「きょうだい」という名の同志
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:ひらいさおり(ライティング・ゼミ日曜コース)
「なんで電話に出ないんだよ! オレもう何回も電話したのに!」
それが電話の向こうから聞こえた最初の言葉だった。
ある冬の朝。目が覚めて、何気なくスマホの画面を見ると、「着信31件」。
着信履歴は全て、同じ電話番号で埋め尽くされていた。
なんだこれは? 何かが起きた。これはただ事ではない。
留守番電話にメッセージが入っている。
「なんで出ないんだよ! 出ろよ! かぁちゃんが死んだ! 死んじゃったよ! 終電で家に帰ってきたら、マリンがかぁちゃんの顔面を踏んでオレのところにワンワンって走って来て。え? かぁちゃん思いっきりマリンに顔面踏まれた? って、声かけても起きなくて。肩をたたいても起きなくて。顔を触ってみたらすごい冷たくて……。とにかく電話をくれ!」
スマホを持つ手が震えた。
「死んじゃった。死んじゃったって。どうしよう!」訳も分からず、声が出た。
折り返しの電話をかけるのに、指が震えてかけることができない。
うぉぉ! マジか!
身体の震えと、心の動揺でいっぱいだった。
なぜだろう。家族に大変な事が起きた時、私のスマホはいつも鳴ることがない。
なぜなのかわからないが、毎回そういう大事な時に限って、なぜがスマホが音消しの状態になっていたり、電源が切れていたりする。
そして必ず、私ではなく、「きょうだい」がまず動くことになるのだ。
これでもう3回目。
「オレ、これから警察に連行されるみたいだから、また連絡する」
2件目の留守電メッセージを聞いたあと、ようやく電話が通じた時。
「きょうだい」は少し落ち着きを取り戻していた。
家族に降りかかる一大事は、ある日突然やってくる。
昨日まで元気だった人が、なぜか元気ではなくなっていたり。
平和だった家庭が、徐々に不調和を起こしていったり。
少しずつ寄り添って修正し、なおることもあれば。
共に経験を共有し、進化することもある。
当たり前と思うその平和な日常は、同じ日など1日もなく、当たり前の今日が明日も来るとは限らない。
私が1歳半くらいだった時。
「妹か弟、欲しい?」助手席に座る母が、私に聞いてきた。
私は、自分が女の子なので、下にできるきょうだいは違う種類がいいと思い、「うん。弟」と答えた。
「弟だって」母は笑って、運転する父の太ももを、手の平で思いっきり叩いた。
リクエストにお答えして、なのか。
しばらくして、弟が産まれた。
幼い頃、私の後をかわいらしくついてきた弟は、高校生になると背も伸びて。
筋肉質でガタイのいい、肌が焼けた丸坊主になった。
「ねぇちゃん」と私を呼んでいたのが、ある日突然「アネキ」になり。
20代半ばになると、話す言葉もキツくなって、「感じわるー。口が悪くて嫌だなぁ」と思っていた。
なにかといちいちケンカをふっかけてくるし、同じ家族なのに、なんで気が合わないのだろう。そう思った時もあった。
そんな「きょうだい」や家族で経験すること、共有することは、人生が長くなるほどいろいろある。
例えば、家族が大きな病に倒れた時だったり、治療法を選択する時だったり。
大きな出来事や、判断に迷うこともある。
その時、一体何が正解なのか、その答えは誰にもわからない。
でも、その時々の最善を選択していくこと、家族で答えを出していくこと、それでいいのだと思う。
同じ環境に育ち、同じ家の中で育っても、「きょうだい」の性格は微妙に違う。
同じ出来事を経験しても、受け取り方や思いは人それぞれ。
今思えば、「きょうだい」も「きょうだい」なりに自分の心を維持することでいっぱいだったのかもしれない。
心を固くした「きょうだい」が、数年前に結婚し、子どもが生まれた。
とがっていた「きょうだい」が、信じられないくらい穏やかになった。
あの日、「きょうだい」は警察署であらぬ疑いをかけられ、しばらく尋問を受けた。
家に戻ってからも、母の亡くなったその場所で1晩を過ごし。
やり場のない感情と、戦ったという。
いつの間にか彼は眠り、夢の中で母と2人、遊園地のような場所で楽しく遊んだらしい。
警察署で、固くなっている母を2人で目にした瞬間、共に涙が溢れた。
気持ちの整理がつかぬまま、訳もわからず、やらなければならないことが沢山あった。
私は「きょうだい」がいたから、全てを終えることができたように思う。
「きょうだい」という同志がいることは、本当に心強かった。
「これ私1人だったら、無理だったかもしれない。分かち合えるきょうだいがいて本当に助かった」
「いや。マジで。オレも、本当1人だったら無理だった。きょうだいって貴重だな」
通夜の夜、互いに感謝の言葉なんて交わしたことのない「きょうだい」が、同じようにつぶやいた。
あの日から、少しずつ、家族のカタチも変わり、また進歩した。
数年前なら、言えなかった「きょうだい」への感謝の思いが、自然とわいてくる。
そんな日がくるなんて、思ってもみなかった。
家族が旅立つ時を、きっと誰もが経験する。
両親が私に残してくれた大きなプレゼントは、きっと、この体と。
ちょっと不器用な「きょうだい」なのだ。
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