飛べ!恐怖のその先へ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:高橋将史(ライティング・ゼミ平日コース)
「うわー、マジに飛んでるよ」
目的地の鉄橋が目の前に見えてくる。実際にその場所を目の当たりにすると思った以上に高さがある。これから自分がしようとしていることを考えると、急に恐怖心がわきあがってくる。
このまま引き返して帰ってしまおうか、という考えも少しだけ脳裏に浮かぶ。
けれど、ぼくはその思いを無理やりに押し込めた。
「馬鹿野郎。ここまで来たらやるしかないだろ。何のためにここまで来たのだ」
何を思ったのか、この日ぼくは一人、バンジージャンプを飛ぼうと決心し、一人で群馬県は水上まで鈍行を乗り継いでやってきたのだ。
昨年の晩夏の出来事である。
この時ぼくは、自分自身に対する深い失望の念にとらわれていた。
1年のブランクを得て、一回り経験を積み重ねて今度こそはと挑んだ就職活動で、全く思うような結果が出せていなかったのだ。
もちろん、その結果自体にも悔しい思いを感じていた。しかしそれ以上に、恐怖や嫌なことから無意識に目を背けてしまう、自分自身の弱さに絶望としていた。
幾度となく悔しい思いをして、この現状を変えたいと思って努力したつもりでいたのに、結局のところ現実は何も変わっていなかった。むしろ、ずっと前から何も変わっていない自分自身の欠落を目の当たりにして、愕然としていた。
何かきっかけが欲しかった。
昨日までの自分と同じようなことをしていては、何も変わらない。
何か一つ、大きなインパクトのある経験をする必要がある。それこそ、これまでの自分だったら絶対にやらないようなことを。
そんな風に考えてきたら、ふとこんな風に考え付いた。
「そうだ、バンジージャンプを飛ぼう」
その時のぼくには、まるでそのアイデアが天啓のように感じられた。
恐怖から逃げてしまう自分を何とかしたいなら、その恐怖に打ち克つ経験をする必要がある。それもできるだけ、即効性のある方法で。
己の恐怖心を乗り越える感覚さえつかむことができれば、俺は変わることができるかもしれない。
丁度直近で一日空いている日があったので、その日を使ってバンジージャンプを飛びに行くことを決めた。そうすることが自分の義務であるように思えた。今このタイミングでやらなければ、自分は一生恐怖から逃げてしまうままだと思った。
「やるしかない。俺は飛ぶぞ!」
こうしてぼくは、約50mの落差を直滑降で落下することに決めた。
飛び込み台がある鉄橋の上にたどり着くと、意外とたくさんの人がいることに驚いた。
外国人観光客のグループや、女子3人で来ているグループなどもいた。飛び込み台の列に並んでいたカップルは、彼女のほうが乗り気な一方で、彼氏はへっぴり腰の様子だった。
ぼくは当日券を買って、ハーネスを身に付け、飛び込み台まで向かった。
自分の順番まで、一人、また一人と近づいていく。
たまたま一緒になった男性の二人組と「ヤバくないですか」「真下から見るとけっこう高さありますよね」なんて話をしながら、恐怖心を紛らわせていた。
そうして、ついにぼくの番となった。
コンクリートの足場から、下が見える鉄製の網目状の足場へと移り、係の人の指示に従って何本もの紐を取り付けてもらう。
上を見上げれば、これから自分の前進を支えるバンジーロープがある。ロープは太さ5㎜くらいの紐が束になっていて、それを見たぼくは切れやしないかと、不安な空想を膨らませていた。
運命の時間が近づくにつれ、表情がどんどんひきつっていくのが自分でもわかる。
そしてついに、ぼくは飛び込み台まで足を運んだ。つま先を足場から話、足の半分を宙に浮かべた。
全身がガタガタと震えるのがわかる。怖い。逃げたい。
けれど、ここまで来てしまったらもう後戻りはできない。ぼくは腹をくくった。
ドレッドヘアーの係のお兄さんが掛け声をカウントする。
「3,2,1、バンジー!」
全身を十字架のような形にして、ぼくは体を投げ出した。
「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
なんとも情けない叫び声をあげながら、ぼくは川面近くまで一直線に落ちていった。数秒後にロープの反作用でぼくの体は天に向かって強く引っ張られて、2,3回上下に振り回されたのち、水面数メートルのところで吊り下げられた。
「はは、なんて痛快なんだ!」
ぼくは爆笑した。声をあげて笑ったとかではなく、文字通りの爆笑だった。
無事にバンジージャンプを飛びきったぼくは、恐怖を克服できたのかはわからなかった。
だが、「自分は確かに飛んだのだ」という、確かな手ごたえは感じることができた。
そして、もう一つ大切なことに気づくことができた。
恐怖を乗り越えるのに必要なのは、強い覚悟と、ほんの一時の勇気なのだと。
恐怖を乗り越え、行動を起こさねばならないのは一瞬だ。
それさえ過ぎてしまえば、その先は自分がまだ見たこともない、刺激的な世界が待ち受けている。
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