優しい街のバロメーター
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:菅恒弘(ライティング・ゼミ日曜コース)
数カ月前、初めて骨折をして、ほんの数週間だったが松葉づえ生活を送ることになった。
初めての松葉づえ生活は予想以上に大変で、ちょっとした移動も一苦労だった。小さな段差、歩道の傾斜やデコボコ、普段は全く気にしていなかったものが、途端に大きな障害物に感じるほどだった。
そして何より、松葉づえでの歩行は体力を奪う。一度の移動は数十メートルが限界。数十メートル移動しては少し休憩し、また移動を始めるという繰り返し。体力は消耗していくし、移動にかかる時間は普段の3倍以上といった状態だった。
そんな数週間を過ごす中で、ふと感じたことがあった。
松葉づえでの移動で疲れてしまい休憩したいのだが、見まわしてみても座って休憩できるような場所がないのだ。もちろん、カフェやコンビニのイートインスペースはあるのだが、ちょっと座りたいなと思っても、座れるようなベンチやイスが見当たらないのだ。仕方なく松葉づえに寄りかかって、まるでかかしのようにその場に立ったまま休憩していた。
改めて街の中を眺めてみると、やはり休憩できるようなベンチやイスが見当たらない。
以前は公園にも多くのベンチがあった記憶があるのだが、ずいぶん数が減ったように感じる。公共交通機関の停留所や小さなお店の前にもイスやベンチが置いてあったりしたのだが、すっかりその姿を見ることは少なくなった。
そんなことが気になり疑問に思っていると、まちづくりに携わる知人がこんなことを教えてくれた。
「お祭りやスポーツをする際に邪魔になるという声があるので、ベンチの数を減らしている公園もあるそうだ」「歩行者や自転車の邪魔になるので、歩道にはベンチのように障害物になるものを置くことは難しくなっている」と。
確かにそんな話を聞くと、利便性や安全面から、街からベンチやイスが少なくなるのも仕方のないことなのかもしれないと感じた。
ただ気になることがある。
こうやってベンチやイスが少なくなっていく街は、誰にとって優しい街になるんだろうと。
街の中から気軽に休憩できるようなイスやベンチがなくなると、休憩するためには、お金を払って店に入らなければならない。もちろん、ゆっくり休憩するのであれば、それも良いかもしれない。ただ、ちょっと休憩したいという時にそれができないのはかなりつらいことだ。
お年寄りや、障害のある方、小さな子ども連れの人、そんな人たちが気軽にちょっと休憩できるような場所がある街は、誰にとっても過ごしやすい街のはずなのに。
そんなことを考えて、街なかを眺めてみると気になるものがった。
「禁煙」「火気禁止」「ボール遊び禁止」「演奏禁止」「乗り物禁止」「ペット持込禁止」とおびただしい禁止事項が掲げられた公園だ。もちろん迷惑行為は禁止する必要があるが、禁止事項が多くなりすぎて、誰のための公園なのか分からなくなってしまっている。
いったいそんな公園で誰がどうやって楽しむのだろうか。
こういったことが、今、世の中には増えているのではないか。
姿を消す街なかのベンチや禁止事項だらけの公園のように、誰かにとっての便利さや安全を目指していながら、いつのまにか多くの人にとって不便な、そして息苦しい街になってしまっているように感じる。
もちろん、全ての街がそうではない。
たまたま訪れた街で、ベンチやイスが数多く置かれている風景に出会うことがある。そんなベンチやイスで、お年寄りや子ども連れの親子がくつろいだり、会話を楽しんだりしている姿と見るとちょっと嬉しくなってしまう。
誰もが気軽に休憩できるような環境があることはもちろんだが、それ以上にそんな風景を当たり前としている街の雰囲気が何より素敵だなと思う。
もしかしたら、そんな状況をちょっと不便に感じている人がいるかもしれないけれど、他の多くの人たちにとって優しい街になっている。
そう、街なかにあるベンチやイスの数は、街の優しさのバロメーターの1つなんだと思う。
そんな街の優しさのバロメーターは他にもあるはず。
例えば、歩道橋が撤去されて横断歩道が設置される交差点。これは大切にするものを「車」から「人」に変わったことによる街の変化だ。車を運転している人はちょっと待ち時間が増えたかもしれないが、多くの歩く人たちにとって、確実に優しい街になっている。
そんな視点で、街の優しさのバロメーターを見つけて、街の変化を気にかけてみてはどうだろうか。バロメーターに従って、少しずつ街が変わっていく姿を見ていくことでことで、街が優しくなっているのか、不便で息苦しくなっているのか、そんな変化を感じることができるはずだ。
そうやって、一人ひとりが街の変化に敏感でいることが、街の優しさを増していくことに繋がっていくような気がする。
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