メディアグランプリ

消えない花火


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:植咲えみ(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
 
※この物語はフィクションです。
 
 
「ちょっと先に行かないでよ!」
美香は足を痛そうにしながら、駅をすたすたと歩く圭一を追いかけていた。
荷物もあるし、新調した下駄がこすれてちょっと痛い。
 
花火大会の会場までは駅前の歩道橋を渡って向こう側の土手沿いに行かなければならない。
 
会場周辺は例年通り人でごったがえしていた。
 
もう辺りはすっかり暗くなり、遠くに見える土手沿いに並んだ出店のライトだけがまぶしく光っていた。
 
美香はすでに圭一を見失いかけていた。
 
圭一は美香を振り返ることなく、もくもくと歩き続けていた。
 
圭一とは幼馴染だし、デートといっても今更といった感じだ。
「しょうがないなぁ」
 
美香は痛む足をだましだまし、なんとか歩道橋までやってきた。
しかし圭一の姿はなく、完全に見失ってしまった。
「せっかくの花火なのに、何やってるのよ、もう」
美香はため息をついて歩道橋の脇のガードレールに腰を下ろした。
 
この花火大会が行われる土手沿いは、いつもは二人が高校に通う通学路だった。
普段静かなこの道も、この花火大会の時期だけは人であふれ、様子が一変する。
 
去年はこの歩道橋で、ドミノ倒しになった事故があったらしい。
注意喚起の看板が出ていた。
 
今年はちゃんと事故対策をしているのか、去年より警備員が多い。
 
よく見ると歩道橋の脇に、白い花が置いてある。事故の遺族が置いて行ったものだろうか。
 
そんなことに気を取られていると、急に「ぱぁん」という音とともに花火があがった。
 
「あ、花火!」
 
小さな女の子のはじけるような声が聞こえた。
 
周囲からはため息のような歓声が聞こえた。
 
毎年来ている花火大会だが、ちょっと出遅れてしまった。
今年はこの歩道橋の脇から見ることになりそうである。
 
歩道橋の上の方に、圭一らしい人影がちらりと見えた。
私を探しているのだろうか、歩道橋の上から下をじっと見まわしているようだった。
圭一の姿を見つけ、美香はちょっとほっとした。
 
圭一とは小学校からの同級生で、家族ぐるみの付き合いだった。
 
花火を一緒に見るのも毎年恒例だったが、中学生になるとお互い意識しだして一緒に行くことがなくなった。
 
高校生になると、どちらからともなく付き合うことになり、再びこの花火大会に一緒に行くようになった。
 
同級生に会ったらなんとなく恥ずかしい。
でも今日の花火大会くらいは暗闇にまぎれて、外でも手をつないでくれてもいいのに、美香はそう思っていた。
熟年夫婦のように、何も言わなくても分かりあえる仲だけど、言わなきゃわからないことだってある。
 
明日は圭一の誕生日だから、この花火大会の後にプレゼントを渡すつもりだった。
「来年も、また一緒に花火行こうね」
プレゼントにはそんなバースデーカードをつけた。
花火柄のかわいいカード、私もなかなか乙女である。
 
「美香」
私の名前を呼ぶ声がした。
しばらくすると圭一が歩道橋の上から降りてきた。
どうやら私に気づいたようだ。
 
なんだかんだ優しいのである。
 
「ちょっと圭一、浴衣だと歩きにくいんだから、ゆっくり歩いてよ」
美香はふくれてみせる。
 
圭一は申し訳なさそうな顔をして、一緒に花火を見上げた。
 
今年の花火もキレイだった。
 
だけどここからではちょっと見えにくい。
歩道橋の上からならよく見えるかもしれない。
美香は階段を登ろうとした。
 
しかし歩道橋はすでに花火を見上げる人で渋滞していてなかなか動けなかった。
「危ないですから押さないでください」
警備員がしきりに叫んでいる。
 
「そういえば去年は結局どこで見たんだっけ」
 
毎年来ているせいか、なんだか記憶が曖昧になっていた。
 
たしか去年はバイト先で浴衣の着替えをしてそのまま来た。
荷物を駅の裏手にあるコインロッカーに預けに行ったはずだった。
 
ぎりぎりだったから圭一は先に場所を取りに行ってしまったような気がする。
 
結局コインロッカーは埋まってしまっていて、仕方なく荷物を持って圭一の後を追ってこのあたりに来たことまでは覚えている。
 
そのあとどうしたんだっけ……
 
そろそろ花火はクライマックスに近づいていた。
 
「先に行かなければよかった……」
圭一はつぶやいた。
 
「え、なんて?」
花火の音にかき消されて、よく聞こえなかった。
 
最後の花火があがり、やがて会場にアナウンスが響く。
花火を見ていた人が徐々に駅の方に戻ってくる。
歩道橋の周辺もざわざわと動きだしてきた。
 
今年の花火ももう終わりだ。
「圭一、そろそろ帰ろう」
美香が声をかける。
 
すると圭一はおもむろにカバンから一冊の本を取り出した。
 
美香が好きな小説の続編だった。
 
いつの間に続編なんて出たのだろう。
私の好きな本を見つけて買っておいてくれたのだろうか。
 
美香はうれしくなった。
 
しかし何を思ったのか、圭一はその本を歩道橋の脇の白い花の横に置いた。
 
そして手を合わせてそっとつぶやいた。
 
「美香、また来るからね」
 
一緒に見られなかった花火は、いつまでも圭一の心から消えることはなかった。

 
 
 
 
***
 
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2019-08-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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