刑事ドラマは突然に
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:末本はるか(ライティング・ゼミ平日コース)
「誰ですか!」
自分の家でこんな言葉を叫ぶなんて想像もしていなかった。
完全に油断していた。忘れていた。ここは修羅の国だということを。
北九州に住んで1年半。引っ越す前は「生きて帰ってきて」「自転車はみんなでシェアする街なんだよ」「暴力団に気をつけて」と散々言われ、そんなところで学生生活を送れるのかと心配でたまらなかった。
住めば都というのは本当で、毎日サイレンとやたらでかいエンジン音が聞こえる以外は特段困ることもなく楽しく暮らせている。
そんな風に思っていた夏休み真只中。地元から遊びに来た友達2人と久々の再会に盛り上がり晩酌をした。ウイスキーとカクテルのちゃんぽんから一人でワイン一本開けた私はもちろん朝9時を過ぎてもぐっすり。それでもアルコールを摂取した身体。喉が渇いてだんだんと目覚めてくる。
何か妙だ。何がとはわからないが不思議な気配を感じる。
あ、友達が私を起こすか迷っているのか。何今更気を使っているんだか。と気をきかせて、起こされる前にとベッドから起き上がり目を開けた。
そこにいたのは華麗にベッドの上で壁ドンを決める男だった。
正確には壁に手を当て私を覗き込む男だ。
「えっ……」
あれ? 彼氏が起こしてくれたの? いやでも私彼氏いなくない?
というか部屋の中でニット帽とマスクってする? しかも全体的にブラック!!
ボクサーパンツも黒か。え! パンツ!? 裸足寒くない?
心の中のツッコミ魂が騒ぎ出す。
「……」
対面するブラック君も無言だ。
その間約1秒。
そっと玄関へと立ち去っていくブラック君。
それをベッドから見つめる私。
人間全く予期しないことに出会うとフリーズするらしい。
動けなかった。
玄関が開いて光が入ってきてやっと脳が動き出した。
「誰ですか!」
もちろん答えてくれるはずもなく、私の声が響いただけだった。
まだ寝ぼけたままの私は、自分こんな状況でもちゃんと敬語使えるんだなぁ。なんてことをのんきに考えていた。
私の声で起きた友人たちに状況を説明し、警察に電話した。
そこからは早かった。3分としないうちに警察官が次々とやってきて身分確認されたかと思えば足跡や指紋を採るため、家主にも関わらず共用廊下に追いやられてしまった。
刑事さんに状況説明をしたものの、どうも実感がわかない。
「やっぱり鑑識はハイエースに乗ってくる!」
「刑事さんってのは文をスラスラ書くんだねぇ」
「ねぇ! 8畳の部屋に10人は入ったよ。入るもんだな〜」
なんて友人に喋るくらいには元気で、事の重大さを認識できていなかった。結論を言うと侵入されたのも鍵の閉め忘れが原因だ(もちろん初めて)。結構な私の馬鹿さ加減がうかがえる。
そんな私の動揺しない様子(能天気)を見た刑事さんが諭すように言った。
「あのね、今回はたまたま起きて気づいたからいいけど、もしかしたら寝ていて気づいてないだけで今まで何度も入られていたかもしれないよね。運が悪かったら性被害に遭っていたかもしれないし、殺されていたかもしれないの。ちゃんと鍵閉めてね。」
鳥肌がたった。ここでやっと恐ろしい事だと理解した。いや、思い出したのだ。自分の置かれた状況とあったかもしれない可能性に。
侵入されたのに何も盗られていない、オートロックを突破してここまでやってきた、そして何より怖いのは、1年半住んで初めて鍵をかけ忘れた日に都合よく侵入した事。
ブラック君が何も盗らずに何をするつもりだったのか、どうして鍵をかけてないことを知っていたのか何もわからない。鍵だってその辺に置いていたから見られていたら終わりだ。
その日は警察が捜査を続けるということで、指紋を提供して終わった。
次の日、母が竹刀を持ってやってきた。
こってり叱られたのち、渡されたのは父の履き潰したサンダルと傘。なるほど、男を匂わせて玄関から牽制をかけるアイテムか。
続いて不動産屋に行き鍵交換を申し込む。玄関も窓の鍵も総取替え。お財布はかなり痛がっていたがしょうがない。今後のためだ。
最後は盗聴器・盗撮器発見センサーを買い、家中くまなく調べた。コンセント、電源タップ、死角……
素人調べでは何事もなく、一安心した。
終わった頃にはすっかりゴルゴ13のような目つきになっていた。
恐怖は盾だ。
「自分の身は自分で守れ」なんてよく聞くけれど、どれくらいの人が毎日意識して過ごしているのだろうか。きっと事件や事故に遭わない人はだんだんと自分は大丈夫、安全だと錯覚してしまうのだ。恐怖という盾が薄れたところに槍が飛んでくる。恐怖があって初めて危機から身を守る自覚が生まれるのだろう。今回の私は盾を下ろして歩く戦士だった。槍が飛んできて刺さってから慌てて盾を構えた。槍は鍵交換代と精神的ダメージという傷を残した。次は跳ね返す! 仕留める! そんな気持ちで今日も鍵とチェーンをかけ、竹刀と共に布団に入るのだ。
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