メディアグランプリ

星の輝く夜のつぶやき


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記事:益田和則(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「…………」
「………………………………」
 
私は、あの時、この世に生まれて初めて、声に出せない、言葉に表せない恐れを感じました。
心臓はドクドク、のどはカラカラに乾いておりました。
「こんなことがあっていいのだろうか、ありえないだろう!」
 
あれは、たしか、私が小学生高学年だったか、すでに中学生になっていたかもしれません。
 
宇宙を題材にしたテレビ番組を見た日の夜でした。私は、いつものように一人で布団の中に入ったのですが、暗闇の中で、まんじりともせず目を見開いていました。先ほどテレビで見た宇宙の光景が、わたしの目の前に広がっていました。行けども行けども、音のない暗闇が続いています。「無限」という概念が、私の心を震撼させていたのです。無限に広がる宇宙空間、無限に続く時間……。その中に、私はいない。私がいなくなった後も、誰ひとりいない無限の空間が永遠の時間を刻んでいく……。
 
私が、初めて「死」というものの深淵を垣間見た瞬間でした。
 
それ以前に、おじいちゃんの死を眼前で見たこともあり、生あるものは死すべきものであると、もちろん知っておりました。しかし、この時初めて、自分が死すべき運命にあること、そして私が存在している世界というものは、私の存在など関係なしに存在し続けるものだと、自分と世界の関連性を理解しました。
 
いわゆる、「自我の目覚め」と言われているものの、ひとつの現れでしょうか。
 
その後も、死に対する恐れは、ずっと私に憑りついて離れなかったのですが、それと向き合って生きることで、私というものが、形作られてきたように思えるのです。
 
「限りある命であるからこそ、生を輝かそう」
 
死は逃れられないものとして受け止め、それをポジティブに捉えて生きてきたと思います。死の恐怖が、あらゆることに挑戦する原動力となっていたと思います。今まで、死に追っかけられて、駆け足で生きてきたという感じです。
 
さて……
そんな私も、人生の折り返し地点に差し掛かったわけですが、一度立ち止まり、もう一度、死について、そして、いかに生きるかという事について考えてみたいと思うようになりました。人生の峠を登る時と、下る時では、見える景色が違ってくると思うのです。
 
死を恐れるものではなく、もっと寛容に受け止めることができたら、人生の豊饒の時をゆっくりと楽しみながら歩んでいけるのではないかと思うのです。
 
そんなことを想っていると、頭に浮かんでくるのが浦島太郎のおはなしです。というのも、この頃になってはじめて、乙姫様が太郎に玉手箱を持たせた理由、そして、太郎が玉手箱を開けた気持ちが痛いほどよくわかるようになってきました。
 
乙姫様は、人間の本性、特に男性の本性というものを深く理解していたのだと思います。太郎は、生まれた村にいる両親、友達に会いたくて、夢のように楽しい竜宮城を去る決意をします。村へ帰ってきた太郎は、自分が知っていた人たちがすでにこの世から消え去っているという現実に直面します。残念ながら、太郎には、今そこにいる人たちと新しい人間関係を築き、新しい生活を始めることができませんでした。
 
男性に、ありがちなことですね。男性は、長年連れ添った伴侶と死別すると、それを追うように他界することがよくあるようです。過去の思い出に執着し、なかなか前に進めないようです。太郎という男の本質を知り尽くしている乙姫様は、太郎が村に帰っても、新しい人間関係を築けず、また、一人で生きていくこともできないであろうと予見していたのでしょう。
 
おはなしでは、太郎は、淋しさのあまり玉手箱を開けて老人になってしまいますが、開ける前から、太郎の心は老人になっていたのだと思うのです。老人とは、慣れ親しんだ環境から脱して、未知の世界で生きていく意欲、能力を失った人のことであると私は思います。
 
私も、太郎の立場なら、「ひとりで生きて行く」ことは、「死ぬこと」よりもつらいことだと感じたかもしれません。
 
私は、数年前に、最愛の伴侶をなくしました。しかし、人生100年の時代、これからまだ長い道のりを歩いていかなければなりません。私も強い人間ではありませんから、これから先、一人で生きて行くと思うとぞっとします。おそらく一人では楽しく生きていけないでしょう。
 
しかしながら、新しいパートナーを見つけ、新しい生活を始めていこうとする意志と意欲はあります。ま、私も、婚活サイトや各種サークルなど出会いの場がない太郎の村に帰ったのなら、あきらめて玉手箱を開けたかもしれませんが……。
 
とにかく、私だけでなく、多くの人は愛する人がいない、一人の世界では生きていけないと思うのです。ましてや、「大宇宙の中で、独りぼっちで、永遠に生きて行くこと」私には、これほど恐ろしい地獄は思いつきません。
 
人は、愛する人たちとの関係性の中で、初めて生きることができるのだと思うのです。
 
という事で、これからの人生、愛する人たちとのひと時、その瞬間、瞬間を大切に生きて行きたい思うのです。そして、今、私の周りにいる大切な人たちに加え、新しい出会いを求め続けて生き続けたいと思います。
 
そして、浦島太郎のように、新しい世界を開拓していく意欲を失い、愛する人がいなくなったならば、自らの手で玉手箱を開き、死をありがたく享受したいと思うのです。
 
最後にもう一点。星空を眺めて思ったことがあります。
私たち人類は、いずれは消えゆく運命にあるということを思うと、やるせない気持ちになります。しかし、その一方で、われわれは宇宙全体とともに、時の流れの最先端に立っているということも事実なのです。「なんでも起こりえる無限の可能性の中で生きている」ということを自覚することで、勇気がもらえるように思うのです。
 
ということで、私の運命の人は、いま、世界のどこで、何を想っているのでしょうか……。
とりあえずは、まだ見ぬ運命の人との出会いの可能性を信じて、今日を生きていくことにします。
 
 
 
 
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2019-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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