国際教養学部という階級社会で生きるということ《川代ノート》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」に参加したスタッフが書たものです。
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スタッフ川代です。
「どこの学部なの?」
「国際教養学部だよ」
「ふーん、何を勉強してるの?」
「……」
こんな会話を在学中に何回したでしょうか。
私は国際教養学部という学部で四年間勉強してきました。けれど、具体的に何を勉強してきたのか、研究してきたのかを明確に言うことはできない。何故なら、国際教養学部とは、「英語」で「一般教養」を「幅広く」身に着けることで、「国際的な」視野を深める、というコンセプトの学部だからです。
授業は社会科学から人文科学、また統計学や脳科学のような理系の学問まで、幅広い分野の授業が用意されていて、学生は好きな分野を自由に選択できるようになっています。
特徴としてあるのが、国際的に活躍できる人物を育てる、という意味で、学部内での公用語がすべて英語ということ。学部の三分の一は留学生で構成されているので、グループディスカッションなどをしても英語を話さざるをえなくなるのです。
もちろん英語が出来ない学生用に、トーフルのスコアに一定数足りないと英語の補講の授業を受けなければならない、などサポートはありますが、私のような母国語が日本語の生徒にとっては、ひいひい言いながら、英語の授業を聞き続け、英語でレポートを書き、英語でテストを受けるという過酷な環境であることには間違いありません。
私が国際教養学部に魅せられていた決定的な理由はもう一つあって、必ず留学が出来て、しかも四年で卒業できるということでした。私の学部では日本人の学生は海外に留学するのが必須で、その地域はかなり広範囲。定番のアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアから、トルコなどイスラーム圏、スペイン、イタリアなどヨーロッパ、中国や韓国など、世界中に提携校があるため、生徒は努力して選抜に勝ち残れば、自分の好きな国を選んで留学できることになります。
しかもカリキュラムの中に留学が組み込まれているため、留年もしなくてよし。就活の時期よりも前に帰ってこれるので、留学を売りに就活も出来る。グローバル化が進んでいる中で、英語でディスカッションが出来て、コミュニケーション能力も高く、「企業ウケ」もいいというわけです。
どうですか?「おおっ、めちゃくちゃよさそうな学部だなあ~。時代のニーズに合ってるなあ~」と思いましたか?
私もそう思って入学しました。かっこよくて、楽しそうで、明るくて、英語が話せて、教養が深くて。そういうカッコイイ人間に成長して、グーグルとかゴールドマンサックスとか、カッコイイ外資系企業に入って世界を股にかけて働くんだ、と。
けれどまあ、当たり前ですけれど、入る前には見えていなかったいろんなことが、入ってからはまあ随分とよく見える。それはもちろん入学してみないとわからないことなのですが。
はっきり言ってしまえば、めちゃくちゃシビアな世界でした。
半年も受ければ英語は分かるようになるよ、と言われていた授業も、なにがなんだかさっぱりわからず。入学するときなんて、受験英語をちょっとかじった程度のリスニング力ですから、それでアメリカの政治の話や、ビジネスの話をされても何のことやら聞き取れず。集中していないと聞き漏らしてしまいそうなので、耳をずっと先生の方に向けているのですが、それだとノートが取れない。後から見返してもなんのことかさっぱり分からない。しかも先生にもばらつきがあって、海外でも教えていた外国人の先生の授業よりも大変なのが、日本人の先生で、英語があまり得意ではない先生の授業です。「国際教養学部」という授業の建前上、所属する先生は何があっても英語で授業をしなくてはならないので、先生自体が苦手な英語で無理やり単語を並べて説明、ということも多々あるのです。先生の英語の説明がよく分からないので、当然多くの生徒は集中できずにサボりがちになり、単位を落とす、というのはよくある話です。
けれど「純ジャパ」(=純粋ジャパニーズ)と呼ばれる、英語が話せない母国語が日本語の生徒にとって一番キツイ瞬間と言うのは、ユーモアのある外国人の先生が授業でジョークを言ったときに、まわりのみんなが笑っているのに、自分だけみんなが何故笑っているのかわからないというときです。こういう場面に限らず、飲み会とかでもみんなが笑えているのに自分だけ笑えない、という状況は結構精神的にキツイというのは想像がつくと思います。英語が堪能な人にしか分からないジョークに、自分以外の全員が爆笑している。自分がいかに無能か、他人よりも劣っているか、ということを思い知らされるわけです。
しかも、「英語で一般教養を学ぶ」学部なので、専門分野がないのです。必修も少なく、好きな授業をとれるので、自分が何について詳しくなったのか、何について研究してきたのか、ということがはっきりと明言できない。まんべんなく、なんとなくは分かるけれど、語れるほどじゃない、というくらいの知識です。
そんなわけで、ばりばりの「純ジャパ」、しかも補欠でギリギリ入学した私にとっては、この大学生活は苦悩の日々でした。「純ジャパ」という言葉がある時点で想像はつくと思いますが、この学部にははっきりとしたヒエラルキーがあります。そのヒエラルキーは大体において、「英語が流暢に話せるか否か」という判断基準、それに加えて「なんとなくアメリカっぽい雰囲気、人柄」で出来上がります。
まず一番上は留学生。アメリカやイギリスだけでなく、中国や韓国など、海外からの学生は優遇されます。多くの日本人(だいたい純ジャパ)も、留学生と友達になりたいという思いがあって、国際交流サークルで仲良くなったりします。
二番目は帰国子女。幼少から英語圏で暮らしているから英語がペラペラで、もちろんその話し方、発音、服装などから一目で「帰国子女」であるとわかるような。明るくて社交的で、見た目もさわやかかつファッショナブルであることが多いので、純ジャパにコンプレックスを抱いている学生からすれば一番苦手な存在です。
三番目は「出来る」純ジャパです。純ジャパのなかにも、海外に住んでいたことはないけれど英語を昔から勉強していたり、短期留学に行っていたりと英語がもともと好きで得意、というタイプがいます。彼らは自分の優秀な力で留学生、帰国子女とも差を感じさせないほどの語学力を身に着けているため自信があふれ、それほど学部内での差を気にしていないと言えるでしょう。
そして最下層の四番目が、ばりばりの「出来ない」純ジャパです。彼らは入学した当時に出鼻をくじかれ、英語コンプレックスに苦しめられます。英語の発音も悪いために話すと一瞬で純ジャパだということがばれてしまうので、なるべくグループディスカッションのあるクラスはとりたくない、楽にとれる授業をとろう、というタイプ。劣等感があるので、なるべく帰国子女や留学生とは仲良くしようとしませんが、裏では憧れがあって、出来ることなら外国人の友達がほしいと思っているのです。
私はもちろん四番目、「出来ない」純ジャパです。入学当初、自分の出来なさ加減に打ちのめされて、本気で鬱になりそうなほどに苦しんだこともありました。英語が話せないこと、英語がわからないこと、自分だけ出来ないこと、足手まといになること、ディスカッションで話に入れないこと……。ペラペラ話せるみんなのなかで、発言できない自分。「あなたはどう思うの?」そう言われて、答えるのに時間がかかる自分。英語が流暢じゃない自分。発音が思いきり日本人な自分。そしてそれを「ああ、この子は英語ができないんだな」と憐みの目で見てくる留学生や帰国子女たち・・・。
自分の努力でもなんでもなく、親が海外で働いているから英語が話せるだけだし、苦労して一般受験してきた自分たちとは違って、英語だけ話せれば受かるAO入試で楽して入ってきただけなのに。英語以外の教科も頑張ってきた私たちの方がよっぽど偉いのに。あんなやつらに私たちを見下す資格なんてないのに、どうしてこんなに見下されなきゃいけないんだろう。必死の思いで入学したのに。
そう思ってきました、ずっと。大学生活中、授業中、気が休まることなんてなかった。ずっと自分は社会の縮図で生きているような気がしました。きっとどこに行ってもこういうヒエラルキーの一部として生きるしかないのだろうと。そして、私はグローバル社会なんかに適応することは到底できない、とも思いました。
結局私はどこに行っても見下されるし、英語が話せないというハンデを一生抱えることになる。
本当にこの学部は、階級社会なんだ。世界は所詮階級社会によって成り立っているんだ。
国際教養学部なんて、むかつく。
ずっとそう思って、三年間、なんとか自分をギリギリのラインで保つように生きてきました。
けれど、留学して、帰ってきて、就活を終えて。
四年生になって。
なにかが変わっていることに、ふと気が付きました。
大学生活にも慣れてきて、自分をじっくり見つめ直す時間も持てて、授業も以前より楽しんで出られるようになって。気がつけば、忌み嫌っていたはずの帰国子女の友達と、仲良く飲みに行ったりしている。
彼らは本当に素直で、純粋で、勉強を真剣に楽しんでいて。
きっと私たち「純ジャパ」を見下そうなんて発想すら、浮かんでいなかったんじゃないか、と。
自分のやりたいことや、夢や、面白いことにひたむきで、自分の知りたいことをとことん追求している。私が英語をうまく話せなくても、さりげなくサポートをしてくれる。
そこで気付いたのです。国際教養学部の階級社会は、きっと純ジャパが生み出したものなのだろう、と。
英語が出来ない自分。国際的な雰囲気にうまく馴染めない自分。他より劣っているという自覚があるのに、追いつこうと努力も出来ない自分。
でも努力はしたくなくて、必死になっている自分もカッコ悪いから、そういう自分を正当化しようとして、階級社会のせいにする。英語が出来ないのは自分じゃなくて、周りの人間や社会のせいにしてしまえば、いちばん楽だからです。劣っている自分への言い訳が、このヒエラルキー。
でもきっと、それは純ジャパが持っているものだけではなく。帰国子女だって同じように、コンプレックスを持っているはずで、日本の文化にうまく馴染めない自分に劣等感を抱いたこともいくらでもあったでしょう。以前、帰国子女の先輩が話していました。「帰国子女だということが本当に嫌だった。中学でも高校でもからかわれた。大学ではいろんな人がいるから、ようやく素の自分でいられるけれど」、と。
日本へ留学しているアメリカ人の友人も言っていました。「授業ではみんな固まっているから、日本人の友達が出来なくて寂しい。自分はこんなに日本の文化が好きなのに」。
一番上は留学生、とか、その次は帰国子女で、とか。純ジャパは何しても上にはいけないよね、とか。
くだらない思い込みでした。
実際にそんな階級社会にとらわれて、本当に純ジャパを見下している外国人や帰国子女など、もちろん少しはいるでしょうが。他人を見下すことでしか自己を保てないような人たちなど、気にせずに自分のやりたいことを全うすればよかったのです。
留学生も、帰国子女も、純ジャパも、関係ない。そういう枠で分けること自体がくだらない。誰だって違う人間で、帰国子女でも明るくない人もいるし、アメリカンな雰囲気を出していない人もいるし、純ジャパでも英語が出来なくても、自分の得意な分野を追究して、才能をのばしている人もたくさんいる。
「純ジャパは見下されてる」、という考えなんて結局は思い込み、被害妄想にすぎないかもしれない。
「みんな一緒じゃなきゃいけない」という固定観念にとらわれた、日本人ゆえの、少数派が苦しむ縮図に、自ら追い込んでいただけかもしれない。
けれど苦しんでいるなかで、疎外感を感じるなかで、「帰国子女は純ジャパを見下しているに違いない」とか、「純ジャパがどれだけ頑張っても帰国子女には追いつけない」とか、そういう偏見を持たずに生きるということは、本当に難しい。
結局私も、そんな偏見にとらわれて三年間過ごし、四年生になってようやくその事実に気が付いたのです。
単純なことでした。
自分に自信がないなら、周りも気にせずに、何も気にせずに、ただ自分が頑張ればいいだけ。英語が話せないことにコンプレックスがあるなら、話せるようにちゃんと努力すればよかった。たいして努力もしていない人間に、見下してくる他人のせいにする資格はない。
世の中にはどれだけ、思い込みだけで出来上がっている階級社会があるのでしょうか。
ひがみ、そねみ、ねたみ。
一番上にいる、一流の人たちは、そんなこと微塵も気にしたこともないし、そういうことについて、考えることすら思いつかなかった、という感じなのに。
天狼院店主三浦もそうです。
ヒエラルキーとか、自分は上か下かとか、業界の中での自分は他人より上かとか、どれだけ偉いとか。
そういうことを一切気にしない。
ただ、「やりたいこと」「面白いこと」それを追究したいから、その夢を実現するために日々奮闘しているだけです。
「本当にくだらないよ、そんなこと」。
そう言っていた三浦の顔は、ギラギラと輝いていて、常にずっと先の未来を見つめる瞳をしていました。
私は、本当にこの学部に入ってよかったのか、どうか。
苦しんだのは、たしか。自分を何回も嫌いになったのも、たしか。
だけど、何度も何度も苦しんで、紆余曲折を経て、おかげで今の私があるのだとすれば、間違った道ではなかったのでしょう。
素直に、「この学部が好きだ」、とは言えないけれど、自分を鍛え上げてくれた場所、という意味で言えば、本当に感謝しています。
残り少ないこの学部生活で、出来るだけ、偏見を持たず、被害妄想にとらわれず、いろんな人との出会いを、大切にしたいと思います。
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