱりあの頃は最高だったよね」と口にしていた。前向きになった今では、そういう話を聞くのが楽しくて仕方がない。学生時代のように訳も分からず笑い転げることは少なくなったかもしれない。しかしながら、社会に揉まれつつ日々格闘するみんなの姿が頼もしく、かっこいいのだ。そして、そんな姿に近づこうと手を伸ばす、今に必死な自分も嫌いではない。
過去は美しい。年を経れば経るほどに、汚い無駄な部分は削ぎ落とされて、美しい思い出だけが記憶に留まるからだ。しかし、それだけでは人は生きていけない。サイドミラーだけを見て車を運転することは出来ないように。
今日も雨。過去から抜け出したわたしは、今まっすぐにフロントガラスを見つめている。この雨が止む頃、思わず目を奪われるような虹が広い空に掛かることを期待しながら。
***
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