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メディアグランプリ

今目の前にある現実の中に、その世界の片鱗はあるか


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:木村なほこ(ライティング・ゼミ特講)

「ここではない、どこかに行きたい」
高校生くらいのころから、よく考えていた。
高校生活に何か不満があったとか、問題があったということではなくて、それなりに楽しくやっていた。
単純に、旅に出たいという意味でもあったし、毎日の繰り返しに飽きていたということもあった。何か刺激が欲しい、ということもあったかもしれない。
ここではないどこか。
どこなのか。どこでもよかった。
具体的なことは考えていなかった。
ただ漠然と考えていただけだ。

大人になり、それなりにいろんな経験も積んだし、旅もたくさんした。
それでも、ふとした心のすきまに、浮かんでくることがあった。
「ここではない、どこかに行きたい」
海外にも暮らしたし、何度か転職もした。
そのたびに、違うどこかに動いたはずなのに、少し落ち着くと、そのフレーズは浮かんでくる。
ここは、もう飽きてしまったのかな。
私が満足していられる場所はどこにもないのだろうか。
大きな不満はまったくないが、満ち足りているともいいがたい。
そんな、なんともいえないむなしさ、のようなものを抱えていた。

「ここではない、どこか」というのは、どこなのか。どんなところなのか。
それをちゃんと理解しないままでは、なんとなく良さそう、今より良いかも、そんな感じで流されて、結局どこにも行きつかないのではないか。
自分が何を求めているのか、どうなったら満足なのか、それを知るしか答えはないのではないか。
そう思って自己啓発系の本を読んだり、セミナーに行ってみたりもしたけれど、私の場合は、自分に変化を起こせるほどのインパクトはなかった。
その手のものは、言ってることはもっともで、よくわかった気になるのだけど、具体的にどうすればいいか、私にはそこまで落とし込めなかったのだ。

それとはまったく関係のない文脈で、「ソーシャルメディアでの伝え方」「映像や言葉で発信をするときのスキル」を実用的に書いた本を読んでいた時に、ヒントを見つけた。
何をどう伝えるか、を考えるときに、その伝えるべき自分の世界がはっきりしていなければ伝えられない、ということに気が付いた。
自分はどんな世界を見たいと思っているのか。
それをまず、クリアにする。
今がたとえ、その世界から遠いと思っていたとしても、まずは、そのビジョンを明確にする。

私の場合、言葉で説明するならば、
「お互いの個性を認めあい、共存できる、多様性豊かな世界」
「ゆるくつながり、助けあえる世界」
「愛情ややさしさを、いつもみんなが感じられる世界」
といったところだ。

私は特にマイノリティの特徴があるわけではないし、ひどいいじめを受けたりしたこともないのだけど、学生時代特有の、みんないっしょに、というノリが息苦しかった。同調圧力とでもいうのか、変わった人と思われるのが怖くて、なんとなく周りに合わせていたのかもしれない。
人と違っててもいいじゃないか。その違いこそが、世界を豊かにしているんじゃないのか。
だから、個性を表現することが自分の役割だと、みんなが思って、みんなが実践する世界になって欲しい。自己肯定ともいうのかもしれない。
それをお互いにリスペクトして、自分とは違う存在を認めて、困ったときには助け合う。そんな世界が見たいし、そんな世界で生きたい。

どんな世界が見たいのかがはっきりしたら、今度は目の前にある現実と、見たい世界とをつなげてみる。
ここで間違えると、違いばかりが目について、遠すぎる、実現は難しいと思ってしまう。
違いではなく、共通するところを探していく。

同調圧力を感じる、息苦しい、というイメージだった世界にも、よく見ると、やさしいところが見つかった。
それは本当に小さなことだ。
道を渡るときに止まってくれる車。
他人の赤ちゃんに笑顔で話しかけるおばあさん。
奇抜な恰好をした人が、周りを気にせず堂々と歩いている姿。
仲睦まじいカップル。
小さいことだけど、それが私の見たい世界にあるものかもしれない。具体的な光景を切り取ると、そう感じる。
それをいつも見つけるようにしていると、もっともっと見えてくるような気がしている。
大げさにいうなら、世界の見方を変えるとも言える。

目の前の現実は、もしかしたらひとつじゃないのかもしれない。
脳は、膨大な外部の刺激から、興味のあるもの、焦点のあっているものだけを情報として取り入れているらしい。自分がこういうことだろう、と予測していること、それに沿うようなことを選択しているのだと。
そうであれば、意図的に、自分に取り入れる情報を選べばいい。
ひとつの現象も、いろんな角度から見ることが出来る。
どういう角度から見たら、自分にとって好ましいのか考えて、それを採用する。
それを続けていくと、自分にとって好ましいように受け取れるものが増えていくだろう。
結局、ここではないどこか、とは、自分の受け取り方の問題であって、外側にはないのだろう。
外側で起こることは自分でコントロールできないし、大げさな社会改革も、自分にはできそうもない。だけど、どう受け取るかは自分で選べる。
だから、いつもその世界の片鱗を探して、私は歩く。
目の前にある現実を興味深く見つめていると、もうどこかに行きたい、とは思わなくなる。
今いるこの場所が、私のいる場所だから。

≪終わり≫
***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2018-03-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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