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家族の原風景 ~「紅白」は今年もやってくる~


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:森下暢子(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
 
 
「紅白始まるよ」
部屋の中から、母の声が聞こえる。
「はーい」と返事し、私はさっきまで使っていたバケツと雑巾を片付ける。
 
大晦日の夕方、我が家は1年最後の掃除を終える。
網戸洗い、窓ふき、父親の洗車、部屋の掃除。
冷たいバケツの水に手を浸し、
寒空の中、いつもは行わない箇所を丁寧に掃除する。
 
「紅白歌合戦」
それは一年に一度の行事だ。
大晦日夜7時30分。
小学生の私は、掃除を終え、家族とともにテレビの前に座る。
食卓には、掃除の合間に両親が調理した、
ごはんや煮物、漬物や汁物が並ぶ。
「さあ食べるぞ」
「いただきます」
テーブルの上の食事に手を付けながら、
家族と過ごす時間がそこにある。
 
「紅白」のある夜は、長いようで短い。
若手の男性アイドル、流行りの女性歌手、前半を流すように見終えると、
時間はすでに夜9時前。
食事もひと段落し、お茶を飲み、スナック菓子やみかんをつまみながら、何をするわけでもなく過ごす。
炬燵がある時には、布団の暖かさに任せてうとうとしてしまう。
 
「今のうちにお風呂に入ったら」
後半が始まるまでのニュースの間、母の声に促され、
急いで風呂場に向かい、湯船につかる。
「早くしないと始まっちゃう」
別にお気に入りの歌手がいるわけでもない。
それほど流行に詳しいわけではなかったが、
1組ずつ交代していく様子を、見逃すことだけは嫌なのだ。
 
1組目、2組目……後半戦は大御所、見どころ聞きごたえのある歌手に特別企画と、
だんだん目が離せなくなってくる。
「お母さん、この人衣装がすごいね」
「そうだね。今年はやけに派手だね」
そんなたわいのない話も、この「紅白」ならではのものだ。
 
時計の針が回るにつれ、夜も更けていく。
夜10時、そして11時。
「そば食べるか?」
と父の声が聞こえる。
「食べる!」
と答えてしばらくすると、
台所から出汁の香りと湯気の温かさが、ほんのり部屋の空気を満たしていく。
トントン、サクサクと包丁でねぎを切る音も、
クツクツプクプクとお湯が沸く音がかすかに聞こえてくるのも、大晦日の夜らしくてよい。
 
「できたぞ!」
と父がどんぶりに入れたそばを持ってくる。
テレビの画面からは、
「さて、いよいよ最後の1組です。紅組は……」
と司会が各組のトリを披露する声が聞こえてくる。
いよいよ、今年も残す所30分だ。
あぁ、今年が過ぎていく。
今年もあっという間だったな。
もうこの時間には戻れないのだな。
1分1分を愛おしく思うように、
過ぎ行く時間を胸に刻む。
 
日付が変わるまで、残り15分。
テレビの画面からは、蛍の光が流れ、ゆく年くる年の画面へと移り変わる。
あぁ。終わってしまった。
「紅白」って、見終わってしまえば幻のようだ。
時間が経つのは、なぜだか分からないが早いものだ。
 
「紅白」の余韻をわずかに残しながら、テレビ画面の中の人の姿をぼんやりと見つめる。
画面の中には、全国各地のお寺の様子が映し出されている。
私が「紅白」を見ている間、お参りに出かける人もいるようだ。
除夜の鐘の音が聞こえる。
中には、雪が降り積もる地域もあるようだ。
 
「皿、片付けるぞ」
父の声が聞こえる。
「分かった。持っていくよ」
よっこらしょと床から腰を上げ、机の上の皿を台所へ運ぶ。
「そば、美味しかったね」
「そうだね」
「ごちそうさま」
「そこに置いておけ」
父、母、私で会話をする。
3つ下の弟は、とっくに寝てしまったようだった。
 
「明けましておめでとうございます」
深夜0時、画面の時計は「0:00」を指している。
「新年が始まりました」
テレビのキャスターの声を聞いて、家族と向き合い挨拶をする。
「今年もよろしくお願いします」
こうして一年が始まっていく。
実家暮らしをしていた自分は、
この大晦日の「紅白」が、1年最後の恒例行事となっていた。
つまり、いつでも家族の姿がそこにあった。
 
そして2020年大晦日。
私は、1人で部屋の中にいる。
就職して数年後、私は実家を出て1人暮らしを始めた。
それでも数年は、実家に帰り、家族や親戚と過ごすことが当たり前だった。
今年はコロナ禍の影響もあり、実家帰りも、墓参りも日帰りで済んでしまった。
いつものように、家族とともに過ごす時間はない。
 
今年は何をしようかな。
デパートに出かけて、年越しそばでも買ってみる。
そういえば、いつもは掃除をしていたよな……
「今日は網戸掃除と、窓ふき、あとお父さんの車を洗うよ」
「私が小さい頃は、家の掃除を済ませたら、あんたたちのおじいちゃんと一緒に紅白を見てね」
「片付けない大晦日なんてありえない」
「家族がそろって、日が明けたら、みんなで向き合って挨拶をするんだよ」
母の言葉が懐かしい。
 
取り敢えず、窓ガラスを吹いて、ベランダを磨いて……
そうだそうだ。台所も、玄関もしっかりふいておこう。
今年は、お飾りも飾っておこう。
午後7時30分。今年も紅白が始まる。
私は「紅白」を見たいのではない。
「紅白」の中にある、家族の原風景を見たいのだ。
そばをゆでながら考える。
「紅白」は今年もやってくる。
出場する人は変わっても、「紅白」の始まりと終わり時間の流れはそれほど変わらない。
あてもなくテレビの音に耳を傾けながら、
私は「紅白」の向こうにある、家族との時間を振り返っていた。
 
「来年もよい年になりますように」
そして「家族が共に元気でありますように」
実家に暮らす両親と、今は離れて過ごす弟の顔が浮かぶ。
 
「紅白」の中には、家族と過ごした時間がある。
それが、家族の元を離れた今でも、身体のどこかに残っている。
今年の大晦日は、そんなことを感じながら、過ぎ行く時間を味わっていた。
 
 
 
 
***

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2021-01-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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