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スローモーションじゃなかったのに


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:西後 知春(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
出逢いはスローモション。
この言葉がわかるのは間違いなく昭和な人だろう。
ちなみに言うと、誰かと出逢ってスローモーションになったことは一度もない。
そして、アスファルトに寝そべっている私。
好き好んで寝そべっている訳ではない。
自転車で派手に転んでしまったのである。
でも、私は知っている。大丈夫なことを。
だって、スローモーションじゃなかったから。
 
私の人生の中で一度だけスローモーションだったことがある。
こちらもまたしても自転車での事故だ。
私が19歳の頃。
予備校に通っていた頃だ。
ちょうど夏期講習が始まる日。
普段受けられない札幌では有名な先生の講義が受けられる。
勉強が楽しいかどうかは覚えていないけれども希少価値のある授業が受けられることが嬉しかった。
それなのに。よりによって寝坊。すぐに自転車で出発した。
 
その頃住んでいたアパートから予備校までは5キロほど。
結構な距離だと感じていた。
なんとしてでも講義を受けたい。その一心。
いつもと違う道を通ると、早く行けるんじゃないか?
それしかない! 
 
急がば回れ。
昔の人は良いことをいう。
でも、良いことだと気づくのは、決まって後悔しているときだ。
いつもの道だと信号が多いから無理!
違う道を通る。
頭上に、止まれ! の標識が見えた。
一瞬迷う。でも、いちいち止まっていられない。
だって、いつも止まっても誰も通らないもん。
そして、飛び出してしまった。
 
左を見ると、車がすぐ近くまで近寄っていた。
多分、そこからはスローモーションだったと思う。
ぶつかった瞬間は記憶にない。ぶつかる直前はすごく車がゆっくりと近寄ってきていた。
そして。
 
すっごい、気持ちいいー!
すっごく、ふわふわしていて。これがずっと続かないかな? と思うほど心地よかった。
そして、ものすごくゆっくりと時間が過ぎている状態。
あれ? 時間、止まってる?
そう思えるほど。
 
側から見ると、車にぶつかって飛ばされている瞬間だ。
でも、心地よい状態が続くはずもない。
 
次の瞬間、頭に激痛が走り、意識がなくなった。
 
そして、アスファルトにうつ伏せに寝そべっている。
なんで寝ているんだろう?
そう思って起きようとすると、頭に激痛が走る。
「起きないほうがいいよ」
辺りに人がいるのがその声でわかった。
でも、なんとしてでも座る状態になりたい。
だって、私の目の前には、運転手さんである男性が足を開いた状態で座っている。
股間が目の前にある状態である。
10代の微妙なお年頃。
その状態は、恥ずかしい。
でも、痛みで起き上がれない。その葛藤。
 
そのあとは、救急車に乗せられて、お気に入りのブラウスをハサミで切られて。
あー。気に入っていたのにー。
頭の激痛がひどすぎて、声にならなかった。
 
 
夏期講習は全て受けることができなかった。
頭蓋骨にヒビが入ったり、脳が肥大したり。
「亡くなる方も多いんですよ?」
そう看護師さんに言われても、夏期講習が受けられないという後悔でいっぱいだった。
何よりも、頭が痛過ぎて勉強できる気分でもなかったのだが。
 
 
「大丈夫ですか?」
声をかけられた。意識もしっかりとある。
「いてー!」
声を出して起き上がった。
全身が痺れている。
どうやら強打したところが多過ぎて、どこが痛いのかもわからない。
何と言っても、一人で勝手に自転車で転んだのだ。
恥ずかしい。ここからすぐに立ち去りたい。その一心。
「絆創膏、持ってきますね」
すぐそばにいた車の運転手さんが親切にしてくれる。
でも、すぐに立ち去りたい。恥ずかしいから。
絆創膏をもらってすぐにまた自転車に乗って、家に向かう。
左手がハンドルのグリップを握れない。
痛い。いろんなところが痛い。
 
40も過ぎているのに、自転車に乗りながら、目に水滴がたまってくる。
流れ落ちるのをなんとか我慢する。
 
 
なんだか、まずい気がする。
そう思ったのは、左の肩にリュックが当たると激痛が走る。
服を脱ぐのもやっとである。
脱いで鏡の前に立ってみると、左肩の、鎖骨あたりが変なのである。
痛い。そして、変。
何がどう変なのか分からないけれども、変。
整形外科の病院に電話してみるも、時間外なので応急処置しかしないとのこと。
痛みを我慢して翌日、病院に行った。
 
「落ち着いて聞いてくださいね。重要なところですよ」
お医者さんが言う。
その言葉を聞くとなんだか違和感が走る。
だって、私はいたって冷静。
早く、痛みを取って欲しいだけの話である。
「肩間接脱臼と言って、鎖骨と肩との骨が外れてしまっています」
え。そうですか。
「自然に治す方法と、完全に治すには、全身麻酔の手術になります。手術を希望されますか?」
流石に頭の中が真っ白になる。
結局、手術をしないで自然に治す方法をとることにした。
 
スローモーションにはならなかったけれども、かなり大きな怪我になったことは間違いない。
 
服を着るときは激痛との闘いである。
毎日、ギャオ〜っと言いながら着替える。
それ以外、あまり痛みを感じない。
鎖骨のあたりの違和感だけである。
自転車での通勤もしばらく諦めた。
それでもあの日の帰り道、痛みに耐えながら自転車に乗って何気なく言った独り言。
「生きててよかった……」
三角巾で左手を吊りながら、ちょっと痛く、恥ずかしく、毎日を過ごしている。

 
 
***

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2018-10-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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