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阪神大震災を思い出すとき

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記事:Risa(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「かわいそうだね」
友だちが私の方を振り返って言った。
 
小学校の校庭には全校生徒が集合している。
いつもの集会とは違って、この日はみんな体育館の方を向いて立っていた。
 
1995年の2月頃、私たちが参加していたのは、阪神大震災で亡くなった生徒のための追悼式。
私の小学校では2つ上の学年の生徒が1人亡くなった。
 
「かわいそう」と言った友達に対して、「1人だけどね」と私はお姉さんぶって応えた。
大勢亡くなれば大変なことだけど、1人が亡くなったくらいじゃたいしたことないよというニュアンスだっただろうか。
 
かっこつけて言ったものの、それから何年たっても、私は自分のこの発言についてたまに思い返す。
 
自分の年がばれるのを承知で言えば、阪神大震災の時、私は小学校一年生だった。
たった7歳だった私は、子供の気楽さからか、早朝の震度7の揺れの中ずっと寝ていた。
 
私が住んでいた家は崩壊しなかったけど、ガスと電気が止まったので、地震の後はしばらく近県にある知人の空き家に身を寄せた。
 
一か月ほどして、元の家に戻り、再開していた小学校にも通った。
二棟あった校舎のうち1つが半壊して使えなかったため、学年によって午前か午後かに登校時間が分かれていて、これまでの半分の教室でなんとか授業を行っていた。
 
私の学年は午前に登校した。
待っていたのは、非日常の連続だった。
 
まず、全国の小学校から「きゅうえんぶっし」が届いた。
たいていは鉛筆だった。
まるでプリントを配るかのように、人数分の鉛筆が前の席から回ってきて、自分の分を取って残りを後ろに回していく。
好みのが残っていたらいいなと思ったり、別に鉛筆には不自由していないと思ったり。
救援物資の意味もわからず、「きゅうえんぶっし」というただの音としての認識しかなかったと。
 
物資とともに、手紙もたくさん届いた。
1人につき1つの手紙が配られて、授業中よくお返事を書いた。
でも、なんで自分たちが援助をされる立場なのかよくわかっておらず、ましてや自分たちが励まされる存在であるとも思っていなかった。
 
追悼式の準備を授業でしたことも普段とは違うことの1つだった。
亡くなった生徒に捧げるための贈物を、子供らしく折り紙で作った。
折り紙が得意だった私は、鶴とか百合の花を意気込んで作った覚えがある。
 
追悼式では、体育館の前に設けられた祭壇に贈物を捧げ、クラスごとに整列して、一人の死者を思った。
 
短い春休みを挟んで、私は2年生になった。
この年も非日常は続いたけど、うってかわって楽しいものだった。
 
春休み中、友達の間で話題になっていたのは、新しい校舎のことだった。
 
「プレハブ校舎ができるんだって」
情報通の友達が言う。
「そうなんだ。どんな校舎かな。」
知っててすごいねと感心し、「プレハブ」という未知の響きに私はワクワクした。
 
プレハブ校舎とは、大人のみなさんはご存じだと思うが、おしゃれでもなんでもなく、むしろ悲壮感が漂うと言うほうが適切かもしれない。
それでも、子供にはなんだか真新しいものだったし、カメラ取材も入って注目されるのだから、悪い気はしない。
 
転任してきた担任はすごく楽しい人だった。
たくさん工作をしてみんなに配ってくれたり、手話を教えてくれたりした。
 
私もおとなしさの殻を破って、思い切って挙手して発言をした一年だった。
よく食べて運動したから身長もすごく伸びた。
 
小学校の6年間で一番思い出に残っているのはこの年だ。
 
野球には疎いのだけど、この年にオリックスが優勝したのは私も知っている。
なぜなら、野球ファンの男の子がオリックスの活躍をたびたびクラスで報告していたから。
優勝に貢献したイチローは地元のヒーローだった。
私にとって、野球チームと言えば今も変わらずオリックスだし、野球選手を1人挙げるなら間違いなくイチローだ。
「がんばろう神戸」というスローガンがいたるところに掲げられていたのも、オリックスやイチローと一緒に思い出す。
 
こんな感じで、阪神大震災の年は8歳になろうとする子供にとって、非日常のオンパレードで、大半の人が想像する暗いイメージを裏切るくらいに、いい思い出がつまっている。
 
これが私の阪神大震災とその後の日々についての思い出すことだ。
「地震どうだった?」と聞かれたら、たいていは「寝ていたから揺れの怖さは知らないし、子供だからよくわかっていなくて非日常を楽しんでいた」と笑って言う。
 
でも、本当にそうなのだろうか。
こんな私でも、たまに追悼式のあの日のことを思い出す。
特に1月17日が近づく、ちょうど今の時期、小学校で亡くなった一人の死者が私の心によみがえってくる。
亡くなったのがたった「1人だけどね」と残酷な発言をしたこともずっと忘れることができない。
 
「あの時、なんと応えるのが正解だったのだろうか」
 
「かわいそう」と言った友達の発言に同意するのもなんだか違う気がする。
私がもし死んだ側だったら、かわいそうだなんて思われたくはない。
そんなことを今でも考えさせるくらいに、たった1人の死者は、私にとって大きい存在だ。
 
地震の後の日常はたしかに楽しい日々だった。
でも、そんな日常の節々を、死者たちは生きることができない。
あの時亡くなったために。
小学校で亡くなった、たった一人のあの子も。
 
生き残った自分と、死んでしまった人たち。
死者の存在とどう向き合うのか、どんな言葉で語ればいいのか、私はずっと考えている。
 
 
 
 
***
 
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2021-01-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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