1回しか会えなかった「家族」からのメッセージ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:渡邉 碧(ライティング・ゼミ特講)
「もう長くないから、一緒に病院まで会いに行ってほしい」
え、私も? 反射的にそう思った。
婚約者の母方の祖父がほとんど食事を取ることができなくなっている状態だ、と聞かされた。
彼の家族とは、顔合わせは終わっている。しかしまだ籍を入れる前の段階で、彼の母方の祖父は、言ってしまえばまだ他人だった。
そんな他人である私に、彼の母親は見舞いに行ってほしいと言っているらしい。
起き上がることもままならない人に、はじめましての人間が会いに行って負担にならないか不安だった。
しかしせっかく声をかけてくれたものを断るのも失礼に思い、7月の半ばに彼の実家がある熊本へと向かった。
病院はとても綺麗で、広い庭の花壇には季節の花が手入れされていた。
昼時だったため、食事を届ける大きなワゴンを押す看護師さんと一緒のエレベーターだった。
「おじいちゃん、会いに来たよー」
彼が声をかけるが、その人は眠ったまま。近くの長椅子に座り、2人で待つことにした。
しばらくすると看護師さんが食事を運んできた。
私たちの存在に気づくと、「お孫さんが会いにきてくれたよー」とその人に声をかけてくれた。
目を覚ましたその人は、最初ぼーっと空を見つめたまま反応を示さなかった。
何度か彼が話しかけると、目の前にいるのが自分の孫だと気づいたのか「ああ、だいちゃんか」と初めて声を発した。
よかった、気づいてくれた。
何と声をかけて良いかも分からず緊張していた私は、ようやく一息つくことができた。
「あんたは初めてやな」
話の矛先が自分に向かった。再度背筋が伸びる。
「はじめまして、渡邉碧と申します」
彼の紹介を受けて、できるだけゆっくりと挨拶をした。
おお、よろしく、とつぶやいた後、その人はまた目を閉じてしまった。
看護師さんが運んできた食事を見て、彼が「おじいちゃん、ご飯食べる?」と聞くが首を振るばかり。
「じゃあゼリーだけでも」と半ば強引に彼が口を開けさせ、何とか食べてもらうことができた。
それ以上は無理そうだ、と判断して看護師さんが食事を下げる。
またすぐに目を閉じてしまうその人の傍ら、しばらく私はサイドボードの写真を眺めていた。
頻繁に看病に来ているという彼の妹とのツーショット、まだ元気だった頃の家族写真。
節目節目で撮影されたであろう写真が、何枚も置いてあった。
まるでその人の走馬灯を見ているようだった。
人生の最後に、私みたいなよそ者が急に入ってきて迷惑ではないのだろうか?
話す体力も残っていないその人を見て、やはり不安を拭いきることはできなかった。
「じゃあおじいちゃん、そろそろ帰るね」
彼が言うと、その人は最後に「ありがとうね」という言葉と共に、驚くほど強い力で握手してくれた。
それからちょうど1週間後、その人はこの世を去った。
あの一口のみかんゼリーが、最後に口にしたものになったそうだ。
焼けた骨を観察しながら、大きな竹箸で骨壷へと収めていく。
やはり、見送りの場にも彼の家族は私を呼んでくれた。
7月13日、真夏にも関わらず肌寒い雨の日だった。
15人ほどの小さな葬儀。
この身内ばかりの集まりの中で、自分だけが浮いた存在に感じていた。
この15人だって、ほとんどが初めて会う人たちばかりなのだ。
「はじめまして」から始まる挨拶。
あなた誰、と怪訝そうな目を向ける人も少なくなかった。
当然だ。故人を弔う日に、面識のない輩が急に現れたら驚き身構えるのも無理はない。
自分自身、涙を流している人にも、思い出話をしている人にも、共感できなかった。
彼と籍を入れるのは、来年の3月。
今ここにいる人たちと、今後親戚になるんだな……となぜか他人事のように感じていた。
家族ってなんだろう。
家族だから、一緒にいて安心できる。甘えることができる。
精神的な結びつきがあってこそ、家族と言えると思っていた。
そもそも「家族とは何か」なんて、真面目に考えたこともなかった。
自分にとって家族とは、母、妹、祖母、私が学生の時に亡くなった祖父の4人。
両親が離婚しているため、父は家族と言えるのか微妙だ。
私にとって家族とは、幼い頃から共に暮らしてきた4人のことを指していた。
しかし、来年の3月からはこの15人の「家」に入ることになる。
家族になる。
彼はともかく、その他の人との精神的な結びつきは、まだない。
赤の他人と、家族になる。
変な感じだ。
葬儀が終わった後、帰り際に彼の母が私のところまで来て、言った。
「今日は来てくれてありがとう。お見舞いにも来てくれて。父も喜んでいたと思うよ」
「いえ、こちらこそ呼んでくださってありがとうございます」
なんだか自分が思っている以上に、ありがたがってもらっている気がする。
まだ「家」に入る前ではあるものの、彼の家族が私のことを新しい「家族」として受け入れようとしてくれている。
そう感じて、少し嬉しかった。
あの時、少しでも会うことができてよかったな。
帰りの車で、1回しか会えなかった、その人のことを思う。
どんな人生を歩んだのか、15人の話を聞くことで知ることができた。
同じ場で、同じ人を思うことができた。
もしかしたら、このような積み重ねが「家族」をつくっていくのかもしれない。
同じ時、同じ思いを共有する。
その経験が、思い出となり、絆となり、家族になっていくのかもしれない。
完全に部外者だ、と身構えていたのは自分のほうだ。
慣れない場所で、慣れない人たちに対して壁をつくっていた。
新しい家族に対し、もう少し気楽に心を開いてもいいんじゃないか。
あの人は最後に、私にも、メッセージを遺してくれた。
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