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メディアグランプリ

「人生最初の贈り物は縄でした」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:蘆田真琴(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
ネット上では、自分が苦手なモノやコトを指して「地雷」という場合があるそうだ。
 
その定義でいうと、私の地雷は「自分の名前」だ。
 
昔からこの名前で損ばかりしている。
 
母から聞いた話だが、姓名判断で生後二週間にして占い師に「この子は家を滅ぼす!」と“滅びの子”の烙印を押されたのを皮切りに、以降、当然のように異性に間違えられる事象が多発した。
 
手書きカルテの診療所に行けば、カルテが異性側の棚に入っていて発見が遅れた挙句、長時間待たされ、小学生の頃には「男女(おとこおんな)」などという、なんの捻りもない、大層不躾なあだ名を頂戴した。
 
男女別の名簿には、ごく自然に異性サイドに入れられていることも何度かあったし、アルバイトに行けば「あらー、力仕事が頼めるから楽できると思ったのに〜」とパートの同僚であるご婦人に勝手に失望されたこともあった。
 
あまつ、ある一定の層からは面妖なハンドアクションとともに目の前で奇声をあげられる始末である。
 
名乗るたびに脳内で「あああ、またかよ……やっぱり名乗らなければ良かったぁ!」と天に向かって叫ぶ自分が空しく浮かんでは、消えた。
 
その繰り返しにすっかり消耗してしまい、改めて名乗る必要性に迫られる季節やイベントが来るのもゆううつになっていった。
 
自虐的ではあるとは思ったが「男だか女だか分かりにくくてすいませんねー」と明るく言ってみる作戦をとってみても、返ってくるフォローの言葉が大変切なく、申し訳なく、心で泣きながら過ごしてきた。
 
だから名乗りたくない。正直、名乗らずに済むのであれば「いやぁ、名乗る程のものでもありませんよ」と爽やかに回避したい。他人に呼ばれるのもご勘弁願いたい。声に出して読んでほしくない日本語、堂々第一位である。
 
正直言って、字面も重厚かつ堅苦しく、おまけに画数も多いので書くのも嫌なのだが、改名するための根拠に乏しく、自分で名乗りたい名前も特にないことから「現状に甘んじる他ない」と言い聞かせることにした。
 
それでも諦めきれず一度調べてみたが、金銭的コストはそんなにかかりはしないものの、これがなかなか仕込みに時間のかかる、人生の一大事業だということを思い知らされた。
 
「うん、止むを得ん!」
 
現在はそう思い、言い聞かせて日々を過ごしている。
 
だが、これまでの転職と旅を繰り返した人生で、同じ漢字表記の名前の人に3人も会うことができた。そのうち2人は男性で、お互い名乗りながら気まずそうに苦笑いするしかなかった。
 
そして、もう一人は「同じ名前・漢字表記」で“女性”だった。
 
数年前、日本海側の地方都市に一人旅に出かけた。その街の有名な観光スポットをあちこち巡って、夕食の時間になった。
 
「さて、今日の夕飯は地元料理をアテに一杯飲みたいなぁ」
 
陽が傾き、薄暗くなってきた頃にふらりと入った路地に、明かりが一つあった。外装は新しく、風に乗って微かに木の香りがした。そこは地元の日本酒が飲めるお店だった。目立つ看板はなく、暖簾に店名が書かれていた。
 
自分の名前と漢字が同じだ……
 
ふと興味が湧いた。
 
地雷原に自分から突っ込んでいくなんて無謀にもほどがあったが、地酒と旅の高揚感といくらかの好奇心につられて暖簾を潜り、戸を開けた。
 
木の香りがする店内にはカウンターとテーブルがあり、明るい雰囲気だった。地酒の飲み比べセットとご当地のお惣菜を注文し、話しかけてきてくれた常連さんたちを交えて女性店主と話をした。
 
店の名前は店主の名前だった。
 
お酒の勢いで、自分の名前と店の名前が同じだと話すと、会話は更に盛り上がった。常連さんたちも「すごい偶然だ」「シャレみたいだ」「店の名前と同じ人がお客さんとして来るなんて、こんな事あるんだなぁ」と面白がってくれた。
 
店主も自分の名前を、店に冠するくらいだ。誇りと信念をもって店を経営しているのだろうと推察できたし、会話からもそれが伺えた。
 
思えば自分の名前を名乗ってマイナス感情に陥らなかったのは、この時が初めてだった。
 
この旅の出来事をきっかけに、私はようやく過去の名前にまつわる話を笑い話のように捉えることができるようになった。
 
とはいえ現状、この名前でこのような文章を書いているが、今でも正直恥ずかしいし、名前に対するマイナスのイメージは完全に払拭できてはいない。
 
その人らしい名前がついた人を見ては羨ましいと思うし、優しい雰囲気の名前に憧れもする。また昨今多くなったキラキラネームについては「読めぬ」と首を傾げもするし、できれば再考した方が良いとさえ思う。
 
「名前は最初の贈り物」という言葉もある。これからその“最初の贈り物”を贈られた見知らぬ誰かが、私のように長く、心をきつく縛る縄を贈られないことを外野ながら祈るばかりである。
 
 
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2019-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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