メディアグランプリ

不眠は寝ぐせになるか


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:本井彩香(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「あれ、今日おでこ出してるんだ。珍しいね」
内心ぎくっとする。
「朝起きたら寝ぐせがひどくて……」
朝に出勤してから何度同じことを言っただろう。
また、前髪の分け目に手が伸びてしまう。目立たないよう黒いヘアピンにしても、こうしていじっていれば気づいてくださいと言っているようなものだ。けれど、額がひんやりするのが慣れなくて、気になって仕方ないのだ。
あーあ、寝ぐせ直してくるべきだったかな。
といっても、普段と違うことに妙な恥ずかしさを感じているのは私だけで、周りは「ふーん、そうなんだ」と大して気に留めていない。
 
こんなことがあったから、寝ぐせが上手く直らない日は、ちょっとだけ気分が沈んでしまう。
私にとっての寝ぐせは、人によってさまざまだと思う。
例えば、毎朝テレビでやっている星座占いで、自分の星座が最下位だったとき。すぐに気持ちを切り替えられる人もいれば、ため息の数がいつもより多くなってしまう人もいるだろう。
 
日常のちょっとしたことだったら、すぐに解決する。
明日はいつもの前髪に戻っているし、星座占いだって、何日も連続して最下位になることはない。周りは気にしないし、一週間後にはきっと気にした本人も忘れている。
問題は、本人にとって一日の気持ちを左右するできごとが長く続く場合。
 
「最近眠れなくて辛くて……」
ある日、怠そうにため息をつきつつ、友人が言った。
お互いに忙しかったので、会うのは久しぶりだった。昼食を共にしながら近況を話していたが、以前よりやつれたように見える彼女の様子が気にかかった。
彼女が選んだメニューは日替わりの定食。メインは魚の照り焼きで、てらてらと濃い色をした半身にはゴマがふってある。湯気ののぼる味噌汁とふっくら盛られた白米との相性は抜群に見える。しかし、当の本人はあまり食欲もなさそうで、魚の身をひたすらほぐしていた。
私はちゃんぽんの麺を啜ってから、身に覚えのある話に、うんうん、と頷いた。
「なんかあったの?」
「やらなきゃいけない仕事がいっぱいあって、考えてたら、気づいたら明け方になってる」
「あー、あるある」
「どうやったら眠れると思う?」
私は不眠症だった頃のことを思い出してみた。
 
今の会社に入社して4年目のこと。就職先に技術職を選んだのが自分とはいえ、親子ほど歳が離れているベテランに囲まれ、数少ない20代の同僚は優秀な人ばかり、という環境にすっかり自信をなくしていた。間の悪いことに仕事以外の人間関係でもすれ違いがあり、全て自分が至らないせいだと思いこんでいた。
毎日、ベッドに入って考えるのは、今日だめだったことの反省と、明日やらなければいけないことの確認。
だめだったところを上げていくと、どんどん気持ちが沈んでいく。だめな自分が永遠に続いていくような気がしてくる。
だんだん、明日が来るのが怖くなっていった。怖いから、眠りたくない。でも眠らなければ、明日やるべきことができない、だから眠りたい。相反する気持ちの板挟みになって、無理矢理目を閉じて、何時間も布団の中でじっとしていた。ときどき時計を確認しては、朝まであと5時間しかない、寝ないとだめだ、でも寝たら朝が来てしまう、といった具合に起床時間までのカウントダウンをしながら、ぐるぐる同じことを考え続けていた。
 
「ベッドに入ってからは現実のことを一切考えない。これが一番の対処法かな」
言ってみたものの、それができるまで、どんなに難しかったことか。
案の定、友人は渋い顔をした。
「考えないようにしようと思っても考えちゃうから困ってるんだけど。もういっそ睡眠薬飲もうかな……」
「それもありだけどね」
ただ寝るだけなら、睡眠薬に頼るという手もある。
私も最初は処方してもらった。効き目は個人差があり、私にはよく効いた。
睡眠時間が長く、最低8時間は寝ないと気持ちよく起きられないので、最初は効果があることに安心した。
とにかく最低8時間、眠ることができれば良いと思った。
たしかにとてもよく眠れた。
起きてからも一日中眠くてたまらず、仕事中に何度も意識が飛んでしまうぐらいの強烈な眠気だった。
ならばと就寝時間を早めてみたが、眠気は解消されなかった。何時間でも際限なく寝ていられる。そのうち朝起きることができなくなり、会社を休んで一日中寝ていることもあった。
けれど、浅い眠りになると嫌な夢ばかり見るので、いつも疲れていた。体は休めているはずなのに、実感がなかったのは心が休めていなかったからではないかと思う。
睡眠には量だけでなく質が大事なのだと気づくきっかけになった。
それからは睡眠薬をやめ、悪いことばかり考えてしまうくせをどうにかしようと考えはじめた。
 
「私が今でも実践している、とっておきの方法があるよ」
お茶を飲んで、切り出した。他の人に話すのは初めてだったので、少し、勇気がいった。
なかなかない方法だと、自分でも思っているので。
「寝る前に物語を作ること。それも、ファンタジー大長編が良い」
現実から離れていればいるほど良い。
終わりは絶対ハッピーエンドの物語。
てきとうに設定を作って、あとは頭の中で動かすだけ。自分のためだけに作った世界で遊ぶのだ。
起床まであと何時間、とカウントダウンするよりも楽しいし、落ち込むことがないので気持ちよく眠れる。たまに面白い展開になると興奮で目が冴えてしまうことがあるのが難点だが。
 
「その発想はなかった」
友人は面白がって笑ってくれた。
試してみてくれるらしい。
次に会ったとき、結果を聞くのが楽しみだ。
 
 
 
 
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2019-05-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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