メディアグランプリ

シングルマザーの呪縛という魔法 ~愛と尊敬を込めて~


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:高木幸久(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「お願いがあるんですが、お会いしていただけますか」
半年ぶりに彼女からメールが来た。
「大丈夫ですよ。来るときは連絡をしてね」
嫁いだ娘に久しぶりに会うような、くすぐったい心地よさを感じていた。
 
彼女との出会いは、3年半前の3月中旬、薄いコートではまだ寒さを感じる早朝に、私が参加する異業種交流会のビジターとして、一人の男性と共に現れた。受付をしていた私に、今にも消え入りそうな小さな声で、
「おはようございます。社労士事務所で働いております。よろしくお願いします」
と、一枚の名刺を差し出した。
小柄で顔に幼さが残り、ジャケットとミニスカートをはいていたら、高校生と間違えられてもおかしくはなかった。大人40人の交流会にはそぐわず、痛々しささえ感じるほどの極度の緊張感が伝わってくる。娘二人を持つ父親としては他人事と思えず、落ち着かない時が流れていた。
1時間半ほどで交流会は終了し、私がバッグに資料をしまっていると、彼女から話しかけてきた。
「レストランを経営なさっているんですね。何年ぐらいなさっているんですか」
丁寧な言葉使いが気持ちいい。
「はい、もうじき40年になりますよ」
「えっ! 私と同じくらい歳から始めたんですか? すごいですね」
「いつも若く見られますが、もう65歳ですよ。店は26歳で始めました」
「すごいですね。若さの秘訣は何ですか?」
「あなたのような若い方たちと一緒に仕事をしていて、エネルギーをもらっているからかな」
と思わず苦笑いをする。つられて微笑む彼女の顔は幼く、思わず抱きしめたくなるほど愛らしかった。
 
私の一日のスタートはFacebookやmessengerのチェックから始まる。
だから、Facebook友達の彼女が、どんな生活をしているのかは、なんとなくわかる。3歳の男の子を抱えて悪戦苦闘している様子がよく投稿されていた。ある時は泣きながら、子育てと仕事の苦悩の日々を綴っていた。19歳で子供ができ結婚、20歳で離婚して、名古屋で出会った社労士に声を掛けられ、一緒に上京してきた。その社労士は、アパートを見つけてくれたが、月給7万円でこき使い、約束と違うからもう少し給料を上げてくれますかと言ったら、アパートの契約を打ち切られ、子供と一緒に事務所に寝泊まりしろと言われ、3か月続けたが、さすがに無理と分かり、事務所を辞めた。今はクレジットカードの営業をしている。私も片親だったから、自分の母と重なりなぜか気になる存在だった。
 
土曜の午後、彼女は3歳の男の子と一緒に私の店に現れた。
消え入りそうな物腰は知り合った時と変わらない。丁寧な言葉使いも相変わらず気持ちがいい。
「実は、今住んでいるところから引っ越そうと思うんですが、まとまったお金がなくって、お願いに来たんですが……」
しばらく沈黙が続いた。
 
私も長いこと飲食店を経営しているから、何人もの人にお金を貸した経験がある。返済をきっちりとしてくる人や、お金を貸した途端に連絡が途絶える人もいる。それでも苦労をしている人を見ると、つい工面をしてしまう自分がいる。どうやら苦労人だった母親がよく言っていた「困っている人がいたら、助けてあげるんだよ」の言葉が忘れられない。
 
「分かったよ。どのぐらいいるの?」
「7万円、いいえ5万円でいいんです」
「アパート借りるのにそれで大丈夫なの? いるなら貸すよ。返すのはいつでもいいからね」
「ありがとうございます。7万円お借りしてもいいですか?」
「分かったよ。お使いなさい」
返ってこないかもしれないのにと、馬鹿だなと笑っている自分と、この子の将来を信じたいと応援している自分がいる。そんな風に揺れ動く自分を、私は好きだった。
 
1年ほど過ぎたある日、彼女からメールが来た。
「街コンイベントを始め10ヶ月、目標売り上げを達成できるようになりました。生活も安定してきました。これで遊びや趣味でやっているとは、言われなくなります。
まだまだ小さな一歩ですが、『走らず、止まらず、歩き続ける』亀のように、この商売の言葉を大切にしていこうと思います。
私には息子がいるため、日曜・祝日と18時以降に働くことができません。正社員で働いたこともなければ、車の運転もできない無資格の人間です。だけど、周りの方々に恵まれたお陰で、仕事もここまでどうにか辿りつけました。何度も失敗したし、今でも迷惑をかけてしまうことも多々あり、まだまだ勉強と改善を繰り返さなければいけませんが、まっすぐに進んでいきたいと思います。これまで助けてくださった方々や、私の側にいてくれる人たちに、そして働く環境があることに感謝しながら、自分の大好きなこの仕事を、これからも大切にしていきたいです」とあった。
 
彼女は来年再婚し、イベント会社を作る。そして披露パーティーを私の店で開催する。あの時貸した7万円も半年ほどで私の元に返ってきた。応援してよかったとしみじみ思う。これからも、母に掛けられたシングルマザーの呪縛という魔法は解けないだろう。だからこの魔法の力を、自分のエネルギーに変えて生きていこうと思う。

 
 
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2018-12-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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