みんなの幸せを生みだす、介護というコミュニケーション
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:根岸哲史(ライティング・ゼミ平日コース)
「介護されるようにはなりたくない」
「認知症になってまで生きていたくない」
「介護で周りに迷惑はかけたくない」
そう口にする人は少なくない。自分が介護を受けることは考えたくないし、自分が介護をすることも遠慮したい。介護ほど人を遠ざけるネガティブな言葉も、そうそうないだろう。
私自身もそう思っていた。
以前、病院に勤めていたことがある。病院には数多くのお年寄りがやってくる。待合室で元気におしゃべりしているお年寄りもいれば、そうでないお年寄りもいる。杖をついたり、車いすにのせられたり、ベッドに寝たきりだったり、認知症を患っていたり。介護を必要とするお年寄りたちだ。その表情は一様にうつろで生気にかけていた。
祖父のこともあった。祖父は亡くなる半年前にいちどだけ自宅に帰って在宅療養をしていたときがあった。久々に会いにいった祖父はずいぶんと暴力的で、横で聞いているのがつらいほどの暴言を祖母に浴びせていた。変わりように呆然とした。後から認知症の症状だったと気づいた。
分かっていたなら、最後をもっと穏やかにできたかもしれないなと、いまもすこしだけ悔いる気もちがある。親が介護を必要とするようになったらどうしたらいいだろうと思えば、決して明るい気分にはなれなかった。
そんな私の介護へのイメージを一新してくれた場所がある。
湘南は藤沢市にある「あおいけあ」という介護事業所である。あおいけあは、利用者の自宅に訪問する訪問介護と、日中にお年寄りに来てもらうデイサービス、一時的に宿泊を受け入れるショートステイをミックスした、小規模多機能型と呼ばれる介護施設だ。
あおいけあの存在は医療や介護を学ぶ勉強会で知った。実際に訪ねてみて驚いた。
介護施設なのに出入り口に鍵がかかっていない! 利用者が勝手に出ていかないように自由な出入りを許さないのが介護業界の常識だ。徘徊の末に事故にでも会われたら責任問題だからだ。でも、あおいけあでは鍵をかけない。
あおいけあを立ち上げた加藤忠相さんは言う。「お年寄りだってひとりの人間ですよ。ぼくらだって鍵をかけられて閉じ込められたら嫌でしょう? 自分が嫌だと思うことはできないですよ」と。
健常者の介護職も認知症のお年寄りも、ひとりの人間として対等。だから、鍵をかけない。当たり前のようで、当たり前ではない世界がそこにはあった。
お昼の時間になって、また驚いた。利用者さんのお昼ご飯を作ろうとキッチンで包丁を握っているのは利用者その人だった。認知症の利用者が刃物を握っているなんて……
またも加藤さんはどこ吹く風だ。「この方は、ずっと、何十年も、家族のために毎日ご飯を作ってきた方。ご飯を作るのは、この方にとって、大切な役割なんです。どんなに認知症が進んでも、包丁の使い方だけは体で覚えていますから、ケガするなんてことはありませんよ」
極めつけは、庭に植えられた立木の剪定を、これまた利用者の男性が、大きな剪定ばさみをもって、高い脚立にのぼって、していたことだった。いまにも転ばないかとハラハラする。けれど、この男性も植木職人として長年仕事を続けてきた方だから、何ひとつ問題はなし。立木の世話はみな彼がしているそうだ。
加藤さんは「役割」という言葉を繰り返し使った。衰えても、認知症が進んでも、人がひとりの人であることに変わりがない。役割があるということは、その人がこの社会に必要とされる存在だということ。危ないからといって、介護者が、大切な役割を取り上げることが、果たして、その人のためになることだろうか。そんなはずがない。それが介護であるはずがない。
あおいけあのお年寄りの表情は、私が病院で見た表情とはまるで違った。生き生きとして生気にあふれていた。そして、みな、明るく、笑っていた。幸せそうだった。私の祖父もここに来られたら最後まで自分の役割を全うできただろうかと思った。電気工事士として街のみんなの暮らしを支えてきた人だったから。
あおいけあは介護という仕事へのイメージも一新してくれた。人はたしかに衰えていく。できないことが増えていく。でも、まだできることも残されている。だから、介護はできなくなったことのお世話をすることではなく、まだできることを生かしてあげること、そうして、最後まで、その人の人としての尊厳を守ってあげること、それが介護の仕事なのだと、あおいけあは教えてくれた。
だからだろうか、あおいけあでの介護の仕事には暗さはなく、誇らしげでさえあった。
あおいけあに教えてもらったこと。人は介護されるようになっても不幸じゃないということ。認知症になっても最後までその人らしい人生を幸せにまっとうできるということ。そして、そんな幸せを現実のものとできる介護の仕事は、ほんとうに価値の高い仕事であるということ。
「できないこと」にではなく「できること」に目を向ける。そして、その良さを輝かせて、幸せを生みだす。それは介護だけにかぎらず、誰かとコミュニケーションをすることすべてに共通する、大切な教えだと私は思う。コミュニケーションの授業があるとしたら、あおいけあの介護は、きっと、その最良の教科書になるはずだ。
もし介護に対してネガティブな思いを抱いているなら、もしコミュニケーションに課題感を抱えているのなら、いちど、湘南藤沢市にある、小さな介護施設、あおいけあを訪ねてみてはいかがだろうか?
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