78歳ぴづこ、ただいま恋をしています
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記事:サカ モト(ライティング・ゼミ平日コース)
うちの母・ぴづこはただいま、恋をしています。
78歳の母、通称・ぴづこは身長が148㎝、体重40㎏と小柄。いつもカラシ色の杖をもってヨロヨロと歩いています。
お気に入りのブランドはユニクロ。色白なのでピンク系がよく似合います。
そんなぴづこが恋をしている相手は、デーサービスのスタッフ稲岡くん。彼はジャニーズ系のイケメンで、ちょっぴり「オレ様」が入っていて、壁ドンが似合うようなそんな男の子。いつもぴづこの手をとり、歩いてくれます。
私がぴづこの恋に気づいたのは、ちょうど1年前。
「一身上の都合により、明日からデーサービスにはいきません」と宣言した日。
ビックリした私は、どうしたんだろう? とデーサービスに問い合わせた。施設でも、まったく心当たりはなく、なぜぴづこが行きたくないのかわからないという。
仕方ない、これはぴづこに直接、聞いてみるしかないと直撃。すると最初は「行きたくない」としか、言わなかったが、次第に口を開き思わぬ答えが返ってきた。
デーサービスは送り迎えのサービスがある。帰るときは、スタッフが同じ方面の利用者さんを順番に自宅まで車で送り届けてくれる。その際、ぴづこは家が遠いので最後になるらしい。最後から2番目の利用者さんが下りると、そこから先は愛しの稲岡くんと二人っきりになるのだ。ぴづこにとってみたら、楽しいトークタイム。デーサービスに行く唯一の楽しみといってもいい。なのに最近、そこに女性のヘルパーさんが割り込んできた。彼女は無神経にも「ちょっと乗せて」と稲岡くんにいい乗車してくる。しかもぴづこの指定席、助手席に座るらしい。そんな一身上の、大変な都合があったのだ。
真相はわかった。これが恋する10代の女子なら稲岡くんの隣を奪い返すため、彼女がやって来る前に助手席に座ってしまったり、にらみをきかせたりしてアピールするのだろうが、なんせぴづこは足が少々不自由な78歳。
しかも専業主婦だったため、社会の荒波にもまれたことも、おぼれたこともない箱入り奥さま。そんな丸腰のぴづこが一人で、にっくき恋敵と戦うのはとても勝ち目がないと思った娘は、親の恋にしゃしゃりでた。
稲岡くんに事情を説明し、その女性をなんとか車に乗せないようにしてほしいとお願いする。いや、乗せてもいいのだ。このスタッフも仕事で乗っているのだろうから、それは仕方ない。ただ助手席はぴづこに譲ってやることはできないだろうかと訴える。「ぴづこだけ特別扱いはできない、それは無理です」と断られる覚悟だったが、こちらとしても78歳、老い先短いぴづこの恋をなんとか成就させてやりたいと必死だ。そんな子供心もわかってほしいと情に訴える前に、稲岡くんは笑いながら「かわいいですね、ぴづこさん。これから助手席に座ってもらいますよ」と、あっけなく快諾。戦う気満々だったこちらとしては拍子抜けだが、とりあえず娘と母の戦いはめでたく勝利で終わった!
次のデーサービスの帰り、稲岡くんはぴづこに「このVIP席(助手席)はぴづこさんのものだから、どうぞ」と言って、座らせてくれたらしい。もうそれが嬉しかったようで、終始ご機嫌のぴづこ。「VIP席」を「バップ席」といい、「バップ席に座らせてもらった」と、大喜び。娘は「恋する女子はスペシャルが大好き! ということをわかっていやがるぜ。やるなー、イナオカ」と、心のなかでつぶやく。そしてぴづこのかわいい“言いまつがい”に、目を細める子バカだ。
そして今朝も元気にデーサービスに行くぴづこ。
ふだんは「顔、洗ったの?」と疑いたくなるような身支度のはやさだが、稲岡くんに会う日は違う。顔も洗顔せっけんでしっかり洗う。ついでに化粧水をたっぷりつけ、『パーフェクトワン』なるお肌ツルツルになるクリームも入念に塗りたくる。
メイクだってバッチリ。ファンデーションをつけたあとは、アイシャドウに、ほほもうっすらピンクで仕上げる。もちろんまゆもペンシルで描く……? はずなのだが、完成した顔は、眉ずみらしきものがしっかりとついてはいるが、どこか違和感がある。
「ぴづこさん、なんかお顔が勇ましくなっていますね。まるで鬼瓦権蔵みたいですけれど」というと、いたずらした子供のように笑い、「バレタ?」。
どうやら力を入れてまゆを描いていたら折れてしまい、油性のマジックで代用したらしい。娘は「冗談じゃねぇよーーとやってみ!」と、いいながら、まっくろくて太いまゆをカシミヤのクリネックスティッシュで少し落とし、黒さを調整。
ぴづこはサーモンピンクの口紅をつけ、お気に入りのキラキラ光るカチューシャを装着したら出かける準備はOK!
こだわりにこだわった今日のコーディネイトは、娘からうばった白のハイネックインナー。そしてユニクロで買ったぴづこお気に入りのピンクのカーディガン(毛玉がところどころあり)。それに黒のコーデュロイのパンツを合わせて、稲岡くんがくるのを今か今かと待っている。
そして稲岡くんが「おはようございます」とやって来ると、「はいはい、いま、行きます」と元気にこたえ、「バップ席」に座って出かけて行った。
そんなぴづこの後ろ姿を、パパの写真が笑いながら見送っている。
ぴづこ78歳、ただいま恋の季節です。
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